2-8

 目の前に四種類の武器が並んだ。右から剣の〈ソード〉、フィンガーレスグローブの〈ストライク〉、拳銃の〈ショット〉、魔法ステッキの〈マジック〉。


『武器はこちらが支給する。その中から一つを選んでほしい。大事な武器だから慎重にな。それぞれの武器に触れると特性が見られるぞ』


 蒼穹祢は最初に〈ソード〉に触れてみる。『近接用の武器で攻撃力は高め。投げて飛ばせば離れたエネミーにも対応できる優れもの。』のようだ。他の三つの武器も説明文を読んでみた。


 〈ストライク〉は『己の肉体が武器になる装備。殴る・蹴る攻撃でエネミーと戦う。攻撃力は最も高い。』

 〈ショット〉は『威力は弱いが遠距離のエネミーに対応。サポート向きの武器。』

 〈マジック〉は『魔術を行使できるステッキ。氷・雷・炎という遠・中・近距離の攻撃がバランスよく扱える。』


 一通り説明を読んだ蒼穹祢は、迷わず〈ソード〉を選んだ。


(〈ストライク〉ほど射程が短いわけでもなく、程よく攻撃力があるなら〈ソード〉が最適ね。レミたちが別の武器を選択してくれたら幅が広がるけど、どうかしら)


 四つの武器のうち、剣だけが残り、


『さあ、武器を取ってくれ。使い方をレクチャーするぞ』


 柄を握った蒼穹祢は剣を振るう。柄に触れる手のひらの感覚に違和感はない。


「あれがエネミー?」


 体長二メートルはあろうウサギ型のエネミーが現れ、二本足で徘徊を始める。ウサギ型とはいえどもかわいらしさを彷彿させるようなフォルムからは程遠く、鋭利な眼つきに真っ赤な瞳で、ナイフのように凶悪な爪を好戦的に振り回す。


(目の歪みといい、爪の鋭さといい、なかなか恐ろしいわね。リアルさに感動するくらいだわ)


 蒼穹祢の視線の先がウサギに一致したら、『Fase2 Rabbitラビット』のエネミー名とHPゲージが敵の頭上に出た。


『〈ソード〉はブレイドが攻撃判定だ。振ってもよし、投げつけてもよし。まずはあいさつ代わりに目の前のエネミーを斬ってみてくれ』


「こうかしら」


 エネミー目掛けて剣を振るった。攻撃はヒットする。ガラスの破片のようなエフェクトが、ダメージを受けたエネミーの右腕から発する。


『今度は投げつけてみよう。ブーメランの要領で投げるのがコツだ』

「それっ!」


 剣を投げつけると、くるくる回転する剣は一直線に飛来し、エネミーの胸を切り裂いて床にカランと転がった。一方で、蒼穹祢の左手に新たな剣が補充される。投げることに素人の蒼穹祢が綺麗に投げられたのは、身体の運動になんらかの補正が働いているためのようだ。


『剣は手元から離れても一分残る。拾って奇襲を仕掛けてみるのもヨシだ』


 ただ斬るだけの武器ではないようだ。ここまで説明を聞いて、アタリを選べたと蒼穹祢は思った。


『OK、武器の扱いは問題なさそうだ。最後にルールを説明しよう。チームの順位は勝利ポイントで決まる』


 ゲームのプレイ時間(秒)、エネミーの撃破数とレベル、チームの参加人数に伴う補正値、プレイヤーの性別と年齢による補正値などを考慮した、勝利ポイントの算出式が仮想ウインドウに表示される。性別と年齢の補正値については、プレイヤーの身体能力が『満年齢の男女別平均値』で一律設定されるため、若い男性が有利になることを踏まえてのものだ。


『小難しい計算式で頭が痛くなったかい? すまないね。簡単に言えば、より多くのエネミーを討伐して、より長く生き残ったチームが優秀ってことだ』


 ただ、ゲームに勝つことが目的ではない蒼穹祢にとっては重要な情報ではない。


『エネミーの強さは四段階のフェーズに分けられている。特に各エリアで待ち構えるフェーズ4のエリアボスは強敵だ。エリアボスはキミたちと同じ武器を扱う。心して戦ってくれ』


 そしたら光に包まれた大きな筒のようなものが現れ、エレベーターの扉のように前方が開いた。


『説明は以上だ。不明点があったらメニューのヘルプから呼んでくれ。質問にはできる限り答えたい。さて、心の準備はできたかな? できたらそこのエレベーターに乗ってくれ。エネミーに支配された街に連れていくよ』


「ええ、準備はできたわ」


 蒼穹祢は前に進み、エレベーターに足を踏み入れようとしたら、


「これは?」


 赤いリボンでラッピングされた箱が宙に浮いている。


『選別を贈ろう。使えばキミのヒットポイントを全て回復してくれる。一度きりだから使いどころを誤るなよ? 使いたいときは、メニューにある注射マークのアイコンを選択してくれ』


 蒼穹祢が箱に触れると、右手の赤いブレスレットに淡い桃色の光が生じ、そして扉が閉まる。


『いってらっしゃい。キミの武運を祈る』


 光がチカチカ点滅する闇の中をエレベーターはぐんぐん上昇して、蒼穹祢を運んでゆく。

 蒼穹祢は目を閉じて、肺から息を吐き、肩の力を抜いて、


(セリアは何を考えて夏目さんを“天空の教会”に待機させると言った? 考えてみてもわからない。わからないけれども――……)


 片目を開ける。目の前に浮いているのは、到着までのカウントダウンの数字。

 残り10秒、9、8――……。


 ……――けれども、


「待ってなさい。必ず行くから」


 数字を減らすカウントダウン。

 3、2、1、――――……。


 蒼穹祢は左手に力を込め、剣を握り直す。


 そして、0。

 勢いよく扉が開き、蒼穹祢プレイヤーを出迎えたのは幾多の高層ビルがそびえる夜の科学都市。


 その都市の名は――加速する科学の不夜城イマジナリーパート

 路面に散るのは、牙を剥き出した狂暴なエネミーたち。


 〈Welcome to Enemy-World!! ―Fight!!―〉



 ――――《拡張戦線》の火蓋は切って落とされた。

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