3章 《拡張戦線》

3-1

 ゲームスタート。


「さっそく戦いのようね」


 すでに犬型と猫型の敵手エネミーが前方に現れている。かわいらしさは皆無で、愛玩動物の皮を被ったモンスターだ。犬型のモデルはドーベルマン、猫型のモデルはサーバルキャット。プレイヤーを捕食しようと言わんばかりに、唸りを上げて牙や爪を光らせる。


(〈ラビット〉を見たときにも思ったけど、ほんとリアルな造形ね。現実の街を背景にしても違和感がない)


 瞳の照準を犬型のエネミーに合わせた蒼穹祢そらね。『Faseフェーズ1 Dogドッグ』のエネミー名が、HPゲージとセットで頭上に表示された。一方で猫型に照準を定めれば、『Fase1 Catキャット』の名が浮かぶ。ともに最もレベルの低いフェーズ1のようだ。


 蒼穹祢が降り立った場所は、六車線の幅がある歩行者天国の中央。大小様々なビルが道の両サイドに並ぶ。プレイヤーたちがチーム単位で周りに散り、すでに武器を構える者もいた。逆に、武器を持たない非プレイヤーは見当たらない。目に映るこの世界は、あくまで現実の加速する科学の不夜城イマジナリーパート。しかし《拡張戦線》でプレイする仮想体の目には、街を行きかう非プレイヤーの姿は映らないようだ。

 蒼穹祢がエネミーを警戒し、剣を構えると、


「蒼穹祢、お待たせ!」

「レミ? 私もちょうど来たところよ」


 レミが隣にやって来て、拳銃の武器〈ショット〉を両手で握り、エネミーに構える。もう一人のメンバーはまだチュートリアルの最中だろうか。合流したのはレミ一人だけだ。


「目的はあくまで夏目って男。けど、エネミーとの対決は避けられないようね……。対決は最小限にして、極力HPを温存したいわ。それと他のチームの攻防が邪魔になるのもアレだし、まずはチームと距離を置きましょうか」

「ええ」


 リーダーはレミが適任だろう。今回は彼女の指示を仰ぐことにしたい。


「ウチの後輩がまだ来てないけど、メンバーの位置はメニューから把握できるみたい。きっとすぐに追いついてくるわ。私たちはあっちに行きましょう!」

「了解だわ」


 レミが指差した先に蒼穹祢たちは走る。


「邪魔よ!」


 威嚇する前方の〈キャット〉を斬ろうと、蒼穹祢が剣を振りかぶった瞬間、


「蒼穹祢、後ろ!」


 レミの声に、蒼穹祢は咄嗟に首を捻る。そしたら腹を空かせたように涎を撒き、牙を光らせた〈ドッグ〉が蒼穹祢の懐に食らいかかってきたのだ。


「問題ないわ!」


 前のめりの体勢のまま右足を軸に、独楽こまのように身を捻って剣を薙ぐ。〈ドッグ〉の胴体は真っ二つに斬られ、粗く粉砕したガラス細工のようなエフェクトが断面に散ったが、頭上のHPは半分ほど残っている。すぐに形を戻した〈ドッグ〉は蒼穹祢へ再度牙を向けた。


「ぐっ、この!!」


 めげず剣を振るうと、今度こそ〈ドッグ〉はパリンッと砕け散った。しかし対処し切れなかったエネミーに腕を噛みつかれ、痛みはないものの、軽い圧迫と断続的な痺れを腕に感じながらHPが削られる。ガゥゥ! グゥゥゥ! 獣のように唸る〈ドッグ〉は食い下がる。


「フェーズ1だからって油断できないわ!」


 蒼穹祢に食いつくエネミーに引き金を引いていくレミ。パァンッ、パァンッ! 乾いた発砲音が夜のストリートに響き渡り、エネミーを始末した。

 二人は背中合わせの格好で、四方のエネミーに戦闘態勢を整え、


「も~う、最初から飛ばしすぎでしょ! 序盤くらいは手加減してよ!」

「ハァア! くっ……、次から次へと……!」


 風を切ってアタックしてくる〈キャット〉に刃を入れた蒼穹祢は、膝を曲げ、別の〈キャット〉のアタックを躱して、


「レミは遠くのエネミーを! 私は近くのを相手する!」

「お願い!」


 目先のエネミーを蒼穹祢が斬り、レミがあらかじめ後方のエネミーを撃つ。


(まったく、初っ端から飛ばしてくるものね! 気を緩めるとあっという間にゲームオーバーだわ!)


 開始から五分。プレイヤーの悲鳴が近くで上がる。要領が掴めないままエネミーの猛攻に合い、ゲームオーバーになってしまったようだ。

 こちらも他人事ではない。


「蒼穹祢! 危ない!」

「えっ!?」


 死角から殺気を覚えた蒼穹祢。青い髪を振りまきながらレミの方に視線を送ると、喉元へ噛みつこうと〈ドッグ〉が飛びかかっているのだ。蒼穹祢はたじろいで、粘着物を踏みつけたように足が動かない。

 しまった! 蒼穹祢が思わず片目をつむったそのとき。


「――オラァァ!!」


 蒼穹祢の前に、威勢のいい声とともに一人の少年が割り込む。真っ先に蒼穹祢が注目したのは、ヘアワックスで立たせたオレンジ色の髪に黒いヘアバンド。そして彼が着ているのは桜鈴館おうりんかん高校のブレザー。


「キミは……?」


 蒼穹祢が口走る中、少年は握った拳を〈ドッグ〉の腹部に振り抜いた。その手にはフィンガーレスグローブの〈ストライク〉がはめられている。射程を代償にした高威力、一撃でエネミーを撃破する。その間に、残りのエネミーをレミが始末した。


「ふう、最初のピンチは乗り切れたかしら。ったく、容赦なさすぎ」

「でも、ゲームとしてはなかなか楽しいわ。……で、その派手な子が?」


 蒼穹祢の視線に反応して、


「お待たせしました!」


 遅れてきたことを気にせず、真打ち登場とでも言わんばかりに少年は堂々と立つ。中肉中背の体型や中性的な顔立に、これと言った特徴はない。しかしオレンジの髪色に、ラフに前を開けたブレザーの制服から覗くシャツは赤色と派手め。腰に巻く髑髏柄のベルトはなかなかに趣味が悪い。


「まったく、遅いわよ」


 レミがやれやれと嘆いて、彼の肩に軽くチョップを入れる。


「すまん、ラーメン屋で無駄に待たされたんだよ。で、そちらが神代かみしろ先輩?」


 呑気な後輩に、蒼穹祢はただでさえ不愛想な目を尖らせて、


「ラーメンはおいしかった?」

「ひえっ。う、うまかったッス……。いや、遅れて申し訳ありません!」

「そ、そこまで謝らなくていいわよ。協力してくれるだけありがたいから」


 旧時代の不良のような外見で軽いところもあるが、少なからず礼儀もあるようだ。


「あ、こいつがウチの後輩ね。一年の逢坂あいさか大地だいち。去年まで地元の中学に通ってたから、加速する科学の不夜城イマジナリーパートのことは詳しくないけど、多少の戦力にはなると思うわ」


 レミが手のひらを向けて紹介すると、大地は頭を下げ、


「研究部一年の逢坂大地です! 先輩のことはレミから聞いてます! オレもがんばるんで頼ってください!」

「よろしく。せっかくのお休みだけど、私のためにありがとう」

「メッチャ面白いゲームじゃないっすか。今日はすげー経験ができそうです。エネミーもあんなにリアルだとは思わなくて、ワクワクが止まらないっす。あ、もちろん遊び目的じゃないことは理解してますからね」

「ええ。けど、少しでも楽しんでいってもらえるとこちらも嬉しいわ」

「はい!」

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