2章 "ネットワークの世界"への入門

2-1


 城ケ丘じょうがおか高校前のバス停。


 滝上たきがみ先生と通話を終え、蒼穹祢そらねが学生寮エリア行きのバスを待っていたら。


「あれ、桜鈴館おうりんかんの制服じゃない?」


 女子の声だ。桜鈴館高校の制服を着ているのは蒼穹祢だけ。必然的に、自分に声をかけていることになる。

 蒼穹祢は声の方に顔を向けると、緑色のパーカーを着た金髪ツインテールの女子がこちらに興味を示していた。切れ長な目尻だが、ぱっちり大きい碧眼。愛嬌ある小顔に小柄な体格も相まって、西洋人形のような女の子だ。


「桜鈴館の制服で悪い? 城ケ丘に紛れていい制服じゃないかしら?」

「そんなこと言ってないわよ。いや、私も同じ高校だからさ」

「あなたも桜鈴館? 歩いて?」

「そうよ。ちょっくら用事があって来たの。バスを使いたいところだけど、医者に運動不足を指摘されて歩いてきたってわけ。はぁ、疲れたわ」


 ラフなパーカーに気を取られていたが、赤と黒が織りなすチェック柄のスカートは、確かに桜鈴館高校の制服のもの。

 すると金髪の彼女はむむっと眉をひそめ、蒼穹祢をマジマジと観察して、


「あんた、もしかして“冷たいお嬢様”?」

「そうだけど……。面と向かってその呼び名を言われるのは初めてだわ。そういうあなたは? 一年生?」

「失礼な、私も二年よ。深津ふかつ檸御れみは知らない?」

「同級生はあまり知らないのよ」

「あぁ、これは冷たいって言われますわ」


 やれやれと、レミは肩をすくめるジェスチャー。


「あなたもなかなか失礼よ」


 蒼穹祢はむっと口を尖らせながらも、改めてレミの容姿をチェックした。スカートと同じ柄のリボンが、ボリューム多めに結うラビットスタイルの金髪テールに映えている。赤いヘアピンを前髪の右サイドに留め、少し出たおでこがチャーミングだ。口から覗く八重歯がかわいい。クールな蒼穹祢とは対照的な愛々しい風貌は、一度見たら忘れられないものだが。


(人に関心がないって指摘されても仕方がないわね)


 そう自嘲するも、同じ高校のレミが城ケ丘高校に来ている理由が気になり、


「深津さんは城ケ丘の生徒と知り合いなの?」

「そうね、羽嶋って先輩とね。部活絡みで技術を共有してるの。あ、時間ないからもう行くね。じゃ」


 レミは校舎のビルへと駆けていった。蒼穹祢もちょうどバスが来たので乗車する。


(羽嶋さんに用? 変な偶然があるのね)


 バスは生徒たちを拾って出発。窓際に座る蒼穹祢。鮮やかな光でメイクされた街並みが窓ガラスに流れる。街の中心に天高くそびえる〈オリオンタワー〉がよく見えた。

 〈オリオンタワー〉は街のランドマークのような建造物だが、電波塔としての役割も果たしており、街の隅々まで張り巡らされたネットワーク網もタワーが展開しているものだ。

 蒼穹祢は横目に景色を見ながら、


(梢恵の言う『とっておきのスペシャリスト』に聞きに行かないと。いったい誰かしら? 羽嶋さんも一目置く人って)


 漠然とそう考えていた。


 そして翌日。


「とっておきのスペシャリストって、まさかあなたのことだったとはね」


 桜鈴館高校のB棟十三階。『研究部・部室1』の扉をノックして開けた蒼穹祢は、開口一番にそう漏らした。


「ふふん、悪かったわね。スペシャリストがこの私で。驚いたかしら?」


 深津檸御。

 桃色というカラーこそ違うが、パーカーにスカートの組み合わせは昨日と同じ。たしかにエンジニアらしい服装だ。祖父がイギリス人のクォーターらしく、西洋人形を彷彿とさせる見かけはその血筋によるものか。

 六畳間の部室。ノートPCと複数台のモニターの前に座る彼女は、座り心地のよさそうな椅子を回転させて蒼穹祢に顔を向ける。八重歯を覗かせて小悪魔っぽく笑った。


「ええ、驚いたわ」

「どうぞ、そこに座って」


 レミに促された蒼穹祢は、簡素な丸椅子に座る。プログラミング言語やサーバー、データベース関連の本がモニターの脇に置かれていた。ついでにモニターを見たら、蟻のように小さな文字が画面を埋めている。プログラミング言語だ。有名なサーバーサイドの言語で、


「スマホ用のアプリ? それともウェブアプリを開発してるの?」

「え、わかるの?」

「その言語は勉強したことがあるの。有名だし」

「そうなのね。ご名答、スマホアプリを開発してるわ。顔や写真にかざすとアクセを重ねるARアプリね。穴を空けなくてもピアスを試せるという、なかなかの発明よ」


 子どものように自慢げに、レミはエミュレータでアプリを動かしながら説明してくれた。


「ていうかあんた、ピアスしてるじゃん。高校生で? うわ、不良だ」

「失礼ね、ただのおしゃれだわ。かわいいじゃない。校則も問題ないわ」


 左耳に垂れる月形のピアスに触れた蒼穹祢は憮然顔。ピアス=不良とは、価値観が古いのではないか。


「んじゃ、改めて自己紹介しましょうか。私は深津檸御。『生活を便利にするスマホアプリの開発』をこの部で研究してるわ」

「私は神代かみしろ蒼穹祢。部活には入ってないわ。部員は……深津さん一人? いえ、何人かいたとは記憶してるけど……」


 研究部は部員各自が興味のある分野や、顧問の滝上先生から与えられたテーマを元に日々研究に取り組んでいるらしい。しかしこの部室の定員はせいぜい二人にしか見えないが。


「部室は他にも二部屋あるのよ。私は部長だから個室を貰ってるわけ。部員は私を含めて五人ね」

「部長が個室って、それは部として成り立ってるの?」

「個人プレイの部だし。週一で定例会があるくらいで、部員全員が顔会わせることって少ないのよ。各々で話す機会は珍しくないけどね」

「そういう部もあるのね」


 昨日訪れた城ケ丘高校の『拡張現実研究部』はチーム単位での共同研究のようだが、加速する科学の不夜城イマジナリーパートの高校には珍しくない研究活動が主な部でも、高校や部によって形態が異なるようだ。


 と、ここで、蒼穹祢はふと気づく。

 レミは蒼穹祢の些細な変化にすぐ察して、


「どした?」

「……いえ。親戚以外の同級生と会話が続くのって珍しいから。私のこと、怖くないの?」

「もしかして“冷たいお嬢様”って呼ばれてるの、気にしてる?」


「目つきとか雰囲気とか、家系とか……。同級生から抵抗を持たれることが多いのよ」

「たしかに目つきと愛想が悪いなとは思ったけど」

「ちょっと、面と向かって言わないで」


 蒼穹祢は反論するが、しかしレミは、


「だからって、怖いとは思わないわ。家系は……お堅いイメージがあるけど、悪いイメージはないし。そんだけよ」


 そうとだけ、偽りなく伝えてくれた。


「……、そう」


 蒼穹祢もまた、それ以上は言わなかった。


「話を戻すけど、私の用件は聞いてる?」

「滝上先生からある程度聞いてるわ。なんでも“ネットワークの世界”に入門したいそうじゃない」

「スマホでも使えば世界は覗けると思うわ。けど、装置を持ちながら街を歩くのは非効率だし。もっとこう、自分自身が世界に入りさえすれば効率がよさそうな気がするのよ。言ってること、理解できるかしら?」


「ネットワークの世界にいる人を探してる、とも聞いたわ。うん、言いたいことは理解できる」

「入門が可能な技術、心当たりはある?」

「もちろんあるわ。私を舐めないでよね。ただ、その前に」

「その前に?」

「どうして人探しをしてるのか、までは聞いてなくて。『それは本人に聞いてほしい』って先生は言ってたわ。まあ、言いたくないなら無理には聞かないけど」


 妹の件は滝上先生が配慮したみたいだ。それでも、


「いえ、話させてもらうわ」


 初対面から日は浅い。けど、蒼穹祢は経緯を話した。妹と宇宙飛行プロジェクトのこと、探したい夏目が同じプロジェクトで死亡したこと、夏目から妹の最後を聞いて区切りをつけたいこと。

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