2-2
蒼穹祢が話し終えると、さすがのレミも神妙な面持ちで畏まって、
「そういうことがあったのね……。宇宙飛行プロジェクトは知ってるけど、妹が当事者だったとは……。つらかったわね。ありがとう、話してくれて」
「いえ。私のわがままで時間を取らせてるから」
「気にしなくていいわよ。で、技術の件ね。これがその、ネットワークの世界にダイブするのにもってこいの技術かな」
レミはモニターに映像を流す。PCを操作するが、マウスは使わない主義のようで、キーボードのショートカットとタッチパネルを駆使して、手際よく見事に操作している。
「これは……」
モニターに流れる映像は、蒼穹祢にとっては意外なものだった。てっきり、なんらかのお堅いツールだと考えていたから。
「ゲームの……PV?」
蒼穹祢が表現するとおり、気分を高揚させるようなRPG系のサウンドが流れる。コード進行の特徴がまさにゲーム音楽。犬と猫をモチーフにしたモンスターが宵の路面に現れ、牙と爪を光らせて襲いかかってくる。しかし鮮烈に登場した女の騎士が剣を薙ぎ、モンスターを切り裂いた。
ゲームのタイトルは――《拡張戦線》。
「複合現実って技術を取り入れた体験型のアクションゲームよ。複合現実……MRのことは知ってる?」
「知ってるわ。つまり
「正解。そしてこれがキモなんだけど、プレイヤーも生身じゃないわ。
「それってつまり……」
言いかけた蒼穹祢に、青春ドラマに出てくる教師のようにレミはビシッと指を差して、
「そう! 《拡張戦線》でネットワークの世界に入門できるってわけ!」
「その発想はなかったわ」
「街にはいくつかのネットワークがあると思うわ。だから《拡張戦線》のネットワークで必ず会える保証がないことは了承してね」
「ヒントが少ない以上、仕方がないわ。試せるものは試していければ。それにしてもなるほどね、ゲームで入門……」
そして直近の開催日はというと、
「第一回が5月23日……って、今週の土曜日じゃない?」
レミはうんうんと唸って、
「その第一回、――さっそくチャレンジしてみない?」
「え?」
「チャンスは十回あるわけじゃない? 逆に、見送ればチャンスが減る。そうでしょ?」
大胆だが、理にかなう考えだ。
「それもそうね。ただ、一つ確認だけど、深津さんも一緒に戦ってくれるの?」
「もちろん」
「そこまで協力してくれるとは思わなかったわ。いいの?」
「元々遊ぶつもりだったからね。この手の技術は私の研究に関わってくるし。あんたに協力するのはあくまでついでよ。勘違いしないでよね?」
ツンデレ女子のテンプレ発言のようだ。言いぶりにデレはないが。
しかし理由はなんであれ、
「協力してくれるならありがたいわ。一人で戦うとなると不安だから。ネットワークの世界に入門できても、すぐにゲームオーバーになってしまえば意味がないわ」
「そうなのよね、ゲームオーバーがネックなのよ。二人でもちと心細いか」
う~んと腕組みで頭を悩ませるレミ。
「ウチの部でもう一人くらい協力できないかな~。あいつはどうだろ。ちょっと待ってて、今から後輩を誘ってみるから」
ヘッドセットを装着したレミはPCのチャットアプリで、部の後輩に通話を試みたようだ。
「もしもし~。お願いがあるんだけど、いい? ちょっと! 嫌そうな声出さないでよ。まだ何も言ってないんですけど~」
右の柔らかな頬にぷっくり空気を注入したレミは、
「今週の土曜ヒマ? 一緒にゲームしない? MRって技術を使ったゲームなのよ。あんたに刺さりそうなヤツ。ん、研究に時間使う予定だった? だったら――……」
レミはタッチパッドとキーボードを操作しながら、
「あんたのスケジュールは……。来週の火曜にあおいとミーティングの予定があるけど、それは先送りでいい? あおいとは私が調整しとくから。そこで埋め合わせしてくれると助かるわ。それならどう?」
カレンダーアプリには、レミを含めた部員五人のスケジュールが色分けされている。滞りなく部員と調整するレミの姿が部長らしく見えた。
「OK? さんきゅ」
レミはPCから蒼穹祢に顔を向けて、
「ウチの後輩も戦ってくれるけど、あんたの事情は妹のことも含めて話していい?」
「構わないわ。その後輩にはお礼もお願いね」
「りょーかい」
レミは「詳しいことは整理してまた話すね」と後輩に伝え、通話を切った。
「他の部員は厳しそうだから三人で戦うことになりそうね。今のところPV以外に情報は解禁されてないし、当日ルールを頭に叩き込んで対応してくことになりそう」
「深津さんや後輩はゲーム得意なの? 私はそれほどだけど」
「後輩は知らないけど、私はそこそこ遊ぶわ。でも、あくまで実験としてのゲームだし、複雑なルールとは思えないわ。他の研究所のゲームにもいくつか参加したことはあるけど、どこもそんな感じだった」
「私もそう思うわ」
「あ、そうだ。せっかく同じチームになるんだし、気軽に呼び合わない? 堅苦しい呼び方してたらスムーズにプレイできないじゃん?」
「気軽に……?」
「私のことは『レミ』でいいわ。ね、――蒼穹祢?」
レミは八重歯とともに白い歯を覗かせ、かわいくはにかむ。小柄な姿も相まって、そんな彼女が幼い子どもっぽく見えた。
蒼穹祢は頬を赤らめ、言いにくそうに唇を微動させてから、
「え、ええ……。わかったわ……レミ」
レミは上目遣いで蒼穹祢を見上げると、嬉しさの滲んだたくらみ顔で、
「かわいいトコあるじゃん。“冷たいお嬢様”の意外な一面を知っちゃった」
「からかわないで……。同い年を下の名前で呼ぶことって、親戚や妹以外でないから……」
「じゃ、蒼穹祢の初めてをもらっちゃったのかな?」
「表現に気をつけなさいよ」
そう咎めるも、蒼穹祢は内心で、
(なんだか話しやすいわ。たぶん人のことをよく見て返してる。少人数の部だけど、部長を任されてる理由がわかる気がする)
一時的な関係だが、レミとはうまくやれそうな気がした。
蒼穹祢がそう思っていると、
「今日は一緒に帰らない? 寄りたいとこがあるんだけど」
「……? ええ、いいわよ」
思いがけず、レミに誘われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます