2-2

 蒼穹祢が話し終えると、さすがのレミも神妙な面持ちで畏まって、


「そういうことがあったのね……。宇宙飛行プロジェクトは知ってるけど、妹が当事者だったとは……。つらかったわね。ありがとう、話してくれて」

「いえ。私のわがままで時間を取らせてるから」

「気にしなくていいわよ。で、技術の件ね。これがその、ネットワークの世界にダイブするのにもってこいの技術かな」


 レミはモニターに映像を流す。PCを操作するが、マウスは使わない主義のようで、キーボードのショートカットとタッチパネルを駆使して、手際よく見事に操作している。


「これは……」


 モニターに流れる映像は、蒼穹祢にとっては意外なものだった。てっきり、なんらかのお堅いツールだと考えていたから。


「ゲームの……PV?」


 蒼穹祢が表現するとおり、気分を高揚させるようなRPG系のサウンドが流れる。コード進行の特徴がまさにゲーム音楽。犬と猫をモチーフにしたモンスターが宵の路面に現れ、牙と爪を光らせて襲いかかってくる。しかし鮮烈に登場した女の騎士が剣を薙ぎ、モンスターを切り裂いた。加速する科学の不夜城イマジナリーパートを舞台に剣とモンスターが交錯する。最後は街の中央に建つ〈オリオンタワー〉を堂々と映し、『エネミーに支配された科学の街に、キミの勇気は通用するかな?』というナレーションで映像は締められる。


 ゲームのタイトルは――《拡張戦線》。


「複合現実って技術を取り入れた体験型のアクションゲームよ。複合現実……MRのことは知ってる?」

「知ってるわ。つまり現実リアル加速する科学の不夜城イマジナリーパートを舞台に、仮想情報バーチャルの敵を倒すゲームっていう認識で合ってるかしら?」

「正解。そしてこれがキモなんだけど、プレイヤーも生身じゃないわ。仮想体かそうたいって表現するんだけど、要はプレイヤーもネットワークの世界にダイブする形になるの」

「それってつまり……」


 言いかけた蒼穹祢に、青春ドラマに出てくる教師のようにレミはビシッと指を差して、


「そう! 《拡張戦線》でネットワークの世界に入門できるってわけ!」

「その発想はなかったわ」

「街にはいくつかのネットワークがあると思うわ。だから《拡張戦線》のネットワークで必ず会える保証がないことは了承してね」

「ヒントが少ない以上、仕方がないわ。試せるものは試していければ。それにしてもなるほどね、ゲームで入門……」


 加速する科学の不夜城イマジナリーパートは科学都市だ。あらゆる分野の研究所が街に拠点を置くが、実験サンプルの収集という理由で、ゲーム形式で街の住人に協力してもらうことは珍しくない。蒼穹祢も個人的な興味で実験ゲームに参加したことが以前ある。PVの最後を見ると、やはり《拡張戦線》も街の研究所数社が主催しているようで、近日以降に全十回の開催が予定されているそうだ。

 そして直近の開催日はというと、


「第一回が5月23日……って、今週の土曜日じゃない?」


 レミはうんうんと唸って、


「その第一回、――さっそくチャレンジしてみない?」

「え?」

「チャンスは十回あるわけじゃない? 逆に、見送ればチャンスが減る。そうでしょ?」


 大胆だが、理にかなう考えだ。


「それもそうね。ただ、一つ確認だけど、深津さんも一緒に戦ってくれるの?」

「もちろん」

「そこまで協力してくれるとは思わなかったわ。いいの?」

「元々遊ぶつもりだったからね。この手の技術は私の研究に関わってくるし。あんたに協力するのはあくまでついでよ。勘違いしないでよね?」


 ツンデレ女子のテンプレ発言のようだ。言いぶりにデレはないが。

 しかし理由はなんであれ、


「協力してくれるならありがたいわ。一人で戦うとなると不安だから。ネットワークの世界に入門できても、すぐにゲームオーバーになってしまえば意味がないわ」

「そうなのよね、ゲームオーバーがネックなのよ。二人でもちと心細いか」


 う~んと腕組みで頭を悩ませるレミ。


「ウチの部でもう一人くらい協力できないかな~。あいつはどうだろ。ちょっと待ってて、今から後輩を誘ってみるから」


 ヘッドセットを装着したレミはPCのチャットアプリで、部の後輩に通話を試みたようだ。


「もしもし~。お願いがあるんだけど、いい? ちょっと! 嫌そうな声出さないでよ。まだ何も言ってないんですけど~」


 右の柔らかな頬にぷっくり空気を注入したレミは、


「今週の土曜ヒマ? 一緒にゲームしない? MRって技術を使ったゲームなのよ。あんたに刺さりそうなヤツ。ん、研究に時間使う予定だった? だったら――……」


 レミはタッチパッドとキーボードを操作しながら、


「あんたのスケジュールは……。来週の火曜にあおいとミーティングの予定があるけど、それは先送りでいい? あおいとは私が調整しとくから。そこで埋め合わせしてくれると助かるわ。それならどう?」


 カレンダーアプリには、レミを含めた部員五人のスケジュールが色分けされている。滞りなく部員と調整するレミの姿が部長らしく見えた。


「OK? さんきゅ」


 レミはPCから蒼穹祢に顔を向けて、


「ウチの後輩も戦ってくれるけど、あんたの事情は妹のことも含めて話していい?」

「構わないわ。その後輩にはお礼もお願いね」

「りょーかい」


 レミは「詳しいことは整理してまた話すね」と後輩に伝え、通話を切った。


「他の部員は厳しそうだから三人で戦うことになりそうね。今のところPV以外に情報は解禁されてないし、当日ルールを頭に叩き込んで対応してくことになりそう」

「深津さんや後輩はゲーム得意なの? 私はそれほどだけど」

「後輩は知らないけど、私はそこそこ遊ぶわ。でも、あくまで実験としてのゲームだし、複雑なルールとは思えないわ。他の研究所のゲームにもいくつか参加したことはあるけど、どこもそんな感じだった」


「私もそう思うわ」

「あ、そうだ。せっかく同じチームになるんだし、気軽に呼び合わない? 堅苦しい呼び方してたらスムーズにプレイできないじゃん?」

「気軽に……?」

「私のことは『レミ』でいいわ。ね、――蒼穹祢?」


 レミは八重歯とともに白い歯を覗かせ、かわいくはにかむ。小柄な姿も相まって、そんな彼女が幼い子どもっぽく見えた。

 蒼穹祢は頬を赤らめ、言いにくそうに唇を微動させてから、


「え、ええ……。わかったわ……レミ」


 レミは上目遣いで蒼穹祢を見上げると、嬉しさの滲んだたくらみ顔で、


「かわいいトコあるじゃん。“冷たいお嬢様”の意外な一面を知っちゃった」

「からかわないで……。同い年を下の名前で呼ぶことって、親戚や妹以外でないから……」

「じゃ、蒼穹祢の初めてをもらっちゃったのかな?」

「表現に気をつけなさいよ」


 そう咎めるも、蒼穹祢は内心で、


(なんだか話しやすいわ。たぶん人のことをよく見て返してる。少人数の部だけど、部長を任されてる理由がわかる気がする)


 一時的な関係だが、レミとはうまくやれそうな気がした。

 蒼穹祢がそう思っていると、


「今日は一緒に帰らない? 寄りたいとこがあるんだけど」

「……? ええ、いいわよ」


 思いがけず、レミに誘われた。

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