2-3
レミに誘われたのは街の銭湯だった。
脱衣所でレミはパーカーを脱ぎ、ブラウスのボタンに手をかけ、
「親交を深めるには、やっぱ裸の付き合いでしょ」
「ITが好きなわりに発想は古典的ね」
「裸の付き合いが効果的なのはデータで出てるわよ? 私だってオカルトは言わないから」
「たしかに隠さないことは、信用を生むうえで理にかなっているのかもね」
蒼穹祢は下着を脱いで一足先に裸になる。するとショーツに手をかけたレミは手を止め、蒼穹祢の生身、とりわけ豊かな胸部に熱い視線を送って、
「ほんとスタイルいいわね。普段なに食べてんの?」
「ちょっと、ジロジロしないで。食事は普通よ。自炊はほとんどしないけど」
「自炊しないのは私もだけど……。やっぱ遺伝子かしら」
「妹は似たスタイルだったけど、両親は普通よ。遺伝ではないと思うわ。たまたま私たちが恵まれただけ」
「ふーん。顔もいいし、モデルでも活躍できそう。いや、冗談抜きで」
「街でスカウトされることはあるわ。あまり目立ちたくないし、いつも断ってるけど」
「マジか!? なんかもったいない気がする」
レミは羨むが、彼女の小柄で起伏が少ない身体も、それはそれで長所ではないだろうか。金髪のツインテールと顔のかわいらしさが際立つ。
そうして洗い場で身体を洗った蒼穹祢は、腰に伸びる青髪をまとめ、温度四十一度の風呂に浸かる。先に浸かっていたレミが極楽のとろけ具合で、
「は~、やっぱ風呂はいいわ~……」
「シャワーがほとんどだからお風呂は久しぶりだわ。気持ちいい。たまにはいいものね」
お湯は人工温泉。温度以上に身体が芯からポカポカする。疲れも取れる気がした。
綺麗で年季はないが、ペンキ絵師が描いた富士山の壁絵に二列の洗い場と、ザ・銭湯といった内装だ。薬湯に泡風呂、電気風呂、サウナや水風呂が完備されている。科学技術が目まぐるしく発展していく街で、こういう変わらない景色も乙なものだ。
「私はよく来るわ。やっぱり大浴場のほうが疲れ取れるし。それに安いしね」
「私も習慣にしようかしら」
「ねえ、研究部ってどんな部なの? たまに成果を発表してるのは知ってるけど」
「テーマごとに研究して、定期的に成果を発表する部ね。私はこういうアプリを作りたいって思ったら、アプリがあって嬉しいことをまとめて、設計に落とし込んで開発する。そんでリリースして、レビューを貰ったらアップデート。てな流れを成果として発表してるわ」
「個人プレイが中心の部とは言ってたわね」
「気楽なモンよ。変わり者は多いけど、人間関係で悩まなくていいし」
「人間関係が楽なら悪くなさそうね。梢恵は顧問として仕事してるの?」
「そりゃあもう。アプリを使ってフィードバックくれるし、発表資料も添削してくれる。先生って何者なの? なんでも知ってるのよ。プログラミングにサーバーに、セキュリティのことも。エンジニア齧ってた?」
「梢恵って自分のことを語らないでしょ?」
「そうね。こちらも恐れ多くて聞けないのよ。怖いわけじゃないけど、只者じゃない雰囲気があって」
「気のせいじゃない?」
「かなあ? でもぉ、ただの理科の教師には見えないわ。蒼穹祢の親戚ってことは、やっぱり特別な経歴があるの?」
「以前は研究者をしていたそうだけど。それ以上は本人に聞いて」
「覚悟が決まったら聞いてみよっかな。あ、神代一族のことは蒼穹祢に聞いていい?」
「神代の? どんなことを?」
「有名だし気にはなるのよ。英才教育だった? 両親や親戚は厳しい?」
「周りが厳しいと思ったことはないわ。英才教育とまでは言えないけど、科学の話は両親から聞かされたと思う。電線の鳥はどうして感電しないのとか、そのレベルだったけど。ああ、夏休みは毎年全国に連れていかれて、一緒に天体観測をしたわ」
天体観測は思い出に残っている。図鑑でも学んだが、何より星模様を学んだのは、天に広がる本物の空を目で見てだった。本当に楽しい時間だった。
「妹とアニメを見てたし、ゲーム機で遊んだりもしたし。私の家庭はそんな感じだったけど、神代にもいろいろあるんじゃない? レミが想像するような家庭もありそうね」
「思ったより普通なのね」
「普通なのはあくまで家庭の話ね。仕事の話になるとまた違うと思うけど」
二人は人工温泉から薬湯の浴槽に移り、
「蒼穹祢は生まれたときから
「いえ、小学校に通うまで外で暮らしてたわ。太陽と雨を知らないのはかわいそうだって両親の考えで。そうなると太陽をほとんど見ないまま育った人もいるのね」
生活リズムの調整に必要なメラトニンを分泌するためにも太陽光は重要だ。しかし、閉鎖された
「私は中学から街に来たけど、太陽も雨もない生活にいつの間にか慣れてる。四季もないけど、気温と湿度が一定だから過ごしやすいわ」
「自然が恋しくて、自分は月に一回外に出てるけどね。先月は桜が綺麗だったわ。雨にも降られたかしら。空から水滴が降ってくるなんて、なんだか不思議な気分だった」
と、街の住人のあるあるトークをしていると、ふとレミが、
「あれ、両親も街に住んでるのよね? じゃあ実家暮らし? でも、自炊はしてないって言わなかった?」
「……、高校生になってから寮で一人暮らしよ。もちろん両親は街で研究職を続けてる。別に仲が悪いわけじゃないわ。私のコンプレックスで……実家を離れただけ」
「そっか」
レミは掘り下げしなかった。
しっかりお湯に浸かり、浴槽から出て脱衣所で服を着ていると、レミが蒼穹祢を誘う。
「どう、ごはんも一緒していい?」
「いいわよ」
「食べたい料理ある?」
「お寿司がいいわ。回ってる安い寿司で構わないから」
「えー、ハンバーガーがいいな」
「最初から聞かないでよ。まあいいわ、ハンバーガーで。フィッシュバーガーのある店だと嬉しいわ」
「りょーかい。魚が好きなんだ」
「肉よりは。それとパスタも好きだけど、スパゲティはどう?」
「昨日食べたし、できればハンバーガーのほうが……」
「もう、レミの行きたい店で構わないわ」
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