3-3

「そうね! それが手っ取り早いわ!」


 ここは商業施設と都市公園が織りなす駅ビル。二階が鉄道の駅に直結している。全自動・案内軌条式旅客輸送システムを採用した鉄道は、円形の土地形状である加速する科学の不夜城イマジナリーパートの外周を走る環状線だ(路線の愛称もわかりやすく『環状線』)。


 現在、蒼穹祢たちが戦っている場所は街の商業エリアに位置し、“天空の教会”のある研究エリアには『環状線』で四駅分乗ってたどり着く。街の交通網には他にも、街を十字に走る『南北線』『東西線』という地下鉄路線、鉄道ではカバーできない小回りの利く多数のバス路線があるが、『環状線』経由が最短だろう。


 三人は二階に上がり、フロアを駆け抜けて、上の案内板を目で追いながらコンコースを走ってゆく。すでにメンバーのHPは減りを見せ、特に大地のHPは三分の二に減っている。


 無人改札をレミ、蒼穹祢、大地の順で跳躍しながら通過し、三人はホームで車両を待機。頭上に浮かぶ仮想ディスプレイの掲示板を見ると、次の車両は三分後にやって来るようだ。

 蒼穹祢は周囲を警戒して、


「車両の中は安全かしら? 狭い場所で戦うとなるとダメージは避けられないわ」

「だといいんだけど。できればここでも何も起きなければ……って、そうもいかないようね」


 ホームに出現した二頭のエネミーに、レミは恐怖ではなく嫌そうな顔を作る。


「チーターにライオンだとぉ? ワン公にニャンコがかわいく見えるぜ」


 二頭並ぶのは、それぞれが地上最速の生き物、百獣の王と評されるネコ科の哺乳類だ。『Fase3 Cheetahチーター』、『Fase3 Lionライオン』のエネミー名が頭上に示される。


「あれを倒すことは考えなくていいわ。蒼穹祢は剣を投げてけん制。私もけん制で少しでもダメージを与える。大地はカウンターを仕掛けられるように構えて。いい?」

 レミは銃口でエネミーを睨みつつ、蒼穹祢と大地に迷わず指示する。

「了解よ」

「わかった」


 パァン! パァン! レミが発砲し、蒼穹祢が剣を投げる。しかし〈チーター〉も〈ライオン〉も黙って攻撃を受けるほど我慢強くはなく、


(……ッ、来る!)


 背筋に冷たいものが走り、直感的に脅威を感じた蒼穹祢は真横に跳び、


「逃げて!」


 〈チーター〉は目にも止まらぬ速さで突進し、その後ろを追従する〈ライオン〉が、鋭利な牙を獰猛に光らせて襲いかかってくる。レミと大地は、蒼穹祢とは逆の方向に跳び、間一髪でエネミーを避けた。


「悪い、逃げちまった! カウンター仕掛けなきゃなんねえのに!」

「無理しなくていいわ! てゆーかチーター速すぎ! 本物を再現しなくていいのに! ほんと、どこまでもリアルにこだわるわね!」


 身体の側面をコンクリートに付けた体勢で、レミは銃で反撃する。しかし低威力の銃弾では何発か撃ち込んでも、フェーズ3の二頭は散ってくれない。


「レミ、逢坂くん! 乗りましょう!」


 ホームに来た三両編成の車両が減速のち停車し、チャイムとともに扉が開く。


「大地こっち!」

「よ~しよし、助かったぜ」


 蒼穹祢に続いてレミ、そして〈ライオン〉に襲撃されながらも大地が車両に飛び込んだ。彼が滑り込んだ直後にドアが閉まり、食いかかろうとした〈ライオン〉がドンッ! と鈍い音で扉に衝突し、ホームにみっともなく崩れる。

 大地は無様な〈ライオン〉をハハハッと笑い、


「バカめ! 無敵の檻に入っちまえばこっちのモンよ!」

「こら、バカ大地。もう一頭は迷い込んでるわよ」

「は?」


 レミの向く方へ大地が注目すると、相手していた〈チーター〉が優先座席の付近で研究部チームを威嚇していた。現実で猛獣が車両に迷い込んだら、大パニックは必至だろう。しかしここは《拡張戦線》のネットワーク網の世界。道路や駅ビルと同じく、プレイヤーである蒼穹祢の目には誰もロングシートに座っていないし、誰もつり革を掴んではいなかった。

 自動アナウンスに告げられて車両は発車し、


「うわっと」

「おっと。仮想体でも慣性力が働くのね。これじゃあ動きづらいわ……」


 大地とレミは酔っ払いのように足がもつれ、蒼穹祢もスタンションポールを掴んだ。『環状線』とはいえビルの合間を縫って走行するため、適度なカーブと直線がこの先控えている。しばし発生する慣性力には逆らえないだろう。

 走行する車両から窺えるのは、大小様々、形状も様々な白銀の城にも見えるビル群。高架の高さには広告がビルに張りつき、高架下の街路樹は暖色の光でどこまでも道を照らしている。

 蒼穹祢が右手でポールを掴みつつ、左手で剣を構えようとすると、


「逢坂くん……?」


 大地が蒼穹祢を手で制したのだ。


「先輩、ここは離れてください。オレが相手します」

「いいの?」

「今日のオレは捨て駒なんで。先輩の生き残りが最優先。それにオレとレミだったら、リーダーのレミが残ったほうがチームにとって得策。それくらいわかってますから」

「逢坂くん……」


 女子にいいところを見せたい男子のように、大地はニヤッと格好つけて笑い、


「それにここ狭いんで、一人で戦ったほうが動きやすい。レミは離れた所でサポート頼む」

「任せて」


 さっそくレミは〈チーター〉に発砲する。

 ボクサーのように拳を構える後輩が頼もしく見えた蒼穹祢。目立ちたがり屋。そんな印象を抱いていたが、確かな冷静さも兼ね備えている。


「任せたわ。捨て駒なんて言わず、ここは勝ってね」

「ハッ、絶対に勝ちますよ!」


 蒼穹祢がロングシートを経由して慎重に〈チーター〉の背後に回り、レミも蒼穹祢に追従しながら〈チーター〉に銃口を向ける中、大地は真正面から〈チーター〉を睨む。まさに狩人のような厳しい、鋭い眼差しだ。


 ちょうど車両は、煌びやかなシティホテルが連なるエリアに突入した。街を網目状に走る高架式の高速道路を回避するため、車両の高架もビル五階相当の高さになる。〈チーター〉は銃撃を意に介すことなく、――目にも止まらぬチーターランで大地に突進した。初速から容赦なく、瞬きの間に驚くほど距離を詰められる。


「ハァァ!」


 大地は横に回避を試みるが、


「しまった!」


 上半身こそ回避したものの、残った脚は突進を食らった。HPにも影響が出る。その減り具合はフェーズ1、フェーズ2の攻撃に比べてやはり大きい。


「大地! 大丈夫!?」

「はええって! クソッ、噛みつくな!」


 左腕を噛みつかれた大地は、倒れたまま〈チーター〉の頭部に殴りかかる。しかし〈チーター〉はバネのように後ろに跳び、拳は易々と回避された。拳は空を切ったが、しつこく食らいつかれなかっただけマシか。


「さすがに強いぜ……。フェーズ3なだけある」


 自分こそが狩人。獲物を狩ろうとせんばかりの〈チーター〉の睨みに、大地は後ずさり。メンタルが行動に現れている。対照的に一歩、また一歩を大地に踏み入れる〈チーター〉。

 車両はカーブに差し掛かった。遠心力が身体に加わって踏ん張りが発生する。それは〈チーター〉も同じようで、足を止めてじっと留まっている。大地と〈チーター〉に膠着が生まれた。

 大地はちらりと窓を見て、


「……」


 〈チーター〉へ注意を戻した。彼は一歩下がるも、車両なだけあって、着実に連結部の扉――行き止まりに近づいている。

 もう、逃げられない。


 車両がカーブを抜け、直進に戻ってから数秒、〈チーター〉は雷のような速度で突進してきた。


「逢坂くん!」


 思わず叫んだ蒼穹祢。食いつかれる。


 だが、大地は冷静だった。


「読みどおりだよ!」


 すでに彼はスタンションポールを右手で掴んで、思い切り上にジャンプしていたのだ。〈チーター〉は大地の回避に対応できないまま突進を続けてしまい、ドゴォン! 鈍い音とともに扉に衝突した。


「そこだ!」


 着地した大地。かかとを軸に振り返り、壁を跳ね返って宙を舞う〈チーター〉を捉え、握った右拳を振り抜いて、


「その速さで突っ込めばどうなるか、チーターさんじゃわかんねえかな! “ゲームの壁”を舐めるなよ!」


 〈チーター〉の腹部を抉り、左拳を顔面に叩き込む。最後はサッカーボールを蹴るように〈チーター〉の背中を蹴り上げた。パリンッ! 〈チーター〉は粉々になって消える。

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