3-4
見事に強敵を撃破してみせた大地。岩のように強張っていた顔を緩めて、
「ふう、さすがは熱さと冷静さを兼ね備えた男なだけある。お見事!」
「自分で褒めるな」
勝利の余韻に浸る後輩を、レミが歩みながらすかさずツッコむ。
「なんだよ~、褒めてくれてもいいだろ~」
「はいはい、よくがんばったわ。やるじゃない」
そんな大地とレミの元に蒼穹祢も加わる。
「カーブが終わるのを見越して、壁との距離をギリギリまで詰めていたのね」
「お、わかりました? そのとおりっす」
カーブの最中では慣性力が働き、全速力を出せないと〈チーター〉も踏んだのだろう。だから膠着した。それを見抜いた大地は、カーブが終わる頃合いを推測して対処したのだ。
ロングシートに腰かけたレミは、ぽんぽんとシートを叩いて、
「座らない? 次のバトルに備えて小休憩しよ」
「疲れは感じないけどな。仮想体なだけあっていくらでも動けるし」
「でも精神的には少し疲れたわ。思ったより難易度が高いゲームで驚いてる」
大地と蒼穹祢はシートに座った。街の夜景が対面の車窓からよく見える。ビルの合間に小ぢんまりした庭園があったり、車両の下を高架道路が交差したり、運河を並走したり。短い時間の中でも、いろんな顔を飽きさせずに見せてくれる街だ。
「おお、開始からもう三〇分か。ゲームオーバーのチームも結構あるんだろうな。オレたちって善戦してるんじゃね?」
「どうだろ? 戦いを避けてるチームは珍しいんじゃない? プレイ時間でも勝利ポイントは加算されるけど、エネミーを倒すのが最も効果的だし」
「
夜景に変化があり、地味なビル群が目立ってきた。ネオンのカラフルさが減り、低階層で長方形のビルが増える。街にあまり馴染みのない大地が見ても、商業エリアを抜けたと判断する変化だろう。研究エリアに入ったようだ。次の駅で降りる。
「そういえば逢坂くんは何を研究してるの?」
「数学っすね。意外かもしれませんが」
「細かい研究方針はこれから決めていくつもり?」
「はい。物理に詳しい先輩が部にいるんで、今は物理現象を背景に数式を教えてもらいながら、細かいテーマを探してます」
「たしかに物理を交えると数式に意味が出るから理解の助けになるわね。物理は古典力学レベル? たとえば運動方程式は微分方程式だけど、そういうのを解いたりしてるの?」
「運動方程式は前に教えてもらいましたし、先週は量子力学の方程式を解きましたよ」
「量子力学といえば……シュレーディンガー方程式? すごいわね、偏微分方程式じゃない。それに虚数が絡んでくるから難易度は高くない?」
「すげぇ難しかったっすね。偏微分方程式でも、波動方程式や熱拡散方程式は意味がわかりましたけど、量子力学はわけわかんないっす。確率解釈とか……。今も参考書を見返してますね」
「ポテンシャルは何を採用して計算したの? 井戸型? まさか水素原子ではないわよね?」
「無限井戸型ですよ。にしても先輩、詳しいっすね。やっぱ神代ってすげぇな」
「理解は浅いわよ。たぶん部の先輩のほうが詳しいわ」
蒼穹祢と大地が盛り上がっている一方で、会話に入れないIT担当のレミ。ちんぷんかんぷんと言った調子でむ~っと腕組みして、
「二人が何を話してるのかまったく理解できないわ……」
「悪かったわ。逢坂くんって見た目に反して優秀よね。中学は地元って言ってたっけ?」
「らいしのよ。結構な田舎なんでしょ?」
「川で蛍を見たことがあるな。中学のときに教師が
そのとき、間もなく駅に到着することを知らせるアナウンスが車内に流れる。減速してから三人はシートを立ち、蒼穹祢は大地へ、
「じゃあ、ゲームをしながら街を見ていくといいわ。少しでも逢坂くんのためになる時間になれば」
「先輩って意外に優しいっすね」
「意外ってなによ?」
「いや、なんでもないです!」
停車して扉が開き、三人はホームに出た。さっそくフェーズ1~3のエネミーにお出迎えされるが、三人はエネミーを避けて改札に向かい、
「蒼穹祢、“天空の教会”まではどのくらいかかる?」
「走って十分くらいと思うわ。順調に走れば、の話だけど」
改札を軽快に飛び越え、二階デッキを渡って川沿いへと出た。街灯の淡いオレンジ色が先に続く、幅の大きな川に架かるデッキを照らす。
――ここは
(よりによってお堅い研究エリアに
面積約五十平方キロメートルの
「海底都市だけど川があるんだよな。こんな近くで見たのは初めてだけど、いいな」
デッキを渡る最中、大地は川を横目に感想を漏らす。街灯の淡い光や、デッキを彩るブルーの輝きでおしゃれに化粧する夜の川は、デートスポットとして人気があるらしい。
蒼穹祢も川を一瞥して、
「景観用に造られた川だけど、なかなか癒されるでしょ。前に来たときはカップルでいっぱいだったわ」
川を渡ると、ペテストリアンデッキが車道の上に続いている。街の中心に建つ、街のネットワーク網を展開する電波塔〈オリオンタワー〉のシルエットは研究エリアでも健在だ。
「“天空の教会”は真っすぐ先よ」
前方を見据えたレミはうなずき、
「方針は変えないわ。エネミーは無理に倒す必要はなくて、向かってきたら反撃する程度でお願い。ただ〈チーター〉は厄介だから、〈チーター〉が現れたら下の道を走りましょう」
「ええ」
「わかった」
レミの指示を受け入れた蒼穹祢と大地。三人は真っすぐ先のデッキを駆けていく。
「オラァ! 先輩、そっちに〈キャット〉が行きました!」
「大丈夫! よし、他には?」
「二人とも! 〈チーター〉と〈ライオン〉がいる! そこの階段を降りましょう!」
エネミーを躱し、時に協力プレイで反撃しながら、研究部チームは目的の“天空の教会”へと着実に近づいてゆく。
が、しかし、
「おい、あれって!? 人が倒れてるぞ!」
大地が指を差した先。街に君臨する七高校の一つ、
「プレイヤー、よね……? 大地、蒼穹祢! ストップ! 何かあるかも、気をつけて!」
蒼穹祢は足を止めて、剣を構えながら周囲を見回す。大地も拳を、レミも拳銃を構えて警戒。
味気ない建物に、規則的な間隔で並んだ街灯、走行する多様なロボット、ごみの一つすら落ちていない車道。これといった異変はないように見えるが。
「エネミーは……いないようだけど。ん? 待って、あれって」
視線を水平線から空にスライドさせて、ふと気づく。人影のようなものが十階建て相当のビルの屋上に見られたのだ。
「……? 人、だよね? あれもプレイヤー?」
「いや、おかしい! HPとエネミーの名前が頭の上に出たぞ! それって――……」
大地の言うとおり、人影を視界に収めた蒼穹祢の目には、HPゲージとエネミー名が人影の頭上に浮かぶ。
――『Fase4 Area Boss』。そして『紫の騎士』の名。
「フェーズ……4、エリア……ボス? 紫の……騎士?」
蒼穹祢は読み上げた。
そう、人影の正体はエネミー。――
レミは金髪の頭を両手で押さえて、
「うわ、マジで!? こんなときに勘弁してよ、絶対強いって!」
「なあレミ、ここは逃げるべきだよな?」
「そうね、全力で逃げましょう!」
レミは即決。大地と蒼穹祢とともに、一目散に“天空の教会”の方面へと駆ける。
だけれども、
「キャッ!」
矢のような速さで、蒼穹祢の足元に剣が突き刺さったのだ。無論、それは蒼穹祢の剣ではない。蒼穹祢は地面を蹴って横転し、剣を回避する。
「蒼穹祢!」
「先輩!?」
レミと大地は急ブレーキをかけ、蒼穹祢の盾になるように並んでエネミーに身構える。
蒼穹祢は地面に手をついて、おもむろに起き上がり、
「大丈夫、ダメージはないわ。この剣は……」
剣のデザインはプレイヤーが所有するものと違い、金の装飾が贅沢に柄に施されている。エリアボスはプレイヤーが選べる武器の一つを保有するという事前情報から考えるに、〈紫の騎士〉は〈ソード〉で戦うエネミーだろう。
「……」
薄紫色の鎧を身に着ける〈紫の騎士〉は、無言で蒼穹祢たちを見下ろす。不気味だ。
新たな剣を握る手の甲には、翡翠色の瞳がギロリと開いている。フェーズ3までの動物エネミーとはデザインが一線を画していた。倒れるプレイヤーの数も見るに相当手強いだろう。
すると〈紫の騎士〉がビルから飛び降り、レミ目掛けて剣を振り下ろしてきたのだ。
「あぅ!!」
剣のブレイドがレミの身体を、薪を割るようにヒットした。
すかさず大地がレミとエネミーの間に割り込み、殺気立った形相で蒼穹祢に、
「こいつはオレたちが足止めします! 先輩は“天空の教会”に向かってください!」
レミも拳銃で〈紫の騎士〉に応戦しながら、
「先に行って! 倒せたら追いつくから!」
「……ッ、わかったわ! そっちはお願い!」
「ええ! 任せて!」
「任せてください!」
二人がエネミーを食い止めてくれる隙に、蒼穹祢は先を目指した。二人の好意は無駄にしない。ここに至るまでにずいぶんと助けられた。必ず夏目に会いにいく。
蒼穹祢は想いを胸に、“天空の教会”を構えるビルの頭を見定めながら駆けてゆく。
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