3-5
「ここの三十五階ね」
〈紫の騎士〉に襲撃される事態こそあったものの、目的のビルまで無事来られた蒼穹祢。あれから〈紫の騎士〉の追撃はない。メニュー画面を見る限り、レミと大地が粘って足止めしてくれているようだ。
(ここまで来たからには、なんとしても夏目さんに会わないと)
蒼穹祢はビルに入り、エレベーターを待つ。仮想体ではエレベーターのボタンに触れることができない。現実世界の誰かが一階で乗り入れるのに便乗するしかないのだ。
現実では人の出入りが頻繁にあるビル。幸いすぐにエレベーターが降りてきて、蒼穹祢は無事に乗り込む。本来は何人か乗っているだろうが、蒼穹祢の目には自分一人だけだ。長方形のビルは全面がガラス張りのアトリウム。筒形のエレベーターはビルの中心をくり抜いた箇所をスライドする。透明な側面から見える地上はすぐに遠のいてゆく。
蒼穹祢は先日セリアと交わした会話を思い返していた。
(どうして夏目さんを教会に待機させてくれるのかしら?)
セリアにとっての神代一族は、少なくとも仲間ではないはず。彼女を実験に巻き込み、情報生命体としての身体にしてしまったのは、神代一族が大いに関わっている。詳しい経緯までは聞かされていないが、神代にも負の一面があることを過去に両親から聞いていた。
(セリアに思惑? いえ、私が会いたい理由はただの個人的な願望。妹の最後を知りたいって、それだけのことよ。セリアにメリットは……ないはず)
セリアは
(こんなことならお父さんたちに詳しく聞いておけばよかったかしら)
思案しているうちに、エレベーターが三度目の停止をする。停止階は二〇階。ビルには四台のエレベーターが設置されているものの、高層階に行くとなると何度か止まる。蒼穹祢もそれは承知しているのだが、今回の停止は事情が違うようだ。
「厄介ね……」
扉を隔ててエネミーが待ち構えているのだ。ざっと見るに、フェーズ2の〈ラビット〉が二体、フェーズ3の〈ライオン〉が一体。控えに数体のフェーズ1が並ぶ。
(乗り込まれたらあっという間にゲームオーバーよ!)
顔をしかめた蒼穹祢は剣を握り直す。エレベーターは停止した。扉が開くや否や、〈ラビット〉が熊のように鋭い爪を振り上げてきた。
「くっ!」
頭部を薙ぐような爪攻撃を、蒼穹祢は身を屈めて躱し、前方に飛び込んでエレベーターから脱出する。密室でエネミーの相手は自殺行為だ。
(教会まで残り十五階……、エレベーターは無理ね。エスカレーターと階段で上がっていくしかないわ)
うつ伏せの姿勢から立ち上がる際に剣を大振りし、特に高い火力を持つ〈ライオン〉をけん制しながら蒼穹祢は先を急いだ。
「邪魔!」
行く手を阻む〈ラビット〉に、剣を何度か投げつけて始末する。行き止まりのガラス壁が迫ると、青い長髪を振りまく勢いで蒼穹祢は方向転換し、そのままエスカレーターを駆け上がる。追手がないか目を配らせ、一方で上階にもエネミーが構えていないか、蒼穹祢は警戒を怠らない。
大丈夫、エネミーはいない。目視で確認した蒼穹祢は上階のフロアに到着し、次の階へ行くためにエスカレーターを駆け上がった。が、
「キャッ!」
段差の先に現れたのはフェーズ3の〈チーター〉。睨まれるや否や、凄まじい速度で段差を駆け降りてきたのだ。いくらなんでも速すぎる。
「……ッ」
迷う間もなく、蒼穹祢は這うように身を屈めた。ついでに剣先を〈チーター〉に向ける。剣を警戒したのだろう、〈チーター〉は蒼穹祢の上を通過していった。
(飛んでいたら回避が間に合わなかったわ……)
蒼穹祢は過ぎ去った〈チーター〉から逃げるように急いで駆け上がった。〈チーター〉が体勢を整えてしまえば、時速百キロの突進で瞬時に追いつかれてしまう。
「もう!」
蒼穹祢は声を荒らげる。さらに上の階はエネミーで通行止めされていたから。フロアに着き、蒼穹祢は左折した。エスカレーターが駄目なら階段で行くしかない。
透明度の高いオープンな内装のため、幸いエネミーの感知には有利だ。極力エネミーを避けながら蒼穹祢はフロアや階段を駆け巡る。時に足元を崩しながら、時にエネミーの不意打ちを受けながら。それでも彼女は三十五階の“天空の教会”を目指し、決して足を緩めない。
三〇階。
窓辺のエスカレーターに乗ると、外の街並みがガラス越しに見えた。高所のため地上の様相はわかりづらいが、所どころで不規則な輝きがある。銃撃や魔法による光だろうか。
右手に巻くブレスレットのボタンに触れてメニュー画面を開いた。レミと大地の状態は『Playing』から変化なし。HPは小刻みに減っており、今もなお戦っているようだ。ここから見える光の一つが、ひょっとしたら二人の攻防かもしれない。
「私もあと少しよ」
残り五階。蒼穹祢は懸命に駆けてゆく。そうしてHPをずいぶんと減らし、最後は階段を上って三十五階に到着した。
フロアに着けば、十メートル弱の廊下と左手にエスカレーターの乗り口、そして右手には教会らしい木製の両開きの扉。上の階に向かうための階段はない。これより上がすべて教会のフロアになっていることの証だ。
木製扉の取っ手を握った蒼穹祢は、
「待ってくれてる、かしら?」
心を落ち着かせるために少し間を置いて、扉を押した。
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