5-3

 緋那子、そしてレミと大地の三人は、地下鉄を経由して〈オリオンタワー〉に向かう。道中でエネミーが出現するものの、極力相手にしない。

 三人はタワーの最寄り駅で降車し、ホームから改札を出て、出入口の階段を駆け上り、


「ヒナ、やっぱセリアは無敵なの?」

「あの素振りだとそんな感じだよね。内部的な変数を弄ってるか、データベースの値を書き換えてるんだと思う」


 出入口を抜けたら、シャンパングラスに注がれたカクテルのように美麗な輝きをまとう〈オリオンタワー〉が視界に飛び込む。距離が近いのもあり、空を見上げてもタワーの頂が見えない。


「HPの初期値をマイナスに設定すればゲームオーバーは回避できそうよね。型を超える値を代入すればオーバーフローを起こせそうだけど。それはヒナでも難しい?」

「こんな感じ?」


 脇道に出現したフェーズ3の〈ライオン〉に人差し指を向けたヒナ。そしたら〈ライオン〉は自爆したように粉々に散った。


「すげぇ!」

「そうそう、今の感じ! チートにはチートで勝てない?」

「うーん、セリア相手には難しいかも。ガードが堅いと思う」

「そうなのね……。まあ、倒すことじゃなくて蒼穹祢を届けることが目的だし、そこをなんとかしないと」

「うん、そうだね」


 緋那子は走りながら背後を一瞥した。まだ、セリアは追ってこない。緋那子を先頭に三人は懸命に走ってゆく。

 そして順調に走り続けて、


「よし、セリアが来てない今のうちに」


 〈オリオンタワー〉の正面に一行は到着。煌びやかに光るため、観光タワーのように見える振る舞いだが、正面ドアは常時施錠されていて一般人は入ることができない。電子錠にワンタイムの暗証番号を入力しなければ扉は開かないのだ。

 しかし緋那子は情報生命体。スキルで不正に暗証番号を入手し、彼女は迷うことなく十六桁の番号を電子錠に送信する。ビビッと鳴り、難なく解錠された。扉が自動で開く。


「よし、行こ!」


 緋那子が前を指差し、先導しようとしたら、


「ヒナ! あれ! あの黒いの……もしかしてッ!」


 レミが西の方向を指差して声を上げたのだ。緋那子はつられてレミの指先を追い、大地も黒い飛来物を注視して、


「飛んできてやがるッ、――セリアが!!」


 黒い翼を羽ばたいて飛行するそれ。この街に鳥は飛んでいない。その正体は“天空の教会”で敵対したセリアに他ならなかった。このままでは数十秒でこちらに到達するだろう。


「レミちゃん、大地くん。防衛をお願いできる?」

「もちろんよ! ヒナがクラッキングに集中できるようにね!」

「任せてください!」


 三人は急いでタワーに突入し、照明で見通しのよい一階フロアを進んでゆく。


「ヒナ、聞いていい? 蒼穹祢を最下層のフロアに届けるのはいいけど、もちろんサーバーもロックされてるのよね? スタンドアロンだと、ヒナの力でパスワードの特定は難しくない?」

「そうなんだよね。いい案ないかなって考えてたら、ここまで来ちゃってたかも」


 サーバーがネットワークに繋がっていない以上、緋那子の力ではサーバーを操作することができない。なんらかの手段で事前にパスワードを入手し、蒼穹祢に伝え、蒼穹祢の手で解除が必要になる。

 IT技術に詳しいレミは、緋那子にこんな提案をした。


「ブルートフォースアタックは? ほら、総当たり攻撃のこと。総当たり入力のスクリプトを作って、蒼穹祢経由でサーバーにスクリプトを入れて解除するって算段」


 ブルートフォースアタックとは、総当たり攻撃によりパスワードを破る手段のことだ。たとえば数字四桁でパスワードが設定されている場合、『0000』から『9999』を順に入力すればパスワードが解除可能だ。人の手では時間を要するが、コンピュータの処理能力であれば短時間で済む。

 しかし緋那子は否定的で、


「パスワードは最低でも二十桁あると思うし、たぶん記号も含まれるよ。それに間違ったパスワードを何回か入力したらアウトかも」

「うーん……。じゃあ、監視カメラを逆手に取るのはどう?」

「監視カメラ?」


 レミの提案はこうだ。最下層のフロアには監視カメラが設置されているだろう。カメラ映像をリアルタイムで監視するためには、映像を有線経由でどこかへ送っているはず。送られた映像はネットワークを経由し、別サーバーに管理されているはず。だったらネットワーク経由でカメラ映像を拾い、サーバーにパスワードを入力する映像を盗み見すればよい。という算段。


「いいね、アリかも!」


 緋那子は走りながら仮想ウインドウを前面に展開し、慣れた手つきで操作する。街のネットワークにアクセス完了。監視カメラのデータは膨大だが、どの場所を記録した映像かしっかり分類されている。探すのに手間はかからない。


「これかな?」


 ものの数秒で映像を特定。サーバーの前に立つ白衣の女。手元を拡大。キーボードの操作を覚え、蒼穹祢にSMS送信する。


「よし、蒼穹祢にパスワードを送ったよ!」

「はやっ! さすが情報生命体、すごいわ!」

「レミちゃんのアイデアのおかげだよ」

「なんかわからねぇけど二人ともすごいな! オレもがんばらねえと!」


 そうこうするうちに、地下のフロアに続く階段の手前まで三人はやって来た。

 〈オリオンタワー〉にはもちろんエレベーターが設置されている。しかしそれは高層階へ“昇る”ためのもので、地下には “降りる”ことができない。階段を下るしかないのだ。加えて目の前の階段も最下層の地下四階フロアには繋がっていない。各階層に着くたびにフロアを横切って、その先にある階段を都度降りなければならないのだ。その構造はまるで小腸。

 緋那子が地下の構造をレミと大地に伝えると、


「迷路ね。セキュリティのためかしら? エレベーターで真っすぐ降りられるほど攻略は簡単じゃないってわけね」

「で、フロアごとに警備システムが稼働してるってわけか」

「そうだよ。三階層の警備システムを解除しないといけないんだ。骨が折れるけど、よろしくお願いします!」


 たんたんたん。緋那子、レミ、大地の順で、テンポよく駆け足で階段を降りていく。レミが背後を警戒しながら銃弾を放つ。

 が、そのとき。


「うわああああ!!」

「大地!?」


 階段に響いたのは、――大地の叫び声。緋那子が振り返ろうとしたら、


「キャッ!」


 先を進むレミと緋那子を、目にも止まらぬ速さで追い越した少年の身体。気のせいか、真っ黒な残像も添えて。宙を滑空し、そのまま壁に激突した。大の字で壁に張りついた大地は、糸の切れたマリオネットのように崩れる。

 そして崩れる大地の前には――、


「セリア!?」


 声を張り上げた緋那子。――堕天使フォルムのセリアが立っていた。


「ただいま」

「ただいま、じゃないわよ!」


 レミがセリアの頭部に銃弾を撃ち込むが、セリアは腹が立つほどに涼しい顔。


「オラァ!」


 床に這う大地が不意打ちで、セリアの顎目掛けて拳を振り上げるも、


「止まって見えるよ」


 セリアは大地の拳を掴んで止める。攻撃判定のある〈ストライク〉の拳を掴むことなど、エネミーに許される挙動ではない。


「ごめん……っ」


 援護したい気持ちを抑え、緋那子はスピードを落とさない。セリアの横を駆け抜け、Uターンを描いて颯爽と階段を下ってゆく。


「仲間を見殺しとは薄情だね。ま、仕方ないか。自分のわがままが最優先なんだから」

「ヒナ、その調子で行って!」

「セリア! テメェはオレたちが相手だ!」


 大地は左足を床に残し、渾身の回し蹴りをセリアに放つが、


「よっと」


 彼女に屈まれ、あっさり躱される。


「キミたちと相手? 嫌だね。ヒナと鬼ごっこしたいもので」


 屈んだ姿勢から勢いよく膝を伸ばして、セリアは下のフロアへと飛行を試みた。だが、レミが咄嗟に割り込み、セリアを簡単に行かせはしない。

 その間、緋那子は“彼女”に電話を繋げていた。


(セリアがここまで来たってことは、そろそろ出られる状態だよね)


 そう考えた矢先、


『もしもし、ヒナ!? 私よ! 蒼穹祢!』

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