2-5

 加速する科学の不夜城イマジナリーパートの中央にそびえるランドマークの電波塔――〈オリオンタワー〉の頂上にて。


 宝石のように輝く街並みを独り占めできるパラペットに腰かける少女。風が吹けども、腰に届く銀髪は靡かない。それは少女が現実の世界に存在しないことを意味している。


「誰かと電話してた?」


 声をかけられると、銀髪の少女――セリアは振り向かないまま「ああ」と返した。呼びかけた声は、君に巡る科学のこころマージナル・ハート個体番号コード『0036』、愛称『ヒナ』の音色。

 ここでセリアは振り返り、緋色のショートヘアの少女を見てくすっと笑い、


「誰と会話してたと思う?」

「友達? 別に誰でもいいけどさ」

「ふふ、そうか」


 それでもセリアは意味深に口元を緩めるので、ヒナは首を傾げたが、結局セリアは相手を答えなかった。


「で、呼ばれたけど。私に用?」

「なに、ただの雑談さ」

「そっか」


 白いローブ着のセリアとは対照的に、フードのついた黒いローブに袖を通しているヒナ。すでに君に巡る科学のこころマージナル・ハートの一員である証だ。彼女はセリアの隣に座り、高さ600メートルからの眺望を楽しむ。


「ヒナが仲間に加わって半年だね。どう、情報生命体の身体には慣れた?」

「だいぶ慣れたよ。君に巡る科学のこころマージナル・ハートでも友達ができたし。打ち解けやすいメンバーで助かったかな」

「ヒナのコミュニケーション能力の賜物だよ。いつの間にか中心にいるから驚きだ」


「ありがと。おかげさまで楽しくやれてる」

「記憶はどう? 加速する科学の不夜城イマジナリーパートを思い出したとは前に聞いたけど」

「なんて言えばいいかな、知識は思い出したかも。加速する科学の不夜城イマジナリーパートもそうだし、技術もそうだし。ただ……、自分のことはまだ思い出せない。名前も、経歴も。身近なことなのにね」


「きっかけがあれば。些細なきっかけで取り戻せると思うんだけど」

「ああ、きっかけといえば。街で二人組の女の子を見たときにビビッときたんだよねえ。キャップの帽子を被ってて、顔が似てたから姉妹? どの要素にビビッときたんだろ? 帽子に? いや、違う気がする」

「なるほど。やはりそこに鍵があるか」


 セリアは密かに呟く。


「何か言った?」

「ただの独り言さ。なんにせよ、引き続き計画の準備を進めてほしい。記憶はマイペースに思い出していけばいいさ」

「その計画ってさ、詳しいことはまだ教えてくれないの? ネットワークの調査とかいろいろ指示されてるけど、イマイチ目的がわかんないよ」

「上層部がまだ明かしたくないみたいだ。許可が下りたら私から説明するよ。悪いね」

「はーい」


 おやつを取り上げられた子どものように不満げだが、ヒナはそう返事した。


「特に土曜日からの仕事は大事だ。気合いを入れて取り組んでほしい」

「《拡張戦線》でしょ? そんなに重要? にしては急に言われたけどね、《拡張戦線》に力を入れろって。それにゲームで戦うだけって聞いてるし」


 計画はMRが鍵らしい。MRを扱う研究は《拡張戦線》の他にもあるが、わずか数時間前に『《拡張戦線》に力を入れるように』という通達がセリアからあった。


「重要だよ。ネットワークの世界における人の行動パターンを収集することと、最新化した世界をデバッグするためだ。それとキミがネットワークの世界で円滑に動けることも改めてチェックしたい」

「ふーん。ま、ゲームの練習はしてるし、誰にも負けないからね」

「期待してるよ、〈白の魔術師〉さん。話は以上だ。お疲れさま」

「期待ありがと。じゃ、お疲れさま」


 そうして立ち上がったヒナはこの場を離れた。

 残ったセリアは摩天楼を眺めながら、


「ふふ、面白そうな姉妹ゲンカが見られそうだ」


 心底楽しそうに笑うのであった。

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