4-5
「街の科学にも感謝しないといけないわね。……プロジェクトの事故があって、最近は科学にいい思いがなかったから」
「科学に犠牲はあるかもしれないけど、恩恵もあるわけだし。私は恩恵を大事にしたいかな」
緋那子は科学を愛している。それは蒼穹祢がよく知っていること。宇宙にも、ARやMR技術にも目を輝かせていたからこそ、彼女は宇宙飛行士に選ばれたのだから。
「ええ、そうね。私も前向きに捉えていきたいわ」
「うん!」
そうして緋那子は上体を起こすと、蒼穹祢の背中に腕を回してぎゅっと密着してきたのだ。魔術師のローブ着だが、妹の温かさを肌で感じた。MR技術のすごさに改めて感心する。
「ヒナ?」
「お姉ちゃんほじゅー」
満足げに抱き着く緋那子は、母親に甘える子どもそのものだ。かわいい。そんな感想は内心で留める蒼穹祢。けれど頬に伝う嬉し涙は、今の感情を騙せない証。
「ったく、甘えすぎよ。自分がいくつだと思ってるの?」
「えー、だってしばらく冷たかったじゃん? お姉ちゃんが悪いんだよ」
「うっ」
「お姉ちゃんを補充させてよ。ほじゅー」
「私は構わないわ。けど、その……見られてるけど、いいの?」
「え?」
姉の肩に埋めていた顔を上げた緋那子は、きょとんと真顔。
「そこに二人、いるから」
蒼穹祢が視線を向けた先には、同チームのレミと大地が並んでいた。
緋那子だって人並みに人目を気にする女の子。即座に蒼穹祢から離れて、
「ちょっと、早く言ってよ! 会話も聞かれたの……? う~、恥ずかしいって」
「悪かったわ。さ、二人に事情を説明しましょう。あの二人のおかげでここに来られたの」
「え、そうなんだ。私からもお礼を言いたいな」
蒼穹祢は涙の残りを制服の袖で拭って立ち上がり、緋那子に手を差し出した。緋那子もまた蒼穹祢の手を取り、おもむろに立ち上がる。
一方のレミと大地は、姉妹の時間を邪魔するのは悪いと配慮したのか、離れた場所から姉妹の会話を聞いていた。
「レミも人のために泣けるんだな」
「うっさいわね……! 私をなんだと思ってるの!?」
涙声で大地に反論したレミは、パーカーの袖で目元の涙を拭っている。そんな先輩を意外そうに見つつも、大地は姉妹の仲直りを前に、ニィと歯を覗かせた。
神代姉妹は研究部の二人に合流して、
「二人が来られたってことは、〈紫の騎士〉は倒せたのね」
「そうね、なんとか。通りすがりのプレイヤーの乱入やらに助けられたけど。で、そちらが蒼穹祢の妹?」
「ええ、妹の緋那子よ。事情は聞いてたかしら?」
「うん。まさか情報生命体とは。
姉から紹介を受けた緋那子は、レミと大地にぺこりと頭を下げて、
「神代緋那子です。おねえ……蒼穹祢をサポートしてくれてありがとうございました。
自然体の表情でかわいく笑む。
「ほんとに蒼穹祢とは……双子なの? 信じられない」
「本物の双子よ。もちろん両親も同じだわ。……こんな性格だからよく疑われるけど」
「はは、疑ってごめんね。私は深津
「梢恵ちゃん? もしかして研究部の子? たしか顧問してるんだよね」
「そうそう。IT系の技術を研究してるから私もMRに興味があって。蒼穹祢に《拡張戦線》を教えたのも私なの。自分の研究ついでに蒼穹祢に協力したってわけ」
「ほお、IT系を研究? 気が合うね。私もMRを勉強してたんだ」
「そうなの? じゃあ、城ケ丘高校の『拡張現実研究部』の関係者だったの?」
「そうだよ。一年の一学期までだけど、部の人にいろいろと教えてもらって。え、もしかして羽嶋先輩と知り合い?」
「うん、今年の春から技術交換してる。なんだ、意外なところでヒナと繋がってたのね」
「世界は狭いんだね。まあ、
すると緋那子は背後で手を組み、今度は男子の大地に興味津々で、
「キミも研究部? 蒼穹祢と同級生かな?」
「あ、いえ、オレは一年です。レミに誘われて蒼穹祢先輩に協力してました」
「お、後輩かぁ。ありがとね」
「ど、どういたしまして。へへっ」
「なにニヤついてんの。キモッ」
レミの反応は辛辣。
「〈紫の騎士〉は……『ケイ』……夏目くんか。エリアボスを倒すとはやるなぁ。武器は……〈ストライク〉? てことは、しゅっしゅっ! てなカンジで倒した?」
正拳突きのようなジェスチャーを交えて大地を称える緋那子。かわいい先輩女子のコミカルな仕草に、大地はニヤケ笑いを浮かべて、
「そ、そうっすね! 蒼穹祢先輩のためにがんばりました!」
「えらいえらい」
「えへへ、あざっす」
そんな後輩男子の腑抜けた表情に、蒼穹祢は面白くなさそうに腕組みして、
「男子って、どうしてヒナの前ではそうなるのかしら? 私の前ではそうならないのに」
「蒼穹祢がカッコイイ系だからでしょ。デレるより頼りになるってカンジじゃない?」
レミが褒めると、蒼穹祢は満更でもなさそうに、
「そ、そう? まあ、それならいいけど?」
「よかったね、お姉ちゃん。たしかに王子様役とか似合いそう」
緋那子に続いてレミと大地が笑った。
「そういえば〈紫の騎士〉が夏目さんなの? そう言ってたわね」
蒼穹祢が聞くと、
「お姉ちゃんって夏目くん知ってたっけ? そうだね、夏目くんが〈紫の騎士〉だよ」
これにはレミもうなずき、
「バトルのあとに〈紫の騎士〉本人に聞いたら、自分が夏目景途だって名乗ったのよ。それで急いでここに来たんだけど」
「そういうことだったのね。彼も
「うん。即死じゃなかったと思うから、脳のデータをサーバーに移せたんじゃないかな」
ちなみに緋那子と他の情報生命体ではその仕組みに違いがあるそうだ。通常の情報生命体は余命期間中に脳のデータをサーバーにコピーし、死亡後は脳の代わりにサーバーを稼働させて、街のネットワークの世界で活動する。しかし生命のある緋那子の場合は特別で、機能を欠損した本人の脳を装置で補助したうえで情報生命体として活動している。
「あ、お姉ちゃん。私からも聞いていい? 《拡張戦線》をプレイしてる理由はなんとなくわかったけど、わざわざこんな教会に来たのはどうして?」
その問いに、蒼穹祢は経緯を説明した。城ケ丘高校の羽嶋から夏目の目撃談を聞いたこと。夏目から緋那子の最後を聞きたかったこと。セリアから《拡張戦線》の“天空の教会”で夏目を待機させると電話があったことを。
「セリアからお姉ちゃんに? しかも、ここに夏目くんが、って嘘を……? なんで?」
「そういうヒナはどうして私と戦ったのよ?」
「教会で待機して、来たプレイヤーと戦えってセリアから言われてたんだけど……。『街の計画のため』って理由で……」
「ヒナもセリアの指示で……? 計画……?」
姉妹は顔を見合わせて、揃って首を傾げる。
「セリアはなんの目的で――……」
蒼穹祢がその場の四人を代表して、疑問を口にした瞬間だった。
バリンッ!! 突如教会に響いたのは、ステンドグラスが割れる音。
「キャッ!!」
「え!?」
蒼穹祢と緋那子が即座に音の方へ向き、レミと大地が追従して視線を向ける。
翼を広げて鳥のように飛来したそれは、飛び散ったステンドグラスの雨を一切気にせず、ストンと床に着地。薄暗い教会の中でもギラリと輝くルビーのような紅の瞳。その背には、薄闇よりも遥かに深淵の闇をまとった天使の翼を大きく広げて。
「やぁ、感動の再会に水を差してすまないね」
微かな冷笑にも似た奇妙な笑みを、――セリアは唇の端に浮かべた。
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