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 翌日の放課後。


 高校の近隣に店を構える、ビル一階のカフェで待つ蒼穹祢。黒いレンガ模様のシックな外観とは裏腹に、店内は白を基調とした明るい雰囲気だ。置物や壁画が洒落ていて、必然的に女子生徒の割合が高い。女子高生といえば騒がしいマイナスイメージがつきまとうが、やはりここは加速する科学の不夜城イマジナリーパート。大人のような振る舞いで会話を嗜む生徒たちで、店内は落ち着いた様相だ。


「お待たせ」


 声をかけられた。耳当たりのいい大人の女性の声。蒼穹祢が上目遣いを向けたら、ブラウンのミディアムヘアの女性――滝上梢恵がいた。毛先が首筋にかかるナチュラルボブで、美人で評判なOLといった雰囲気の女性だ。年齢は三十手前で、縁が赤いハーフリムメガネが知的さを後押ししている。


「私も来たばかりよ」

「そっか」


 滝上先生は荷物置きのかごにハンドバッグを入れ、蒼穹祢の前の席に腰かけて、


「こちらが誘ったわけだし、今日は奢るよ。お好きな飲み物とお供をどうぞ」

「ありがとう。お言葉に甘えるわ」


 二人は揃ってダージリンとバターケーキを注文した。好みが一致している。


「どう、元気にしてる?」

「あまり元気ではないわ。睡眠の浅い日もあって。例の件もまだ夢で見るのよ。医者が言うには、時間が解決してくれるそうだけど」

「強いショックだったから、半年では拭いきれないのかな」

「そうね。思った以上に刻まれてる」

「つらいときは相談してね。せっかく同じ高校にいるわけだから」

「うん、そうね」


 会話していると、頼んでいたセットがテーブルに置かれる。蒼穹祢はダージリンを口に含んだ。茶葉の香りが鼻に抜け、リラックスして口元を緩めた。教師や親戚という建前はあるかもしれないが、滝上先生の優しさが身に沁みる。

 『滝上』は本家三代目の女が嫁いだ先の家系だが、滝上先生は蒼穹祢と同じ『神代』の親族である。その“神代一族”は、有力な科学者・研究者を生み出してきた科学者一家として国内に名を轟かせる。この国の科学の発展に神代の貢献は計り知れない。その謳い文句は飽きるほど聞いてきた。


 表立っては知られていない、加速する科学の不夜城イマジナリーパートという街のコンピュータ化理論により成り立つ演算システム〈.orion〉も、神代が完成させた。

 そして滝上先生もまた、例に漏れず、


「それにしても、まだ教師を続けているの? 研究職を辞めて三年は経ってない?」

「あっという間だね。たしかに次の研究所を見つけるまでの一時的な仕事と考えていたけど、教師も悪くないと思い始めてね。教員免許を取ることも考えてる。そろそろモグリも許されないだろうし」


 滝上先生は一族のコネで、教員免許を持たないながらも教師をしている。それを咎める者が誰もいないのは、彼女の優秀さ所以か。


「いいんじゃない、やりたいようにすれば。研究所の件はまだ引きずってるの?」

「いいや。辞めた段階でスッキリしてるよ」

「そう」


 あまり過去を語らない人だが、“倫理から外れた研究”に携わっていたとは、本人が曖昧に語ったことがある。神代一族の理念は『科学で人々に幸せを』。その理念に反する研究は私の信念ではない。彼女はそうとも語っていた。

 科学は簡単に人を傷つける――。特に妹の件があって以降は、そんなマイナス思考が頭によぎってしまう。神代の生まれなのに。

 そう思いながら、蒼穹祢はフォークで切り分けたバターケーキを口に含んだら、


「ちゃんと友達はつくってる? 新学期から一か月が経ったけど」

「うっ、教師らしいことを言うのね」

「教師だからね。で、どう?」


「孤立は……してないわ」

「一緒にいる子たちの姓は?」

「……、神代」


 きまりが悪そうに蒼穹祢は目を逸らす。反面、滝上先生は苦笑い。


「友達は大事だと思うけどね」

「友達が少ないとは緋那子にも言われたことがあったわ。まあ、検討しておく」


 “冷たいお嬢様”と評判の女に寄りつく人がいればの話だけど。蒼穹祢は心中でぼやく。


「で、本題は?」

「ん?」


 蒼穹祢が切り出すと、滝上先生はケーキを口に運ぶ手を止めた。


「本題があって呼んだんじゃないかしら。まさかお茶をするためだけに呼んだの?」

「察しがいい。そうだね、蒼穹祢に話すべきかどうかは迷ったけど。信じられない話で、もしかしたら怒られるかもしれない。でも、話させてもらうね」

「どうぞ」


 “怒られる”のくだりが引っかかったが、ひとまず話を聞いてみることにする。


「高校生宇宙飛行プロジェクトの件」

「え?」

「あのプロジェクトで亡くなったはずの、――夏目なつめ景途けいとくんの目撃情報を耳にしたんだ」

「……、は?」


 聞き違い? 蒼穹祢はまず自分を疑った。


「夏目景途って聞こえた気が……? 亡くなった彼を、見た? 一言で矛盾してるわよ……? 私の……聞き違い?」


 夏目景途は高校生宇宙飛行プロジェクトに参加した、当時二年生だった男。ロケット事故に巻き込まれて亡くなっている。

 滝上先生はおもむろに首を横に振り、


「いや、たしかに夏目くんだ。それも最近のことだよ、彼を街で見かけたという話は」


 頭が痛い。そう言いたげに、左手を頭に宛がう蒼穹祢。


「彼の葬儀に参加したわよ……。まったくもう、悪い冗談は――……」

 目線を上げた蒼穹祢は、言いかけた言葉を止める。滝上先生の表情かおが至って真面目だから。

 冗談でこのようなことを言う人ではない。それは蒼穹祢がよく知っている。


「疑いたくなる気持ちはわかる。私も最初は信じられなかったから。けど、目撃情報が複数あってね。やっぱり蒼穹祢も……気になる?」

「気にならないといったら……嘘になるけど。亡霊が街をうろついてるわけ? この、科学の街で?」

「詳しいことまでは知らない。もし気になるようだったら、城ケ丘じょうがおか高校の羽嶋はしまくんに聞くといいよ。目撃した本人だ。私は調べる余裕がなくて申し訳ないけど、よければ彼の連絡先を教えるから」

「……」


 まだ頭の整理が追いついていない。嘘のような話で、ただの見間違いじゃないだろうか。

 蒼穹祢は窓に視線を向け、遠くを見澄まして考え抜いた末に、


「そうね、連絡先を教えてほしいわ」

「うん。今後、何かあれば相談に乗るよ」


 そうして滝上先生から、城ケ丘高校の羽嶋という生徒の連絡先を知った蒼穹祢。

 結局その日は、滝上先生の話にあまり実感が湧かず、


(その羽嶋さんは何を見たのかしら)


 真相は本人に会って聞くことにしたい。

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