1-3
「あの! 神代……蒼穹祢さん、ですよね?」
放課後。廊下を歩む二年生の女子生徒は、背後から声をかけられて立ち止まる。
「ええ、私だけど」
同級生の女子と比較して、頭半分ほど高い身長に現れる優れたスタイルは、黒いブレザーの制服がとても似合う。赤と黒からなるチェック柄のスカートは短めで、白い太ももが色っぽく垣間見えた。加えて凛とした美人顔は、周囲の生徒の視線を惹くには十分な要素。
彼女――
「ヒッ」
声をかけた側が肩を震わせる。濃いめの青い髪の女子は疑いもなく美形だが、しかしつり目の鋭い目尻には言い知れぬ威圧感があった。端的に言うと、目つきが怖い。髪の左サイドをワンポイントで彩る星型のヘアアクセサリーはかわいく輝き、一方で銀の月を垂らしたピアスがギラリと光る。
「用事かしら」
「は、はい! ぜひ先輩に勉強を教えてもらいたくて! 学年一位の常連と聞いてます!」
「……え? 順位は誰にも話したことがないけど。誰から聞いたの?」
蒼穹祢が訝しげに目を狭めるので、威圧感はよりいっそう増す。
「いや、その、先輩のすごさは有名で……。それと“神代”の名前も……」
「ごめんなさい、他の人をあたってほしいわ。教え方に自信ないの」
蒼穹祢はそっけなく後輩をあしらい、背を向け振り返る。青髪が靡き、胸元に垂れる十字架のペンダントが少し踊る。そして歩みを進め、先を行ってしまった。
「そんな~」
寂しく取り残された一年の女子は肩を落とす。すると、二人のやり取りに視線を向けていた二年の男子生徒が声をかけ、
「やめとけやめとけ。あの“冷たいお嬢様”に頼るのは」
「え? 冷たい……お嬢様、ですか?」
「ああいう感じで不愛想なんだ。二年生の間では“冷たいお嬢様”って言われてる。悪いことは言わない、他の先輩を頼っとけ」
「そうなんですか……」
別の男子生徒も話に加わり、蒼穹祢の背中を目で追って、
「もったいないよなー。美人でスタイル抜群、おまけに成績優秀。そっけない性格さえマシならなぁ」
そんな評価を背後で言われながら、蒼穹祢は階段を降りていった。
「ふう」
寮に帰る前にカフェへと寄る蒼穹祢。ガラス張りの前に並ぶカウンター席に座り、紅茶を飲みながら静かに一服する。ただ今の時刻は十六時を回ったところで、ネオンが夜の摩天楼を変わらず照らす。街の淡い光が、愛想の薄い蒼穹祢の表情をガラスに映した。
ガラス越しの外では、エネルギー効率の高い水力発電の研究成果を紹介する映像が流れている。全自動の電動バイクが前を横切り、前方に現れた仮想オブジェクトが主要エリアへの予想到達時刻を示した。スカートに似たチェック柄のスマートウォッチは、血圧・血中酸素濃度ともに正常であることを右手首から知らせてくれる。
どこを見渡しても最先端の科学に満ちた街だと、改めて思う。
「はぁ」
加速度的な発展を見せる科学の街は、今の蒼穹祢にとってはあまり居心地のよいものではないが。
お揃いのキャップを被る女の子二人が通りを歩いているのにふと気づく。どことなく顔立ちが似ていて、姉妹だろうか。会話は聞こえないけど、子どもらしい笑顔が太陽のように眩しい。
(もう……)
眉をひそめて目を逸らす。人が少ないからこのカウンターを選んだが、失敗だった。蒼穹祢はカップに残る紅茶を飲み切り、席を立って帰路についた。
帰宅後はシャワーを浴び、コンビニで購入したミートソースパスタを電子レンジで温め、飾り気のない部屋で食べる。食後は授業の予習・復習に勤しみ、二十二時になったら毎週見ているドラマを視聴した。ジャンルはサスペンス。
ドラマが終わったら、高性能の電動歯ブラシで歯を磨き、髪の手入れをしてベッドに入る。枕元にはパンダのぬいぐるみ。逆に、それ以外に飾りはない。そのまま寝ようと考えたが、本棚の分厚い図鑑に手を伸ばしていた。それは宇宙の図鑑。小学生の頃に両親から買ってもらったもの。何周も見たけれども、今日もまたページを捲っている。
しばし図鑑に目を通してから、仰向けになった蒼穹祢は、
「なんのために勉強して、なんのためにこの街にいるのかしら」
ぼやいてから消灯を唱え、AIが声を拾い電気が消える。無心で眠りに就いた。
……――有害な煙は黒々と膨れ上がり、炎をまとった機体は爆発して飛び散る。数秒遅れて、内臓から震わせるような爆音が身体を貫いた。さらにワンテンポ遅れで、人々の悲鳴が秋の晴天にこだまする。
肩から腰、足にかけて力が抜けた。抵抗なく膝をつく。
こんなの、すべて夢であってほしい。
「――――いやあっ!!」
蒼穹祢は悲鳴とともにカッと目を開いた。煙で汚れた空は目線にない。あるのは暗い無地の天井。音もなく、死んだような静寂の部屋。
「はぁ、はぁ……」
荒い息を吐いて体内に篭った熱を逃す。斜め分けの前髪が冷や汗で額に張りつき、タンクトップも汗ばんで気持ち悪かった。街は常に気温二十六度、湿度四十五パーセントの過ごしやすい環境だが、さすがに悪夢を見ては汗が滲み出る。
「夢……」
ここ半年間、何度も見る悪夢。今日は五日ぶりに見た。
「もう、気分が悪いわ。寝る前の図鑑は控えたほうがいいかしら。関係ないと思うけど」
蒼穹祢はゆらりと起き上がり、コップに水道水を注いで一気に飲み干す。水道水といえども雑味は一切なく、ミネラルウォーターのように喉越しがよいが、今は味わう気分にはなれない。
ベッドの淵に腰かけ、息を整える。
――――夢で見た光景は実際に半年前、蒼穹祢の前で起きた出来事だった。
その出来事の名は『アンドロメダ=ペガサス号空中分解事故』。
その名のとおり、高校生四名をパイロットに採用した、街が威信をかけた宇宙飛行プロジェクト。結論を言えば、擁護できる点が一切なくプロジェクトは失敗に終わった。
「緋那子……」
蒼穹祢には双子の妹がいる。名前は緋那子。非常に優秀だった。幼い頃からの夢であった宇宙飛行士としての夢も、わずか高校生のうちに叶えてしまうほど。ロケットの爆破に巻き込まれたのだが、高校生を含む乗組員六人が死亡する中で、妹だけは奇跡的に命を取り留めた。しかし脳の損傷は免れず、今の医療技術では二度と目覚めることはないと医師に診断され、現在もなお街の病院で眠り続けている。
人間らしく生きている、とは言えない状態。お見舞いのたびに蒼穹祢は心を痛めている。
「いつまで見させるのよ。変えられない過去なのに」
呼吸が戻り、ベッドに横たわるついでに時刻を確認しようとしたら、スマホに通知が届いていることに気づいた。
「こんな時間に?」
チャットアプリをチェックすると、『明日の放課後、お茶しない?』と簡潔なメッセージ。送り主は『滝上梢恵』。蒼穹祢がベッドに入ったあとの、日付が変わる前に届いたらしい。
「お茶? 話でもあるのかしら?」
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