1-6

「ネットワークにある情報として?」

「はい。驚いて思わず声をかけたんですよ。そしたら目が合って、『ヤバッ』とだけ言って、彼は消えてしまったんです。ただの映像ではなくて、まるで生きた人のような反応でした」


 羽嶋の話しぶりと真剣な顔を見るに、夏目景途の姿は本物そのものだったようだ。


「それに自分だけではありません。部員の彼も、あのとき夏目さんを見ました」


 羽嶋が近くの部員に目を配ると、その彼は首肯した。嘘をついているような素振りではない。


「なるほど。現実世界ではなくて、ネットワークの世界にいる彼を見た……というわけですね」

「変な表現かもしれませんが“ネットワークの世界に生きている”、そんな表現がしっくりくるかもしれません」


 羽嶋の表現を耳にした蒼穹祢は、思わず――……、


「……、セリア?」


 その名を口走った。


「え?」

「あ、いえ。なんでもないです。ごめんなさい」


 蒼穹祢は発言を、気のせいとでも言いたげに誤魔化した。

 加速する科学の不夜城イマジナリーパートは街そのものがコンピュータと化し、その卓越した演算力で科学を発展させている。――そのシステムの名は〈.orion〉。ただ、大半の街の住人はセリアという情報生命体と、張り巡らされたネットワーク網によりコンピュータ化している事実を知らない。地下に配置された巨大なコンピュータにより高度な演算が実現されているという、誤った知識を代わりに教えられている。それは目前の羽嶋も例外ではないはず。


 なぜなら、倫理的ではないから。

 神代一族の隠したい闇があるから。


「それにしても不思議ですね。ネットワークの世界とはいえ、亡くなったはずの彼が見えるなんて」

「自分たちも彼に会う方法を模索しています。たとえ幻でも、もう一度だけでも、話をしたいですから」

「……」


 やり切れない寂しさが羽嶋の顔に窺え、蒼穹祢は無言で肯定した。羽嶋の気持ちは痛いほどわかる。

 そうして羽嶋に話を聞き始めてから三十分が経ち、


「今日はありがとうございました」

「お役に立てたでしょうか。自分も緋那子さんのお姉さんと話ができてよかったです」


 頭を下げた蒼穹祢は校舎を出て、バス停のベンチに腰かける。周りの女子は紺色のセーラー服だが、蒼穹祢の服装は黒色のブレザーにチェック柄のスカート。浮いている気がして居心地はよくない。スマートウォッチで時刻を確認。次のバスが来るまで残り七分。この街のバスは遅れが滅多にないのでありがたい。

 とはいえ、蒼穹祢の思考は羽嶋から聞いた話に戻され、


(ネットワークの世界ならありえない話ではない、か……。なんらかの手段で脳から意識を抜き取って、ネットワークに配置させた、とかかしら? セリアのような概念? もし夏目さんがネットワークの世界にいるとしたら――……)


 スマホを手に取り、連絡帳から選んだのは教師の滝上梢恵。通話の発信を試みたら、数回のコールで繋がり、


『滝上です。蒼穹祢? 用件は済んだのかな?』

「ええ。羽嶋さんから話は聞いたわ」

『有益な情報は聞けた?』

「そうね。話を聞いて思ったのだけど。――私、夏目さんに会いたいの」

『ほお。蒼穹祢が?』


 あまり縁のない他校の男子。会いたいと聞いて、先生は驚いただろう。

 蒼穹祢は理由を語る。


「ロケット事故の日の、……最後の緋那子を知る彼に会いたいのよ。緋那子が何を言っていたのか、何を思っていたのか、どんな様子だったのか……。知っていることを聞きたいの」

『蒼穹祢……』


 胸元に垂れる十字架のペンダントを、蒼穹祢は大切に触れ、


「私……、臆病でみっともないから、あの頃は緋那子と会話ができなかったのよ。事故があってからずっと胸がモヤモヤして、後悔ばかりで……。だから」


 蒼穹祢は眉間に力を込めて、


「だからせめて、最後の緋那子を夏目さんから聞いて、私の中で区切りをつけたい」

『想いはわかった。協力させてほしい』


 先生の言葉は温かい。


「ありがとう。さっそくだけど、知っていたら教えてほしいの。“ネットワークの世界”に入門したいと考えているわ。何かいい案はない?」

『なるほど、ネットワークの世界ね。事情はわかった』

「雑な聞き方したつもりだけど、ほんとにわかったの?」

『元研究者を舐めないでほしいね。とはいえ、一応は詳しく聞かせてもらおうか』


 蒼穹祢は羽嶋から聞いた話を滝上先生に伝えた。街でMRを実験していたら夏目を目撃したこと、ネットワークの世界にヒントがありそうなことを。

 “入門”については、現実世界から“覗く”よりも、入門したほうが夏目の探索を効率よく行えると踏んで。

 それに加えて、


「なんでもその手の技術に詳しい生徒が桜鈴館ウチにいると言っていたわ。『自分よりも詳しい』って羽嶋さんは評価してた。羽嶋さん、予定が埋まってるみたいで。その生徒に頼りたいところだけど。梢恵、知ってる?」

『ああ、きっとあの子のことかな』

「なんでも知ってるのね」

『たまたまだよ。私が顧問を務める“研究けんきゅう”の部長なんだけどね』


 滝上先生はふふっと電話越しに笑って、


『うん。ネットワークの世界に入門したい蒼穹祢に、とっておきのスペシャリストを紹介してあげる』

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