1-6
「ネットワークにある情報として?」
「はい。驚いて思わず声をかけたんですよ。そしたら目が合って、『ヤバッ』とだけ言って、彼は消えてしまったんです。ただの映像ではなくて、まるで生きた人のような反応でした」
羽嶋の話しぶりと真剣な顔を見るに、夏目景途の姿は本物そのものだったようだ。
「それに自分だけではありません。部員の彼も、あのとき夏目さんを見ました」
羽嶋が近くの部員に目を配ると、その彼は首肯した。嘘をついているような素振りではない。
「なるほど。現実世界ではなくて、ネットワークの世界にいる彼を見た……というわけですね」
「変な表現かもしれませんが“ネットワークの世界に生きている”、そんな表現がしっくりくるかもしれません」
羽嶋の表現を耳にした蒼穹祢は、思わず――……、
「……、セリア?」
その名を口走った。
「え?」
「あ、いえ。なんでもないです。ごめんなさい」
蒼穹祢は発言を、気のせいとでも言いたげに誤魔化した。
なぜなら、倫理的ではないから。
神代一族の隠したい闇があるから。
「それにしても不思議ですね。ネットワークの世界とはいえ、亡くなったはずの彼が見えるなんて」
「自分たちも彼に会う方法を模索しています。たとえ幻でも、もう一度だけでも、話をしたいですから」
「……」
やり切れない寂しさが羽嶋の顔に窺え、蒼穹祢は無言で肯定した。羽嶋の気持ちは痛いほどわかる。
そうして羽嶋に話を聞き始めてから三十分が経ち、
「今日はありがとうございました」
「お役に立てたでしょうか。自分も緋那子さんのお姉さんと話ができてよかったです」
頭を下げた蒼穹祢は校舎を出て、バス停のベンチに腰かける。周りの女子は紺色のセーラー服だが、蒼穹祢の服装は黒色のブレザーにチェック柄のスカート。浮いている気がして居心地はよくない。スマートウォッチで時刻を確認。次のバスが来るまで残り七分。この街のバスは遅れが滅多にないのでありがたい。
とはいえ、蒼穹祢の思考は羽嶋から聞いた話に戻され、
(ネットワークの世界ならありえない話ではない、か……。なんらかの手段で脳から意識を抜き取って、ネットワークに配置させた、とかかしら? セリアのような概念? もし夏目さんがネットワークの世界にいるとしたら――……)
スマホを手に取り、連絡帳から選んだのは教師の滝上梢恵。通話の発信を試みたら、数回のコールで繋がり、
『滝上です。蒼穹祢? 用件は済んだのかな?』
「ええ。羽嶋さんから話は聞いたわ」
『有益な情報は聞けた?』
「そうね。話を聞いて思ったのだけど。――私、夏目さんに会いたいの」
『ほお。蒼穹祢が?』
あまり縁のない他校の男子。会いたいと聞いて、先生は驚いただろう。
蒼穹祢は理由を語る。
「ロケット事故の日の、……最後の緋那子を知る彼に会いたいのよ。緋那子が何を言っていたのか、何を思っていたのか、どんな様子だったのか……。知っていることを聞きたいの」
『蒼穹祢……』
胸元に垂れる十字架のペンダントを、蒼穹祢は大切に触れ、
「私……、臆病でみっともないから、あの頃は緋那子と会話ができなかったのよ。事故があってからずっと胸がモヤモヤして、後悔ばかりで……。だから」
蒼穹祢は眉間に力を込めて、
「だからせめて、最後の緋那子を夏目さんから聞いて、私の中で区切りをつけたい」
『想いはわかった。協力させてほしい』
先生の言葉は温かい。
「ありがとう。さっそくだけど、知っていたら教えてほしいの。“ネットワークの世界”に入門したいと考えているわ。何かいい案はない?」
『なるほど、ネットワークの世界ね。事情はわかった』
「雑な聞き方したつもりだけど、ほんとにわかったの?」
『元研究者を舐めないでほしいね。とはいえ、一応は詳しく聞かせてもらおうか』
蒼穹祢は羽嶋から聞いた話を滝上先生に伝えた。街でMRを実験していたら夏目を目撃したこと、ネットワークの世界にヒントがありそうなことを。
“入門”については、現実世界から“覗く”よりも、入門したほうが夏目の探索を効率よく行えると踏んで。
それに加えて、
「なんでもその手の技術に詳しい生徒が
『ああ、きっとあの子のことかな』
「なんでも知ってるのね」
『たまたまだよ。私が顧問を務める“
滝上先生はふふっと電話越しに笑って、
『うん。ネットワークの世界に入門したい蒼穹祢に、とっておきのスペシャリストを紹介してあげる』
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