2
緩やかな津波が砂浜にうち、ざらついた波音が響き渡る。
もうすぐ彼、いや、彼女との別れなのだ。思い出になる場所がよかった。
球体の探査機にポンコツボディの配線を繋げる。
ルナが翻訳した異なる銀河の文字を頼りに、コルトはルナのアップロードを終える。
ポンコツボディは自動運転にはならず、センサーの光を出すだけだ。
探査機には外部音声がない。光通信を使いモニター内でルナとやりとりをする。
リバーシスと繋いだ小型端末で探査機と繋ぐと、声を発する。
「ルナ、そっちに移った?」
『はい、かなりくたびれましたよ。あちらの自動プログラムと摩擦がありましたが、何度も説得して、折り合いをつけてくれました。私がパイロットで、あちらが記録データの保持で担当を分けました』
「AIならではのジョークだなぁ。この後は予定どおりだよ。特異点をでて転移したらホワイトホールへ放流する。外の宇宙にでたらホワイトホールのガスで飛ばされるかもしれないから、うまく誘導して」
『かしこまりました』
「船に乗り込む前に、お前のボディをもっていくよ。中身はないけどお前の一部だからさ」
『私には疎ましいものですけどね』
変わらない減らず口に、コルトは口元を緩める。このやりとりもなくなると思うと寂しいものだ。
ポンコツの機械を稼働し、端末に繋げると矢印で操作しながらルナのボディを運転する。
「そっちの機械でルナの姿を出せる? 本来の姿は凛々しいっていっていたじゃない」
『よろしいんですか! いま化粧するのでお時間ください』
なにくだらないこといってるんだろう。ポンコツボディのローラーが砂に絡んでなかなか前に進まない。
『お待たせしました』
その言葉が消えた後、銀色の長い髪をした、綺麗な女性キャラが現れる。バストアップで白いワンピースを着てなだらかな白い肩が見えた。
『これは本来の私の擬人化です。綺麗だとおもいませんか?』
「でもAIに変わりないし」
『ガガーン!』
ルナは目を白丸にして頭に手を置いた。
ポンコツボディは砂をかき分けてリバーシスの中に入った。ブリッジまではもう少しある。ミィミィとマウは居住スペースで仮眠をとっていた。
どちらも流体テレポーテーションの酷使で反動がきている。少しの休憩が必要だ。
一人ブリッジに戻ると、小型端末から大型モニターに切り替わる。
画面には大きなルナの映像と、その下に枠でコメント欄がある。
「別れる前に母星を教えてほしいんだ。もしかしたら、世話になるかもしれないし」
ルナは腕を組んで少し悩んだ。しぐさがいかにも人間的でコルトも焦る。
『では名前だけ。私の生まれた星は
目を輝かせたり、首をかしげて悩むルナ。表情をコロコロ変える銀髪美人に、コルトは開いた口がふさがらない。たしかにこれが本体なら、あのポンコツに乗せたのは可哀想だった。
『コルト様、出発はいつですか?』
「あと一時間くらいしたら……。何かあるの?」
ルナは顔を覗き込むように真剣な目で告げた。
『――別れる前にお願いがあります』
リバーシスは白く輝く超巨大な白い球体を前にした。
船にくくりつけたワイヤーウィンチを外し、ゆっくりと巻き戻していく。
これから放流する探査機は、ホワイトホールの大きさに比べて微生物のようなものだ。目で追ううちにすぐに点となり見えなくなるだろう。
リバーシスのモニターには外部の映像を繋いだ画面と、探査機に繋いだルナのコメント欄がある。別れ際なのでルナ本来の姿はなく、あくまで音声でのやりとりなった。
最後の瞬間となって、ミィミィはモニターの前で泣き出した。
マウもまた腕を組んでじっとその瞬間を見守っている。
『出発準備完了。コルト様、こちらはいつでもいいです』
「わかってる。でも、俺が躊躇しているんだ。ほんとにやらなきゃダメなの?」
『銀河間の交流はブラックホール内ではなく、宇宙のほうが望ましいのです。徒な情報は争いの種になります。彼らの文明は、彼らの文明内で納めるべきです』
コルトはモニターに張り付いた選択肢から目が離れなかった。
『別れる前に初期化してください』
これが特異点で告げたルナの頼みだった。
データの初期化は、すなわち彼らの死を意味する。
ルナはAIゆえに合理の塊だ。目的達成のためなら自己犠牲も厭わない。
だが、長い旅で親睦を深めてきたからこそ、その選択は耐えきれなかった。
『本来の私はブラックホールに入った時点で死んでいます。それをコルト様によって助けられたのです。あるべき姿に戻すのが道理です』
「わかってるけど! そこまですることないよぉ!」
ミィミィがおもわず画面に叫んだ。
赤文字でデカデカとerrorが浮かぶ。ルナからの合図だ。彼女は初期化しないと出発しないプログラムを構築している。人間と同じくらい頑固だ。
『大丈夫です。みなさんの記憶は一生忘れません』
コルトには、本来の姿のルナの笑顔が見えた。
ほんとに人間らしい。最期まで冗談ばかりいって。
「ミィミィくん。これも彼女の意思だ。AIは人に尽くすことを使命にしている。彼女の想いに応えよう」
『ありがとうございます。マウ様』
「こちらこそ。君は最高のAIだ。君がいてくれて本当によかった」
マウは凛々しい声で告げると、モニターの前で敬礼する。
ミィミィは涙を裾で拭った後、しっかりと頷く。
「きょうまでありがとう。もっとルナと遊びたかったよ。あのポンコツ大事にするから」
『それはありがたくないです』
また皮肉をいって。
「初期化したら発進はこちらで指示するよ。それ以降は元のルナに任せるから」
『ありがとうございます』
「こちらこそ。じゃあ『グッドラック!』ありがとうルナ」
『バイバイ (^.^)/~~~』
最後に出た顔文字をみて、思わず微笑んだ。
数秒待った後、覚悟を決めて初期化を選択する。
画面が切り替わり、横に伸びたロードの目盛りゲージが右に伸びていく。大した時間もかからないうちにゲージは満タンとなり「初期化しました」の文字が出る。
――これで完全にルナが消えたんだ。
涙ぐみながら、コルトは発進のコマンドを入力する。
リバーシスについているハードポイントが外され、球体の探査機はエアーを出しながら船体から離れた。
探査機がゆったりとホワイトホールへ接近する。粒子が溶ける緑の境界内に入った後も物質は残り続け、次第に黒い点となり、画面の描画を最大にしても見えなくなった。
ミィミィはすすり泣き、マウもまた瞳から涙を流している。
コルトは目をこすって深呼吸すると、モニターを切り替えた。
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