離別

1

 ユユリタ一世に導かれるまま、ホワイトホール周辺の宙域に再生した。

 目が覚めた瞬間、目の前にいたミィミィにおもわず抱き着いた。安全だとわかった瞬間、身体が先に動いていた。

「こ、コルト……恥ずかしいよ……」

 焦がれた声をだすミィミィだが、すぐに開放したくなかった。

 自分の肉親と別れる以上に強い悲しみを感じてしまった。

「コルト様、状況ノ説明ヲオ願イシマス」

 ルナのボディがぶつかってようやく我に返る。

 ブリッジを見ると、マウは拳をつくり見上げたまま瞼を閉じ、ルナはモニターのカバーを何度も開け閉めしてぴろぴろと呟いた。

 ゴーストであるユユリタ一世と目が合う。

「コルト、あれ何者?」

「バカ! 失礼――」言い出したかけたところで、本人が口元に指を置いた。

『その態度、若い時の俺にそっくりだな。初めまして、ミィミィ。名前に同一の文字を二つ与えているあたり、孫のミリィも君を産んだとき相当驚いたんじゃないか?』

「え、えええーーーーー!」

 ミィミィが素っ頓狂な声を上げて左右に走り回った。

 俺の一〇倍は驚いている。あのときは緊急事態だから衝撃も薄かったが、目の当たりにするとこうもなるだろう。まして相手は血の繋がった祖先だ。

「ユユリタ一世!? 本物??」

「変なこというな。初代皇帝がいなかったらミィミィを助けられなかったんだよ!」

 しゅんとその場で縮こまるミィミィ。

 コルトはそっとその場で膝をつくと、

「此度の援護、誠に感謝しております。失礼かとおもいますが、いくつか質問があるのでお聞きします」

『顔を上げてくれ。前世はどうあれ、いまは一人のゴーストに過ぎない。それに、昔から堅苦しいのは苦手なんだよ。俺は国家元首なんて肌じゃないと何度も断ったのになぁ』

 いわれるまま立ち上がって腕を組む。

『君の質問に答えよう。まずは父上とミリィを巻き込んで申し訳なかった。アレを運ぶには、ブラックホールと繋がっている暗黒物質の宙域――それもマクスタント家の人間しかできなかったんだ』

「陛下の目的は、最初から探査機の運搬だったのですか?」

『そのとおり。ユアンはついでにすぎない。宇宙の因果律を確立するため、他の宇宙でのタイムワープの証明は必要不可欠だった。ただし、ゴーストでは三次元物質に触れられなくてね、人の手を借りなくてはならなかった』

 頷くコルトだが、まだ疑問はぬぐえない。

「タイムワープの証明は理解できますが、ブラックホールは通常の宇宙より時間の流れが遅くなっています。俺たちは随分ホール内にいました。探査機を送り出したら未来になっていませんか?」

『そのことだが、安心してくれていい。ブラックホールの中心は多重次元構造になっているため、外宇宙との時間の概念がないのだ。また、ホワイトホールは時間が逆行する性質をもつ。ただ、宇宙に出た際の場所や時間は、我々では把握できない。すべて大いなる意思によるものだとおもってくれ』

 とうとう人間の領域を越えた話になってきた。

 あとはかつての英雄が頼んだことを果たすしかなさそうだ。


 ミィミィは帽子をとると、不思議そうに幽体のユユリタ一世を見つめる。

「それも曽じーちゃんの仕事? ってか死んでからも仕事するの??」

 ミィミィがコルトの思考を呼んだのかフランクに話しかける。

 ユユリタ一世はのけ反りながら笑う。

『その通りなんだよ! なんか宇宙の意思から指示されちゃてね、おかげでせわしないのだよ。おちおち里帰りもさせてくれない。あーすまない、愚痴をこぼして。こっちの世界の話は禁句だから、これまでにしておこう』

 けっこう口数の多い人だな。

「曾じーちゃん。お母さんには会えないの?」

 ひ孫のことばに、ユユリタ一世は真顔になる。

『君たち二人には辛い話だがよく聞いてほしい。宇宙空間で亡くなれば魂はブラックホールに流れて運ばれるが、ブラックホール内の死はその魂がホワイトホールに導かれ、別の魂となって復活する。ここにいるゴーストは、ホワイトホールに入ればもう一度人生を始められるが、みな現世の生活に嫌気がしているが現状だ』

「つまり、父さんたちの魂はここにないってことですか」

『あぁ。このような結果になったのを許してほしい』

 頭を下げるユユリタ一世に、コルトたちは首を振った。

 マウだけはホワイトホールに向かって静かに敬礼する。

『さて、そろそろ時間だ。私の願いはアレをホワイトホールに届けてもらうことだ。帰り道のことは心配しなくていい。君たちの任務が終わればこちらで案内する。すまないがよろしく頼んだよ、曾孫たち』

 ユユリタ一世を映していた黒いもやは、渦を巻いた後、大気に溶けて消えた。

 すべてはあの人の手の上か……。

 謎だらけの旅だったがようやく終着点が見えた。


『話ハ終ワリマシタカ?』

 空気を読んでいたのか、じっと堪えていたルナが切り出した。

「あぁ……。どうやらゴーストは最初から俺たちに探査機をホワイトホールまで運ぶ気だったらしい」

『カシコマリマシタ。デスガマスター、ソノ件二ツイテ疑問ガアルノデスガ……』

「言ってみて」

『ホワイトホールヲ出タ後、アノ無人機ハ無事二未来マデ残ルノデショウカ?』

 マウと目が合った。

 そうだ。ブラックホール内の旅が激しすぎて失念していた。

 タイムワープを立証するには、探査機は推定で二〇〇〇年以上、生存しなくてはならない。仮にAIが搭載されているとしても、隕石や強烈な太陽光や天体が移動する宇宙で二〇〇〇年も稼働し続けられるのか。

 まして自分たちはこれから元の銀河に帰ろうとしている。

 探査機を放流して、あとは神の意思に任すだけなのか――

『コルト様、提案ガアルノデスガ、私ヲ探査機二載セテクダサイ』

 ルナの言葉に三人は声をなくした。反応がないのをわかりきっているように、ルナが解説を始める。

『アレヲオート制御デホワイトホール二流スニハ、イササカ不安ガ残リマス。ダトスレバ、安心デキル保険ハ必要デス。ソレニ私ハ皆サント違ッテ寿命ガアリマセン。探査機ガ無事ナラ、永久二生キ延ビルコトガデキマス』

「たしかに理に適う選択だ。私もルナ君なら安心して任せられる。だが、君は生まれた惑星に帰らなくていいのかい?」

『オ気遣イアリガトウゴザイマス。デスガ、私ハ人ノ役立ツタメニ生マレテキマシタ。私ノ前任者ガ生キテイレバ、必ズ同ジ選択ヲシマス。タイムワープの証明ハ人類ニトッテ最大ノ功績デスカラ』

「でも……」

 ミィミィが言い淀む。

 言いたいのは俺も同じだ。これまでの旅でルナには大変世話になった。たとえAIでも幸福になってほしかった。

『誰カガ犠牲ニナラナイトイケナイノデス。ソシテ、コレハ私ニシカデキマセン』

 ルナの意思はゆるぎない。おそらくコルトの命令でも背くだろう。そんなAIをつくった異星人の技術に感服するくらいだ。

「わかった」コルトは覚悟を決めると「ルナを探査機につなげる。船外活動になるからブラックホールの引力がない場所へいこう」

 移動先は頭の中で決まっていた。

 ルナがホームシックになったあの場所だ。

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