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操舵室に元ったコルトは気分が幾分よくなった。
生まれた家にある種の諦念を抱き、仕事に嫌厭もしたがミィミィの言葉に救われた。
おもえば周囲に理解者がいなかった。歴史ある家に生まれたことも、そこから抜け出せなかったことも、それが運命だとわかって諦めていた。
だから人より達観していたし、それによりどこか距離を取っていた。
けれどもミィミィは違った。心の内を読めるのもそうだが、彼女も同じく家に縛られていた。生まれたときから役目を与えられ、そこから抜け出せなかった。
不思議と自分の身に置き換えてしまう。彼女とならこの旅を乗り越えられる気がした。
「うぉー 出口のない旅ー 俺たちはどこへ行くのか♪」
「うぉー 危険が押し寄せる 命があぶないぜ――ってびくりっした!!」
歌に熱中して、背後の自動ドアの音に気付かなかった。
真横には白い目で見つめるミィミィがいて、悦になっていた自分が消えた。
「え、誰の曲?」
「オリジナルだけど。うぉーー♪」
再開しようとした直後、
「その気持ちの悪い歌やめてほしいんだけど」
アイスより冷たい声で拒否された!!
「べ、べつにいいじゃんか! 好きなんだから」
「その歌唱力で歌手目指してるの。絶対無理だよ。死んだほうがいいよ」
「うわあああああああああああ」
コルトはショックで座席から転げ落ちた。これまで同級生などに歌を披露して散々ないわれようだったが、ここまでドストレートなのは初めてだった。しかも心の内側を覗かれた分ダメージも大きい。
「これから歌を聴かせるたびにこんな仕打ちを受けるのか」
「それはボクがいいたいよ。歌いたいならボクの聴こえないところでやってよ」
そんなのエンジンルーム以外にないじゃないか! 爆発音でかき消されるわ。
いそいそと座席に身体を預ける。
落ち込んでいる暇はない。突入計画を考えないと。
「出発前に聞きたいけど、テレポーテーションに制限はある? リバーシスは小型艇とはいえ全長二〇メートル。そのサイズのものをM87ブラックホール前までに一回、そして、事象の地平面でさらに転移が必要になる。その後も――」
「連続で可能かってこと?」ミィミィは帽子をかぶり直すと「できなきゃ依頼しないよ。船の大きさは問題じゃない。一番はボクの集中力だから」
立ち直って椅子に座り直す。
「具体的な回数は? 重力が強ければ操縦桿なんて役に立たないから」
ミィミィは無言で指を三つたてる。
「三回かぁ」
「一日でね。でも最後は疲れて倒れちゃう。だからコルトの運転にかかってる」
「そんなに担ぎ上げても何も出ないよ」
期待するのはいいが、目的地は前人未踏だ。何もできないほうが強い。
ただ、ミィミィが示した数字は心強かった。
最初の転移でブラックホールの遠方に出現し、それから二四時間の休憩をとって中に入れば転移の回数に余裕ができる。巨大なブラックホールほど外周の引力は低く、惑星ごと飲み込む力はない分、休憩をとれるだろう。
――問題は、事象の地平面の中だ。
光が歪曲される以上、なにがあるかわかったものではない。
ユユリタ三世は、巨大ブラックホールではスパゲティ化しないといったが、それが本当かは不明だ。もし中に入ることができても、強い重力が続けば、肉体も船も維持できない。
それに船の人口重力も気にかかる。
中・小型船には、遠心力の代わりにリリ星で使われている重力石があり、この石に電子イオンを与えることで小規模の重力が発生する。ほとんどの船は、この性質を利用し重力石の材質を船の床部に取り付け、下部に電気を送り込み船の中を歩けるようにしていた。
だが、ブラックホールの重力が強ければ、悪影響を与える恐れもあった。
(まったく……父さんはどうかしてるよ)
「ボクもおもったよ。母さんはおかしいって」
「勝手に思考を読まないで」
「仕方ないじゃん、流れてくるんだから」ミィミィは悪気もなくいうと「宇宙を相手に常識は通じないよ」
これじゃどっちが宇宙人だかわからないや……。
嘆息するコルトにミィミィははにかんで笑うだけだ。
「さて、そろそろ準備しようかな」
ミィミィはシャツの中に隠したペンダントを出した。紐にくくりついてあるのは赤い線の混じったような石の塊だ。表面に光沢があり鉄の成分があることを推測する。
「お守りかペンダントだとおもってた」
ミィミィは人差し指をたてると、キャップ帽をくるっと反転させた。
「もっと大事なものだよ。巫女にしか受け継がれない物」
首をかしげるコルトに、ミィミィは咳をして告げる。
「惑星コアの一部」
一瞬、コルトは息を忘れた。
惑星コアはリリ星の命だ。星に住まう彼らにとってコアは恵みの象徴であり、勝手に持ち出せるものではない。リリ星人にばれたら重罪か死刑になりかねないものだ。
「惑星コアはほんの小さなものでも核融合を起こして外殻に鉄を形成するの。これは飴玉みたいに小さいけど、個人が一生分のテレポーテーションが可能になる。使えるのは限られたリリ人だけどね」
コルトは鉛色の小さな破片を見ながら、
「でもさ、俺たちが消滅したらそのペンダントだけ残るんじゃない?」
「通常の惑星ならその理屈で通るけどね。でも、コアの質量が小さいから、所有者の意識と共有して一緒に溶けることができるの。これが巫女といわれる所以かな」
その感覚はシーズ人のコルトはわからない。
「力ないものが手にしても鉄屑ってわけか」
「そういうこと」
ミィミィはペンダントを包みながら深く息をする。
「最初はブラックホールの外周にいけばいいんだよね?」
「うん。引力がなく、船の推進力で数日かかるところがベストだ」
「わかった。コルトのほうは準備よさそうだから、ボクのタイミングでいくよ」
「いつでもどうぞ」
ミィミィは頷いて瞼を閉じる。
転移後すぐに発信できるよう、コルトは船のエンジンを起動し待機する。
生活音のない操縦席に、モーターの回る機械音が響いた。
覚悟を決めながらテレポーテーションの瞬間を待つ。不意に、ペンダントを覆ったミィミィの手の隙間から緑色の光が漏れる。
始まった!
コルトは息を飲んで迎え撃つ。
その瞬間、緑色の光は白色に変わり、宇宙船を飲み込んだ。
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