8
アー宇宙ステーション内、大食堂。
二〇〇人は収容できる大きな空間に、四人掛けのテーブルが等間隔で並んでいた。
宇宙国家の大本営なだけあって内装は煌びやかだ。純白のテーブルクロスに、黒艶のある木材の椅子。天井のシャンデリアは眩く反射し、壁や柱の脇には生花や巨大な油絵が飾っている。分厚い靴底からでも絨毯の柔らかさを感じた。
フロアには士官の制服が多く、休憩時間なのか同僚とともに食事を楽しんでいた。
広々とした席にコルトとミィミィは向かい合うと、間もなくブラウスを着た女性店員が近づいた。
「注文お願いします。俺は根菜と魚のフルコースで」
「ボクは、クルミアイスと三種のベリージェラート。食後にカカオパフェ!」
唖然とする店員のとなりでコルトが代弁する。
「どれもデザート! むしろ食後がメインディッシュになってるし」
「いいじゃん、食後のデザートが一番の御馳走なんだよ」
楽しみだなぁと両手を上げて喜ぶ少女に、コルトは口をあんぐりと曲げた。
店員は注文を繰り返し、微笑んで後にする。
いまだに動揺するコルトに、ミィミィはジト目になる。
「頼みすぎっておもってるでしょ」
「誰でもそうおもうって。虫歯になるよ」
「またボクを子ども扱いする! いいもん、どうせ世間知らずだし」
ぷいっとそっぽ向くミィミィに、言葉を失う。
……これで二〇歳越えてるもんなぁ。
コルトは自身が分別のわかるほうだと自負している。
幼い頃から父親と一緒に仕事ででかけたこともあったし(そのときの遺体は形が整っていたが)、家を継ぐことは小さい頃から約束されていた。そうした環境からか、同級生と比べて大人びた性格だと教師たちから言われていた。
学校を辞めてすぐに仕事を継ぎ、大したごたごたもなくやれたのも未成年ながら達観していたからだ。
ミィミィは足をぶらぶらさせながら恨めしそうにコルトを見る。
「なにさ、アイスが悪者みたいに。糖分ならパンも芋類もあるんだよ」
「そりゃ屁理屈だよ。バランスのいい食生活が健康の秘訣だ」
「惑星コアのエネルギーに触れてるほうがよっぽど長生きできるもん」
なんというか、盆をひっくり返された気分だ。
というか、仕事の話をするはずなのにどうしてこうなった?
「ミィミィだっけ。君は本当に自分たちの親がブラックホールに行ったと考ているの?」
彼女は丸い瞳をくるくる動かしてコルトを見上げた。緑色のショートカットの髪がシャンデリアの光で揺れ、横に伸びた長い耳が微かに動く。
「もちろん。それしか考えられないもの。私のお母さんは敬虔な巫女だった。宇宙よりリリ星が大事で、ずっと巫女を続けるといった。それが初対面の人と一緒に宇宙にいくなんて、よっぽど大事なんだよ」
淡々と語るミィミィに、コルトは腑に落ちない。
「そっちの重要性はわからないけど、俺の父さんも家業が使命だった。それを放棄する理由が見つからない」
「じゃあ、あなたがさっきから疑ってる二人が不倫したってこと? それこそありえないよ」
心のうちを読まれて一瞬戸惑うが、言葉にしなくていいのは少し楽だ。
「死ぬのがわかってブラックホールへいくより現実的だとおもわない?」
ミィミィは呆れるようにため息をついた。
「宇宙人は科学に頼りすぎ。優れた力をもつリリ星人はブラックホールに行くことは可能だよ。帰って来れるかわからないけど」
あっさり話す少女に、コルトは頭を痛める。
「なんでそう割り切れるかな。母親が死んだことを直感で悟ったんでしょ。ショックだったんじゃないの?」
「当たり前。ボクだって一日中泣いた。でも、お母さんが戻ってこないことも覚悟していた。それはコルトくんだって同じでしょ」
いきなり名前を呼ばれてひるむが、しぶしぶ頷く。
コルトは父から遺体回収の危険性を重々聞かされていた。
『私から一年連絡がなかったら死んだとおもえ。それがこの家業の宿命だ』
在学中に連絡が途絶えて一か月、二か月……音沙汰がない日々が過ぎて期日になり、とうとうその時か、と覚悟した。家族と話し合った後、死亡届を提出し、保険金を受け取って宇宙船を買った。
父の死を理屈上受け止めたが、いまだに実感はなかった。
もしかしたら宇宙のどこかで不時着し、サバイバル生活を続けているとさえ考えた。
「俺の場合はずっと曖昧だった。仕事柄か実際に死体を見なきゃ認識できないよ」
不服そうな顔のミィミィだが、店員が皿に丸いアイスと三色のジェラードをもってきた。
反対の手には、根菜とサーモンをオリーブオイルと塩で味付けした前菜。
二人ともおもわず唾を飲み込む。
このまま暗い話をしても、うまいご飯にありつけなさそうだ。
「話はあとにしようか」
「うん!」
帝国の料理に胸が躍った。
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