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「ふわぁー幸せー」
ミィミィはパフェスプーンを口の中に入れると、ふにゃあと顔がとろけた。
反対のコルトはティーカップの珈琲をふぅーふぅーと吹いて冷やしている。ちなみに砂糖は大匙2杯。大人になればブラックを味わいたかったが、さすがに舌があわなかった。
容器の底にスプーンを伸ばすミィミィに、コルトはようやく本題に入った。
「申し訳ないけど、俺には君の話がどうしても受け入れらない。
マクスタント家の教えでは、ブラックホールは死者の国に繋がっている。亡骸を運ぶ一族が、自ら死にに行くようなバカなことはしないし、やみくもに彼らの世界を覗こうと思わない。父さんは真面目な人だから、教えを曲げてまでいく道理はないはずだよ」
ミィミィはカカオクリームを頬張りながらじっと聞いている。
「これが無人惑星や隕石群であればわかるんだ。でも、ブラックホールはわけが違う。さすがに死ぬのがわかっている場所にいけないよ」
「……わかった」
ミィミィは立ち上がると、コルトのそばに近づいて耳に両手をあてた。
ほわわ! 少し冷たい手と息を吹きかけられて声を漏らす。
「静かに。皇帝は混血だし、惑星コアに触れてないから、心の内側を読み取れないの。だからこっそり君にだけ秘密をいうよ」
くすぐったい気持ちを押し殺して、ミィミィの言葉を待つ
「あなたのお父さんを『呼んだ』人物は、初代皇帝ユユリタ一世だよ」
おもわずコルトの瞳孔が大きくなる。
「嘘だと思っているでしょ。でも、ボクのお母さんはその話を信じた。正確には、あなたのお父さんの記憶を読み取った。でなければ、巫女の役目を放棄してまでいかないもの」
心臓の鼓動が早くなる。
ありえない。感情はそういっても理屈では通る話だ。
死者はいずれブラックホールの中へいく。だからユユリタ一世が内側から父を呼んだのも辻褄が合う。まして父は
だが、途方もない距離のM87までどうやって繋いだのだ。
考えられるのは、暗黒物質の宙域。スロウスト濃度の濃い場所では、たびたび
ユユリタ一世は、流体テレポーテーションを確立し宇宙国家の築いた英雄。その人物の頼みとなれば、家業を捨て、自身の命を
ミィミィは席に戻るとコルトを捉えた。
「君は知りたくないの。私たちの親が、どんな頼みで超危険なブラックホールへ向かったか。何より会いたくないの? もしかしたら二人は生きているかもしれない」
シャンデリアの光が、漆黒の水面を映していた。
胸の内はさざ波で揺れていた。
命の
頭にちらつくのは、父の死を克服できていない母さんと、歳が五つ離れた弟だ。
もし自分が父親と同じ道を辿れば、母はさらに悲しみ、弟は家業を継ぐ羽目になる。軽蔑され、ときに憎まれるこの仕事を弟に託すのは酷だ。
どうする? どうする?
黒い水面はひらりとも動かない。
自分がブラックホールの引力に惹かれようとしている。
死が決定されている場所。されど、黒く塞がれた淵の中の、未知なるもの。
シーズ人としての血が騒いだ。
前人未到の世界を見てみたかった。
もし生きて帰ればユユリタ一世に次ぐ英雄となる。
いや、そんな虚栄心さえどうでもよい。
無知なる知恵をもつ生命体の一人として、宇宙最大の謎に触れてみたかった。
でも、間違いなく死ぬぞ。死んでもいいのか。入った瞬間、身体が引力によって引き延ばされて強烈な苦痛を受けながら絶望するぞ。
失敗した。来るんじゃなかった。何も築けず終わった。
後悔が巨大な波となって飲み込み、虚無の幽霊となって終わる。
そんな結末でいいのだろうか。
仮に、無事ブラックホールの中に入れても、内側が安全とは思えない。父もミィミィの母親も帰って来なかった。死が待つだけ――なのに父さんは向かった。ユユリタ一世に呼ばれて。
知りたかった。
命の重みと家族の悲しみを天秤にかけても、知性が勝った。
それに自分は葬儀屋だ。宇宙の塵となった父親を回収する義務がある。
「決まったみたいだね」
ミィミィが笑って帽子をかぶった。
コルトは冷めたコーヒーを一気に飲むと、小さくため息をついた。
これから死ぬかもしれないというのに、この子はなぜ余裕なのか。
「馬鹿だね、宇宙人。ボクがいれば生きて戻れるよ」
「その自信はどこから来てるんだか。そもそもM87まで本気でいけるの?」
ミィミィは指を振った。
「ボクは宇宙一のテレポーターだよ」
リリ星人はほんとにわからない。
肩で息をついた後、出発のためリバーシスへ向かった。
危険な旅の準備を始めなきゃならない。
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