7

 彼女は帽子を外して、嫌そうに皇帝を見上げる。

「話が長い……もっと簡単にいえ」

 冷たい口調の少女に、コルトの背筋が凍り付く。彼女の性格は知らないが、相手は宇宙の王様だ。場合によっては不敬罪で処罰もありえる。

「やれやれ、君は遠慮を知らないな」ユユリタ三世が首を振った後、「彼女の母親は流体テレポーテーションに最も長けた人物だった」

 文字が消えると、コルトの横に例の少女が立っていた。


「君は? 家族の人はどこにいるんだい」

「ボクを子ども扱いしないで。リリ星はシーズ星の二倍の速度で回っていることを知っているでしょ。君の星の基準でいえば二四になるの」

「ええ!」

 おもわず後ずさた。コルトは宇宙士官学校を18で辞めて半年になるが、見た目では明らかに彼女の方が幼い。これじゃ――

「おい! ロリババアってなんなの!」

 な! 心の内を見透かされた!!

 そのとき衛兵がボタン式の警笛を鳴らし、その騒音が謁見室に木霊した。

「陛下の御前である。静粛に」

 縮こまる二人に対し、ユユリタ三世は余裕をもって笑みを浮かべた。


「失礼しました。リリ星人とほとんど関わりがなかったもので」

 仕事で宇宙を跨ぐコルトだが、宇宙にいる人間ほとんどがシーズ人だ。混血種も珍しいくらいで、そんな彼らも宇宙で生活しているせいか寿命はシーズ人と大差ない。

「これだから宇宙人は嫌い」

 少女は帽子を深くかぶって顔を隠すと、

「君に話す義務があるから来たのに。感謝してもらいたいくらいなのになあ」

「あ、はい…………」

一四,五才の少女にしか見えない彼女に戸惑いを隠せない。

「それじゃあミィミィくん、話してくれたまえ」

 ミィミィは深くかぶった帽子を少し上げてコルトと目を合わせた。


「ボクのお母さんはリリ星で巫女をしていた。そこへ中年のシーズ人がやってきて、お母さんを尋ねた。二人は隠れて何か話していたけど、ボクもそれ以外の人も会話の内容は知らない。その後、お母さんはリリ星の地表にでて、一緒についていったボクを抱きしめた。

『お母さんは大事な役目のために宇宙へいく。もし、私が帰って来なかったときは死んだとおもってほしい』

 そして、十字のデザインをした船に乗って宇宙へいったの。

 異変があったのは、つい三日前。朝、目を覚ましたとき、お母さんが消えた感じがした。その瞬間、死んでしまったと理解した。

 ボクはお母さんがどこへいったか知りたくて、宇宙船のことを調べて、君の家系にたどり着いた」


 少しだけ合点がいく。自分を呼んだのがユユリタ三世でなく、彼女だった理由が。

 ユユリタ三世は、指を鳴らすと背後に巨大なブラックホールの映像を出した。

「さて二人に質問だ。事象の地平面を越えた先、ブラックホールの内側には何がある?」

 唖然とするコルトと、黙って首を振るミィミィ。

 ユユリタ三世は人差し指をたてると、それを天井に向けた。ブラックホールの映像は消えてなくなる。

「答えは、そう『わからない』。帰ってきた人がいないからね。現在の我々は、資源や惑星を持てあましている。そんな冒険を侵す必要がないんだ。ただ、祖父はつまらないとこの現状を嘆くだろうね」

「何が言いたいんです?」

 コルトは恨めしそうに見つけると、

「ミィミィは君に母親の遺体回収を依頼している。私もまた祖父の願いを叶えてくれると嬉しい。そのためには政府も力を貸そう」

「快く引き受けたいですが、問題が問題です。到底頷けるものではありません」

「わかっているさ。ただ、君たちも両親が絡んでいる。あっさり断るのも難しいんじゃないか」

 ユユリタ三世はにこやかに微笑むが、コルトは内心悪態をついた。


「ところでコルト君。家業のほうは順調かい?」

 不意にプライベートを土足で入られた。苦みと痛みが混じり、一瞬表情が凍り付いた。

「ええっと……どうなんでしょう? まだ慣れていなくて」

 必死に浮かべた笑顔だが、近くの少女からやけに視線が突き刺さる。なぜか心の内を読む人だ。心情に気づいているかもしれない。

「マクスタント家の生業は前政府から引き継がれ、我々も認知している。ただ、我々の主な調査場所は暗黒物質の宙域でね、知っての通り事故も多い。君がパイロットになってくれれば、遺体にならずに帰る人が多いとおもうのだが。どうだろう?」

 息が詰まった。心臓を握られたみたいだった。

 先日、自分を平手打ちした女性が脳裏によみがえる。

 正しいことをしているはずなのに不条理な目に合う。

 ユユリタ三世のいうとおり、そもそも生きた人間を運んでいれば、死亡事故にならなかったんじゃないのか。

 ――なぜ死者にこだわる。まるで死者を待っているみたいじゃないか。

 だからこの家は嫌われているのか。

「深刻になってすまない。君も若いからね。無理とはいわないが考えてみてくれ」

「あ、はい……」

 生返事をしてやり過ごそうとしたが、鬱に引きずられた。

 不意に横から腹をつんつんと突かれた。キャップ帽のリリ人だ。

「ユユリタ三世がお金だすっていうから一緒にご飯いこう。ボクお腹減っちゃった」

「へ、あ……」

 動揺したものの、たしかに食事を食べていたない。言われて急にお腹が鳴った。

「あ、うん。いくよ」

 ユユリタ三世は笑って手を二回たたいた。

「長いこと待たせて悪かった。話は以上だ。それではランチを楽しんでくれ」

 衛兵がユユリタ三世とコルトの間に割って入る。ほかに話したいことがありそうだが、多すぎてどうでもよくなった。父さんのことは、このキャップ帽の女の子に訊くしかない。身長差もあって、どうしても年上に思えないけど。

「アイス~アイス~楽しみだなぁ~」

 鼻歌交じりにいう彼女を、ますます疑わずにはいられなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る