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彼女は帽子を外して、嫌そうに皇帝を見上げる。
「話が長い……もっと簡単にいえ」
冷たい口調の少女に、コルトの背筋が凍り付く。彼女の性格は知らないが、相手は宇宙の王様だ。場合によっては不敬罪で処罰もありえる。
「やれやれ、君は遠慮を知らないな」ユユリタ三世が首を振った後、「彼女の母親は流体テレポーテーションに最も長けた人物だった」
文字が消えると、コルトの横に例の少女が立っていた。
「君は? 家族の人はどこにいるんだい」
「ボクを子ども扱いしないで。リリ星はシーズ星の二倍の速度で回っていることを知っているでしょ。君の星の基準でいえば二四になるの」
「ええ!」
おもわず後ずさた。コルトは宇宙士官学校を18で辞めて半年になるが、見た目では明らかに彼女の方が幼い。これじゃ――
「おい! ロリババアってなんなの!」
な! 心の内を見透かされた!!
そのとき衛兵がボタン式の警笛を鳴らし、その騒音が謁見室に木霊した。
「陛下の御前である。静粛に」
縮こまる二人に対し、ユユリタ三世は余裕をもって笑みを浮かべた。
「失礼しました。リリ星人とほとんど関わりがなかったもので」
仕事で宇宙を跨ぐコルトだが、宇宙にいる人間ほとんどがシーズ人だ。混血種も珍しいくらいで、そんな彼らも宇宙で生活しているせいか寿命はシーズ人と大差ない。
「これだから宇宙人は嫌い」
少女は帽子を深くかぶって顔を隠すと、
「君に話す義務があるから来たのに。感謝してもらいたいくらいなのになあ」
「あ、はい…………」
一四,五才の少女にしか見えない彼女に戸惑いを隠せない。
「それじゃあミィミィくん、話してくれたまえ」
ミィミィは深くかぶった帽子を少し上げてコルトと目を合わせた。
「ボクのお母さんはリリ星で巫女をしていた。そこへ中年のシーズ人がやってきて、お母さんを尋ねた。二人は隠れて何か話していたけど、ボクもそれ以外の人も会話の内容は知らない。その後、お母さんはリリ星の地表にでて、一緒についていったボクを抱きしめた。
『お母さんは大事な役目のために宇宙へいく。もし、私が帰って来なかったときは死んだとおもってほしい』
そして、十字のデザインをした船に乗って宇宙へいったの。
異変があったのは、つい三日前。朝、目を覚ましたとき、お母さんが消えた感じがした。その瞬間、死んでしまったと理解した。
ボクはお母さんがどこへいったか知りたくて、宇宙船のことを調べて、君の家系にたどり着いた」
少しだけ合点がいく。自分を呼んだのがユユリタ三世でなく、彼女だった理由が。
ユユリタ三世は、指を鳴らすと背後に巨大なブラックホールの映像を出した。
「さて二人に質問だ。事象の地平面を越えた先、ブラックホールの内側には何がある?」
唖然とするコルトと、黙って首を振るミィミィ。
ユユリタ三世は人差し指をたてると、それを天井に向けた。ブラックホールの映像は消えてなくなる。
「答えは、そう『わからない』。帰ってきた人がいないからね。現在の我々は、資源や惑星を持てあましている。そんな冒険を侵す必要がないんだ。ただ、祖父はつまらないとこの現状を嘆くだろうね」
「何が言いたいんです?」
コルトは恨めしそうに見つけると、
「ミィミィは君に母親の遺体回収を依頼している。私もまた祖父の願いを叶えてくれると嬉しい。そのためには政府も力を貸そう」
「快く引き受けたいですが、問題が問題です。到底頷けるものではありません」
「わかっているさ。ただ、君たちも両親が絡んでいる。あっさり断るのも難しいんじゃないか」
ユユリタ三世はにこやかに微笑むが、コルトは内心悪態をついた。
「ところでコルト君。家業のほうは順調かい?」
不意にプライベートを土足で入られた。苦みと痛みが混じり、一瞬表情が凍り付いた。
「ええっと……どうなんでしょう? まだ慣れていなくて」
必死に浮かべた笑顔だが、近くの少女からやけに視線が突き刺さる。なぜか心の内を読む人だ。心情に気づいているかもしれない。
「マクスタント家の生業は前政府から引き継がれ、我々も認知している。ただ、我々の主な調査場所は暗黒物質の宙域でね、知っての通り事故も多い。君がパイロットになってくれれば、遺体にならずに帰る人が多いとおもうのだが。どうだろう?」
息が詰まった。心臓を握られたみたいだった。
先日、自分を平手打ちした女性が脳裏によみがえる。
正しいことをしているはずなのに不条理な目に合う。
ユユリタ三世のいうとおり、そもそも生きた人間を運んでいれば、死亡事故にならなかったんじゃないのか。
――なぜ死者にこだわる。まるで死者を待っているみたいじゃないか。
だからこの家は嫌われているのか。
「深刻になってすまない。君も若いからね。無理とはいわないが考えてみてくれ」
「あ、はい……」
生返事をしてやり過ごそうとしたが、鬱に引きずられた。
不意に横から腹をつんつんと突かれた。キャップ帽のリリ人だ。
「ユユリタ三世がお金だすっていうから一緒にご飯いこう。ボクお腹減っちゃった」
「へ、あ……」
動揺したものの、たしかに食事を食べていたない。言われて急にお腹が鳴った。
「あ、うん。いくよ」
ユユリタ三世は笑って手を二回たたいた。
「長いこと待たせて悪かった。話は以上だ。それではランチを楽しんでくれ」
衛兵がユユリタ三世とコルトの間に割って入る。ほかに話したいことがありそうだが、多すぎてどうでもよくなった。父さんのことは、このキャップ帽の女の子に訊くしかない。身長差もあって、どうしても年上に思えないけど。
「アイス~アイス~楽しみだなぁ~」
鼻歌交じりにいう彼女を、ますます疑わずにはいられなかった。
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