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――不恰好な形になってすまない。
開口一番にマウが小さく頭を下げた。出発の数時間前の出来事だ。
宇宙国家基準の時間にしておよそひと月あまり。コルトの駆るリバーシスは、異星人の技術を受けて生まれ変わった。
切なげな年長者を前に、コルトはおもわず恐縮する。
リバーシスは確かに愛機だが、それほどこだわりはない。むしろ最善を尽くしたマウに感謝していた。
改良したリバーシスは、ベースのデザインはそのままに胴体や末端部を装備で覆っている。破損した装甲は、特異点に生えている鉄の枝を切断して船に繋ぎ、ダガーヘッドから取り寄せた装備を補強していた。
なかでも変わったのが船体の正面だ。十字架の頭には、王冠のような砲身が取り付けられた。
「これがブラックホール専用のシールドですか」
「あぁ、特異点を出た後に展開してくれ。コルト君の操縦なら上手く使えるはずだ」
「そうかなぁ。あんまり自信ないですけど……」
あらかた説明を聞いていたコルトは、小さく頭をかいた。
マウの取り付けたシールドは、元からあるリバーシスの機能とマウの船の技術を混ぜたものだ。核融合炉エンジンを機能させるため外部にエネルギーを放出しなければならなかったが、マウは兵器ではなく盾の出力を上げることを試みた。
だが、シールド全体の出力を上げると、リバーシスが担ぐ探査機にダメージを与えてしまう。そのため、エネルギーをシールドの一点のみに作る必要があった。
「ほんとうに兵器はいらなかったのかい? 持って帰るだけでも技術革新に繋がるとおもうが」
「戦争が始まっていない僕たちには不要です。余計な火種はもっていきたくないですし」
「ブラックホール内では十全な準備があったほういいがね」
「これ以上工期が伸びると、この環境に馴染んできそうで怖いんです。安全すぎて、光の壁を出るのが怖くなるみたいで」
マウも唸りながら頷いた。
船を改装している間、仕事に没頭し今いる場所を忘れていた。
安全という名のわずかな毒が、無意識に死の恐怖から逃れようとしていたかもしれない。
「やはり若さには勝てんな……」
八重歯を出して笑うと、
「私の提案は忘れてくれ。休憩をとったら出発しよう」
手をあげてブリッジを出るマウ。
コルトは胸をなでおろした。これでミィミィの機嫌もよくなるだろう。
修行の日々を送るミィミィだが、代わり映えのない日々に嫌気がさしていた。一五〇時間が過ぎた頃、はやく出発しようと陰でコルトにせっついていた。
リリ星の暮らしに飽きていた彼女だ。好奇心旺盛でなければ、母親に会うためにわざわざブラックホールのなかに入ろとはしないだろう。
自分もマウと同じで、ミィミィに急かされていなければ尻込みしていた。
先へ進めば、今度は自分たちがブラックパレードの一団に加わるかもしれない。そうなれば自分の後を継ぐ者はいなくなる。
最後の務めになるかもしれないのに、もっていくのは『遺体』ではなく『未来』とは。
冗談みたいな運命に笑いがこみあげてきた。
成功すれば宇宙の英雄になるだろう。
異なる銀河の、誰も知らない英雄になるが。
「コルトーー!」
後から告げるはずのミィミィが、開いたドアから勢いよく駆けてきた。
先に出たマウが話を済ませたのだろう。
「出発いつにする!? ボクもうドキドキだよ!」
微塵も不安を感じないパートナーに安堵する。
さすが宇宙一のテレポーターは伊達じゃない。
「ルナに伝えてくれ。五時間後に出発するから起こすようにって」
「りょーかい」
マウの真似するようにキャップ帽に手を添えて敬礼すると、足早に戻っていく。
彼女といれば成功する気がした。
むき出しの肌に生暖かい空気が包む。
太陽光のない、光源不明の鉄が含まれる葉の上に立っていた。
破損した父の船を網膜に焼き付ける。
世界で一人ぼっちの場所に置いていくことを、心から詫びる。
「行ってきます」
別れの挨拶を済ませると踵を返した。
眼前には、球体の探査機をワイヤーで担いでいる愛機のリバーシス。
薄桃色だった外装には、群青色の薄汚れた強化装甲を覆っており、頭部の四方には砲身が伸びている。運搬機としてみればかなりごつい。
コルトは低重力の空間で跳躍すると、口が開いている搭乗口に乗り込んだ。
外壁を閉めて中を進むと、ブリッジには二人と一体がコルトに向いていた。
「お別れは済んだ?」
ミィミィは帽子のつばをあげていう。
「あぁ!」
「では出発だな。船長、合図を」
マウが端末を操作していう。
「リバーシス、これより光の壁をぬけて重力圏に入る。行き先はホワイトホール。なんとしても、この荷を過去へ届けるよ」
マウが返事をすると、前方部に取り付けた核融合炉エンジンを付ける。
「リバーシス発進!」
船のエンジンが火を噴いて特異点の中を進む。
モニターで外周を調べると、父の船とマウの船の残骸が映る。
マウの反対側では、ルナがリバーシスの端末と繋いでエンジンの出力をチェックしている。運航中でも接続可能となったのは、ダガーヘッドのおかげだ。CPUを移送した後、ルナがシーズ人ように再設定した。
「エンジン順調。モニター問題ナシ。待ッテイルノハ地獄デスカ」
「違いない」
ルナの悪態にマウは嬉しそうに笑う。
「いまにはじまったわけじゃない。それより出力を上げる。これから光の壁の中に入るよ」
「了解、船長」
「マタアノ感覚デスカ。ドウシテモ慣レマセン……」
「電源落としてあげようか?」
ミィミィがにやにやすると、ルナがアラーム音をだして否定する。
相変わらず緊張感のないメンバー。
苦笑しながらレバーを上げると、画面の出力ゲージが上昇する。次第に高まるエネルギーに合わせて船が加速していく。
これならばブラックホールの重力に抗える!
「いくぞ!」
その声と同時にリバーシスが光の中に溶け込んだ。
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