地雷原
1
ミィミィとルナに船外の監視を任せると、コルトとマウは穴を開けた装甲を修理する。
艦長のマウだが、手つきは意外にも器用だ。シーズ人の道具を瞬時に理解し、亀裂や空気が流出する箇所にトリモチガンを当て、切れた電線を次々繋いでいった。
コルトもさきの特異点で修理の経験をしたが、知識も技術も雲泥の差だ。
「こうしてよその船に触れているとわかるが、科学というのは同じのようだね」
むき出しの同線を塞ごうと、銅板の壁にビスを回しながらいう。
「わかるんですか?」
「あぁ……昔はメカニックでね、船や兵器をよく修理したものだ。新造艦の整備や兵器開発を任されるうちに、戦術作戦にも参加して気づいたら艦を任されたさ」
コルトはおもわず手を止めてマウを見つめた。
親近感がわいた。家業を継いでから一人で船を操舵していたが、相手はずっと宇宙を相手にしていた。ましてシーズ人より数段優れた技術者だ。興味が膨らんだ。
「あの、こんな重力のなかで、どうやって動くことができたんです? 重力に抗うほどのエネルギーが必要になりますよね」
コルトの問いに、マウは八重歯を見せて笑う。
「君の船は核融合炉エンジンを使ってないんだよね。なのにここまで来たのは素晴らしいことだ」
リバーシスの床をなでながらマウがいう。
「我々は巨大な核融合炉を動力にしている。核融合はエネルギー生成量によって、重力を生じることにもなる。我々はその性質を利用して人工的に重力を作ったのだよ。そして船全体に重力フィールドを展開させ、ブラックホールの引力を緩和させた」
はえー。コルトは暢気そうに声をあげた。
想像もつかない技術だ。応用すれば惑星そのものも作れるのでは。リリ星人が聞いたら激怒するにちがいない。
「でも、そのエンジンを制御するって難しくありませんか。普通なら手に負えない」
「そのとおりだ。だから制御も大味で、融合炉も巨大化せざるを得なかった。いまは視えないだろうが、私の船の大きさは君の二〇倍はあるんだよ」
「基地やコロニーで使う分には便利そうですね」
コルトの声が自然と弾み、マウが満足げに頷いた。
「仕事というのは不思議なものだ。初対面でもこんなに理解できるのだから」
そう語るマウだが、その瞳に憂いを感じた。
「君たちがブリッジへきたとき、もし私の船にサンフラワーの種があったら自害していた」
コルトは言葉に詰まった。
「私の船は廃艦寸前だった。君の憧れるエンジンはいつ暴走してもおかしくない。クルーの大半はそれを知ってブラックホールに入る前に退避したんだ」
「ですが……ユアンとの戦争中では」
「あぁ。避難船はすべてユアンの小型機に潰された。私は同胞が目の前で散る姿を見るしかなかった」
目元が潤むマウに、コルトはそっと視線をそらした。
「私が生き延びたのはこれで二度目だ。一度目は特攻をかけようとしたが、そのとき酒がなくてね、みじめに生きようと決めたんだ。酒を飲まなくなったのは、亡くなった細君が控えるよういったから船に入れなかったんだよ」
「すみません……。つらいことを思い出して」
「いや、むしろ感謝している。おかげでまた好物にありつけた。それに君たちの親探しに協力できることもね。私は昔から親族がいなかった。死ぬ前にこんなボーナスステージに出会うとは思わなかったよ」
冗談めかしにいうが話を聞くコルトは胸が潰れる思いだ。
明らかに自分たちの動機が軽い。
「あの俺に何か――」
言い出したそのとき、船の周囲に衝撃音が鳴り響いた。
工具バッグをもったコルトはすぐさま立ち上がり、マウと向かい合う。
「コルト様、至急ブリッジ二戻リクダサイ。繰リ返シマス」
通路からルナの声が鳴り響く。
二人は互いに頷きあうと、駆け足で廊下をかけた。
「ルナ、何が起きた!」
操舵室のドアを開けると、瞼をパチパチと動かすルナがモニターを見ていた。
「ワカリマセン。デスガ、マウ様ノ船ガ何カニ衝突シテイルヨウデス」
モニターを注視していると例の光が飛んできた。一瞬だけ映ったそれは、マウの船についた上に向いた砲門が何かにえぐられていた。
静まり返る空気のなか、マウは瓶詰に入ったサンフラワーの種をつまみ口の中に放り込む。ボリボリと種を砕く音が響いた。
「ルナくん。さっきのモニターの映像を記録しているかな」
「マウ様、失礼デスガ私ハ女性型AIデス。君付ケハ失礼カト――」
「雑談はいいから。ルナ、リバーシスとの接続は危険だから小型端末にして」
ルナは腕の先から端子を出すと、コルトから受け取った端末に繋ぎ、小さな画面に映した。最初はルナの視点の映像だったが、解像度を上げてリバーシスのモニター画面にする。
コルトとマウが顔を近づけて食い入るように見る。
「マウさん、何かわかりました?」
マウはモニターの画面を威嚇するように口を開いて犬歯を魅せた。
「さきほど光が走っていたとき、ブラックホールのような球体が陰になって見えた」
「確認シマス」ルナが画面内を止めて、指摘した個所に赤く丸をする。「マウ様ノオッシャルウトオリ、二点、遠方ト近クニ球体ヲ発見シマシタ」
「やはりか……」
顔を離すと、また瓶をあけてサンフラワーを食べ始めた。
ボリボリ、ボリボリ……。
気の抜けた音にコルトも引っ張れるが、不意にミィミィがマウの胴体に帽子を投げつけた。
「どうしたんだよ」
「いや、彼女が怒るのも無理はない。私たちは最低なことをした」
マウは落ちた帽子を取ると、それを手で払い、睨みつけるミィミィに差し出す。
「我々はユアンに対抗するため、いくつもの星を犠牲にした。エネルギーの搾取や、ガス惑星そのものを爆発させるなど手段をばなかった」
「これだから宇宙人は嫌い! 星は人が勝手に使っていいものじゃない!! ボクたちは星に生かされていることになんで気づかないんだ!」
ミィミィは奪い取った後、深くかぶって視線を隠す。
二人の立場を理解していたコルトは複雑だった。リリ星人は母星のエネルギーの恩恵を受けていなければ生きていけない。それゆえに惑星に深い愛情があった。星を殺すなど、殺人以上に残虐な行為だった。
「あぁ……その報いを私たちは受けている。代表して謝らせてほしい」
高身長のマウが膝を折って、背の低いミィミィにの頭に手を置いた。
他人の心が理解できるミィミィだ。マウの立場も理解してほしいとコルトは願う。
気を取り直してモニターを注視した矢先、ルナが足元に体当たりした。
「どうした?」
「コルト様、私タチハ地雷原ニイルカモシレマセン」
「地雷原? なんだそれ」
「接近シタラ爆発スル無人兵器デス。コルト様ノ文明ニナイノデスカ?」
「羨ましいな」そばでマウが無精ひげをなでる。「ルナくんのいうのは比喩だよ。コルトくん、星が爆発すればブラックホールも生まれる。宇宙でのブラックホールは、すべてを飲み込む入り口だが、事象の地平面のなかでは強烈な噴射口となる。船が触れればその衝撃で破壊されてもおかしくない」
「ブラックホールハ質量ガ小サイホド重力モ大キクナリマス。マウ様ノ船ハソレニブツカリ衝撃ヲ受ケタト――」
ルナが喋っている最中に衝撃が走り、リバーシスそのものも揺れる。
「確定みたいだね。一体どうするか」
また猶予のない選択を迫られる。
リバーシスは船の面積が小さいゆえに、ブラックホールの出口に接触する確率は低い。だが、進路上にそれがあれば回避のしようがない。以前の隕石群と違い、ワイヤーウィンチをひっかける先がないのだ。
また、地雷原がどこまで続くかわからない分、転移も危ぶまれた。ミィミィのほうが力尽きる可能性があった。
選択肢は一つだけか。
「マウさん、船を借ります」
「危険デス。サイズガ大キス過ギマス」
ルナのいうとおり、前回の隕石群はリバーシスの船体が小さいから免れていた。だが、マウの戦艦では小回りが利かず隙間も抜けない。
「それでも動かせる分マシだ。死にゆく時でも最善を尽くすのが俺の流儀だ」
「ボクもいくよ。何か役にたつかもしれない」
「転移できる? 船の大きさがあまりにちがいすぎるけど」
「わかってる。でも、お母さんに近づいているのがわかるの」
コルトの鼓動が早くなる。
父さんに近づいているのか。生きている? いや、同じルートを辿るなら父さんたちもこの地雷原を越えたことになる。
――死んでいるのか。それとも生きているのか。
後者を望むが、現実は厳しいとコルトはおもう。こんな場所で生きていけるはずがない、何十回それを感じたことか。
「マウさん、全員でブリッジへいこう。ここを突破すれば何かがみえるはずだ」
揺れ動く船の中、三人と一体は駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます