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二〇席はあろう巨大なブリッジにたどり着いた。
一八〇度モニターはいまも稼働していて、マウは管制制御の席に回る。
コルトは指定された操縦席に腰掛けた。リバーシスが一本の操縦桿に対し、この船は両手で握るハンドル型だ。回す角度で右と左の旋回角度が変わるのだろう。
「仕様は君の船と違うがいけるか?」
「大型艦でこれに似た船を動かしました。あとは体感でなんとかします」
「それは助かる。この暗黒宙域の外を見れるのは君しかいない。私はエンジンの調整に回る」
「わかりました」
半分割れたモニターを眺めながら、コルトは硬い操縦桿を強く握る。
視界の隅ではルナが動いて、端の座席に停止すると、丸い手がパカリと空いて、長細い端部を機械に差し込んだ。
「ルナ、何してる!」
「船ト接続中。コチラノホウガ私ノ技術二似テイマス。スゴイ、五倍以上ノエネルギーガアリマス!」
なにをわからんことを。
「接続完了。バックアップOK。現場ノシステムヲ再設定シマス」
「ルナくん、アラートは不要だ。どうせもたない」
「カシコマリマシタ。デハ、危険信号区域ヲ外シテ情報ヲ伝エマス――前方高エネルギー反応アリ」
その途端に、モニターから眩い光が当たる。
例の光だ。だが、光が途絶えた直後に下部から激しい音が鳴る。
ブラックホールの出口か!? 気づかなかった!
コルトはすぐさま操縦桿を下に押して船を上部に向ける。
重い! ハンドルが握力に逆らうように戻ろうとする。
「飛べ!」
マウが端末を操作しながら叫ぶ。
後方で獣の唸り声のようなものが響き渡る。視線を向けたいコルトだが、モニターに注力してその余裕がない。
これまでリバーシスを動かしたコルトだが、船の大きさがあまりに巨大なため、操縦桿を通した外の世界がわからなかった。
なんだよこれ、でかすぎる!
船の仕様も異なるため、スロウストに意識が向かない。
おい、集中しろ!! 俺がわからなきゃみんな死ぬだけだ――考えている最中に背筋が凍るような削れた音が全体から響いた。
「上部・下部接触中! ダメージ甚大!!」
巨大なスロウストが戦艦を挟むように置かれていた。
まずい逃げきれない!!
死を悟った瞬間。ブリッジが白い光に包まれた。
船の削れる激しい音で目が覚めた。
流体テレポーテーションだ。ミィミィがコルトの精神を読み取り咄嗟に転移してくれた。
――が、安堵の間もなく、前方に巨大なブラックホールの出口が視えた。
船首が右に逸れ、艦底が出口の表面に接触し下から何かが吹き出した。
――くそ!!
タイミングが合わずにいる。ただでさえ巨大な船でスロウストを読むのに意識を深く潜る必要があるのに、それを察して避けようとしても、大きすぎるため行動が遅く間に合わない。
さらに先のスロウスト粒子を捉えるのか。
――無理だろ、物理的に!!
コルトはミィミィのように鍛錬を行っていない。せめて大型艦の操縦経験があれば、考えた通りに動かせるのだが。
歯がゆい……。
頭では理解できても自身の技量がたりない。理想に届かずにいる。
死ぬのか。
抗っても乗り越えないと知りながら。
父を見つけ出すこともできないまま。ブラックホールの塵となるのか。
「エンジン損傷大。キケン、キケン!」
「落ち着いてくれ、ダガーヘッド。お前の任務を忘れるな」
マウがモニターを見ながら語りかけている。
両者の歴史が長いことを悟る。自分とリバーシスの関係のように、マウもまた船を手放さすにきた。これが最後の航海――そう思った途端、不意に視界が開けた。コルトの意思が、マウの船と繋がったのだ。
船にも意思があるのか? 半信半疑のコルトだが、死者を連れたあの幽霊船を想起する。
ただしそれは一瞬。
いまは死の淵。僅かな雑念も許さない。
スロウストの意識を拡大すると、眼前に巨大な丸い塊が視える。それは禍々しく蠢いて、スロウストを飲み込み凝縮していた。
「曲がれ!」
コルトは叫びながら船を右いっぱいに旋回する。遅れたマウが慎重にエンジンの出力を上げ、
「パワー80% 出力不安定!」
「ルナ、右舷の虚空に集中砲火を! 物理的に出力を下げる」
「砲撃発射! 熱エネルギー、引力二引カレテ曲ガリマス」
歪曲ビームを目撃しながら、船の左側部が削られるのがわかる。
「出力維持デキズ上昇中。98.99……許容値ヲ超エマス。爆発」
くそおおお、コルトは激しく叫び声をあげる。
ダメか。マウは目を閉じて悟る。
「無念デス。サヨウナラ――」
ルナが機械音でつぶやき、彼らは光に包まれた。
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