2

 時の速さは、予測を遥かに凌駕していた。

 観測を始めて体感で一時間あまり。幾つかの星が消え、瞬く間に生まれた。ときに流星のように線が流れたり、星が川となって流れたりした。

 それは宇宙の歴史をなぞるような、幻想的な光景だった。だが、モニターの光景は二次元の世界ではない。数刻後にその影響が訪れる。観測して間もなく船に衝撃が走り、予断を許さない状況になった。

 ルナからの警告を頼りに、コルトは船の操縦に追われた。

 幾度となく船を旋回し、迫る衝撃波や爆発に押される隕石群から探査機を防いだ。観測データはルナに任せるしかない。


 四度目の波が終わって一息つくと、モニターの「作業中」という画面が消えた。

「結果はどうだったんだい?」

 エンジンの出力とシールドの調整に集中したマウが、指先の汗を衣類で拭って尋ねた。

「三〇パーセント終了。一五パーセントハ景観ノ移リ変ワリニヨリ検知不能。ソレ以外ハ未知数ノ現象ガ起キテイタノデ中断シマシタ」

「十分だ。ここは時間がゆっくりな宇宙ではないからね」

「ルナ、できたら早く教えて。いまも超新星爆発に巻き込まれかねない」

「カシコマリマシタ」

 ルナは情報のページを閉じた後、モニターに文字を打ち込む。

「観測シタ結果、永久光源ト限界光源ノ二種ガアルト予測デキマス」

 解説しながらモニターに映していく。

「限界光源トハ、即チ寿命ガアル惑星デス。コノ宙域デ頻繁ニ発生スル星ノ誕生ト爆発ヲ指シマス」

 コルトはルナの回答に違和感を覚えたが、続きを聞いた。

「永久光源ハ、コレマデノ情報ヲ得タ私ノ見解デス。

 最初ニ考エラレルノハ、ホワイトホール。タダシ、目撃データガナイタメ仮定トナリマス。

 次ニ確定シテイルノガ、特異点。コチラハ私タチガ体験シタコトニヨリ、実在ガ認メラレテイマス。

 最後ニ考エラレルノハ、恒久惑星――寿命ヲモタナイ不老不死ノ惑星デス」

 話を聞いたコルトとマウが同時に額に手を置いた。


「ルナ君、いきなりぶっ飛んだ思考を持ち出さないでくれ。我々は君より頭が悪いのだ」

「むしろポンコツだから変な答えだしたんじゃないの?」

 コルトの言葉にルナが脚部のローラー動かして回転しながら暴れた。

「失礼デス! コレデモ観測ヲ元ニ考エタノデスヨ!!」

 いうと、ルナが球体の3D映像を出した。中心はリバーシスで、それを徐々に縮小していき、球体全体に赤い線を流す。線が通過した場所には白い点が浮かび始める。

「範囲ハオヨソ1パーセク。コノ点ガ観測ノハジメニ確認デキタ光源デス」

 無数の白い点に息を飲むコルト。とても人の脳では把握しきれない。

「デハココカラ、光ノ移リ変ワリヲ見テモライマス」

 ルナは早送り機能を用いて、光源が変わっていく様を映した。目を凝らすコルトだが、あまりの変化に何度も瞼をこすった。

 この一時間あまり、星が変化したのは半数以上。この期間に現れては消えた光もある。

 ルナは光源のいくつかを赤や水色や緑に色分けする。

「赤色ハ、光ノ大キサヤ色ニ変化ガ生ジタモノデス。水色ハ逆ニ変化ガナイモノ、緑色ハ変化ガナイ上ニ、ソレヲ中心ニ周囲ノ光が流転シテイルモノデス」

 相槌を打ちながら解説の続きを聞く。

「赤色ノ動キハ、寿命ノアル惑星デ間違イナイデショウ。緑色ノ場所ハ引力ノ中心――特異点ノ可能性ガ高イデス。私タチノスグ近クデ発見シタノデ、ココカラヤッテキタト考エラレマス」

「では、水色は?」

 マウの問いにルナハ首を微かに横へ振る。

「コレガ例ノ不老不死ノ星デス。アクマデ観測情報ナノデ保証ハアリマセン。デスガ、ブラックホールノ内部トイウ無尽蔵ノエネルギーナラ、存在シナイ可能性ガ低イデス」

 話を聞くがどれも推測にすぎない。

 ルナが人間より優れた知能をもっているとしても、それはあくまで人間がつくったものだ。新しい情報を得るまで、ルナも人の智の域をでないだろう。

 コルトが腕を組んで唸る。リバーシスに激しい衝撃が走り、二人と一体がバランスを崩す。

「く!」

 思考する余裕もできないか!

「ルナ、いますぐミィミィを呼んでくれ。彼女に転移を託す」

「コルト君、大丈夫か!?」

「わかりません。ですが、光源に変化がなければ、仮に星に寿命があったしてもほかの惑星より長いことに変わりないです。いまはそれに賭けたほうがいい」

「残す問題は、光速を超える超新星爆発に流体テレポーテーションでかわせるかどうか。こればかりは彼女に頼るしかないな」

 そう呟くマウはどこか嬉しそうだ。この危機的状況を楽しんでるんじゃないか。


「あー、ようやくボクの出番かぁ。待ちくたびれたよ」

 食べ終わったアイスの棒をくわえながらもそもそと現れた。

「ルナの艦内放送で聞いていた? わからなかったらもう一度説明するけど」

 ミィミィは指を二本立てて、

「あっちの方向に、流動しないコアを見つけて近づけばいいんでしょ? ドトーンっバパーンってやっちゃうよ」

 まずい頭が痛くなってきた……。

 今度こそきょうが命日かもなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る