3
流体テレポーテーションが始まった瞬間、コルトは意識が途絶えた。
これまで気絶に近い状態だったが、ブラックホール内で何度も転移を行い、特異点を出入りしたことで流体中の感覚をおぼえた。
ミィミィはブラックホールの僅かな重力を経由して宇宙を渡っている。だが、自分たちが溶けているその宇宙に、同等かそれ以上のエネルギーが接近していた。
その正体が超新星爆発のエネルギー波であり、これに飲み込まれれば、自己が再生することがないことを瞬時に悟った。
いつもなら理性に徹して足掻いたが、いまは他人に人生を預けるしかない。
ただひたすらに怖かった。
自己の存在がなくなるのが。
何かの一つになって自分の意識が世界から消えるのが。
早く早く早く早く――押し寄せる爆発の波に祈るほかない。
まずい!
いまにも触れようとした刹那に、コルトは夢から醒めるように世界から抜け出した。
ブリッジで目が覚めると、帽子がはずれ、短い緑の髪を露わにするミィミィがいた。緊張からとけたのか息をぜぇぜぇ吐いている。
「間一髪だったね……」
そばにいたマウが青い顔で苦笑した。彼も同じ感覚を掴めたのだ。
だが、止まっている暇はない。ミィミィが水色の惑星へ移動する最中に、爆発のエネルギーから避けるべく、近くの惑星に退避し転移を解いたのだ。爆発は間もなくやってくる。
コルトはさきほどの感覚を頼りに船を反転させシールドを構える――が、衝撃波は背後から現れて、コルトたちは一気に流される。
「く!」
「ちょ、大丈夫!?」
「船が暴れてる!」
回転するリバーシスだが、不幸中の幸いか探査機にダメージはない。コルトはすぐさま逆噴射すると船の姿勢を維持する。
「ルナ、状況は? 俺たちが元いた場所からどれくらい離れている?」
「索敵シマス……前回ノ観測データヨリ三五パーセント合致。目的地マデ半分ヲ越エマシタ」
「じゃあ少し休んだらもう一回。ミィミィ行ける?」
息切れするミィミィだが、落ちた帽子をかぶって、もちろん、とやせ我慢する。
とりあえず惑星から離れよう――選択が浮かんだ瞬間、全身に電気が走り、皮膚が震えた。コンマ一秒も満たなかった。わずかな陰りで、外の世界のスロウストが一か所に凝固しているのを感じた。
心臓が爆発しそうになる。死の瞬間を悟ろうとする。本能が必死に抵抗を試みようとする。
「ミィ」
呼びかける最中、リバーシスは光に包まれた。
――ヤバイヤバイヤバイヤバイ
いまが流体の中でも、間近でことに動揺している。
またも超新星爆発が起きようとしている。それも、視界に入った小さな惑星からだ。爆発した直後、引力が生じるとともにコアエネルギーが周囲に拡散して、あたりの粒子が核反応を起こす。自分の個は分解され、粒子の一つにされる。
咄嗟にいまいる場所の危険性を理解した。
ブラックホールの内側であれば、流体になることで難を逃れた。
だが、真ん中へ近づけば近づくほど、自分も宇宙に溶けてしまうのだ。
この超常現象からなんとか避けなければ。
わかっていてもどうすることもできない。
恐怖に駆られても、できることは神に祈るだけ。
まだだ、まだ終わるな! 俺の物語!
起きて操縦桿を握るのだ。そして、父に託された積み荷を未来のために送るのだ。
走れ走れ走れ走れ走れ。
念じて念じて念じ続けたそのとき、不意に光が見えた。
転移終了の合図だ。
意識が覚めると同時にモニターを睨んだ。右舷下四五度、楕円形の光が映った。
惑星が眩く光っている。それも母星のような青々とした球体だった。
あれが恒久惑星なのだろうか。
優れた知能を誇るルナと、惑星コアの感覚を知るミィミィならわかりそうだが――どちらも転移の影響で崩れたまま動けない。
迷っている暇はない。星の爆発から逃げるのだ。
リバーシスの船首を、星が発する眩い光に向け全速力で走っていく。
突入とともに視界が白く溶ける。流体化するときのように身体が原子まで溶けようとしている。俺を、忘れるな。自分の芯に起きていろと釘を刺す。
途絶えた意識が一瞬で戻る。
モニターに青一面の地表が飛び込む。
すぐさま推力を上げて船を地表から水平にすると、核融合炉を停止し、通常の液体燃料エンジンに切り替えた。
ほか二人が倒れている中、ふぅと息をついて改めて地表をモニターする。
「海デショウカ……?」
意識が戻っていたのか、ルナがセンサーの光を点滅させていた。
「そうみたいだね」
相槌をうつが、ルナに反応はなかった。
ルナはセンサーのカバーを開け閉めしたり、可動域の少ない首を小さく横に振っている。どこか落ち着きがないのは気のせいだろうか。
まぁ、それはあとにしよう。
いまは船を止める場所を探さないと。
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