終点

1

 入ってきた恒久惑星を出ると、また宇宙空間にたどり着いた。すぐに船が揺れるが衝撃は少ない。爆発は遠い場所か、小さな星かもしれない。

 ルナが周囲の光源を調査している間、三隻もの幽霊船を宙域内で見た。どの船も特異点の入口へ入って消えていく。

 目的の場所に近づいているのかもしれない。

「コルト、なんだか嫌な予感がする……」

 ミィミィが低い声でつげた。帽子の下の瞳は不安そうに俯いている。

「けど、引き返すわけにはいかない。なるべく早く済まそう」

「わかってるんだけど……」

「私も何か感じる。覚悟したほうがいい」

 マウも険しい顔でモニターを睨んだ。

 重力の流れは幽霊船がでてきた方に向かっている。ルナが検知する一パーセク内の光では、恒久惑星のような白い光源があるという。

「それがホワイトホールかもしれないのか」

「確証ハアリマセン」

 否定されればされるほど、確信に変わっていった。

 宇宙では、不確かな可能性ほど危険につながるが、いまはなぜか予感しかない。ブラックホールというエネルギーの渦で感じた多くの粒子が、その原点に繋がっている気がした。

 ――そして、俺の直感と同じくらいに、ミィミィとマウさんにも不穏を察しているのだろう。

「――エネルギー反応キマス」

「コルト、目覚めたら操縦お願い」

「わかってる」

 あとは進むだけだ。

 ミィミィのペンダントから強烈なエネルギーを感じる。足先が、指の爪が、つむじの上の髪が溶けていくのを感じた――。



 目が覚める。すぐさま起き上がってモニターを覗く。

 視界は正常。破損や不備はなし。流されるような視界の変化もない。

 ――理性では現状把握を務めているが、心臓は興奮と緊張で高鳴っていた。

 もう驚きはしないと何度誓っても、世界に、いや自分に裏切られている。


 前方モニターの映像を見て息を飲む。

 ……それを端的に表すなら、宇宙の端だった。

 正面には青白く輝いた超巨大な球体があり、その淡い光線の範囲外から、惑星の生誕や超新星爆発が頻繁に行われている。

 青白い球体がホワイトホールかわからない。だが、下部に見える灰色の惑星が米粒におもえるほど、その球体の規模が規格外の大きさだった。

 マウも、ミィミィも、ルナでさえ、その光景に言葉をなくす。

 不意に、爆発による惑星の破片が巨大球体に接近した。球体の外側は大気圏のような淡い緑色の層があり、惑星の断片はそれに触れると同色に輝き、光の中へ入っていった。

「宇宙の規模で考えれば、ここが終点なのだろう」

 マウがようやく口を開いた。

「コルト様、周辺ノ調査ヲ提案シマス。コノママ光ノ中二入ッテモ、死ンデシマッテハ意味ガアリマセン」

「そうだね」

 奇しくも、惑星の誕生と爆発が頻繁に起きている宙域から外れている。安全を保てるならゆっくり時間をかけたほうがいい。

「リバーシス、微速前進。いつ飲み込まれるかわからないので、巨大な球体には近寄らないでいく」

「了解した。私はモニター監視を続けよう」

 ミィミィの返事はない。目深く帽子を被り、ソファに座って息を吸っている。先程の転移で疲れたのだろうか。いまは休ませて探索に集中する。

 モニターを操作して周囲や奥行きを拡大するが、球体の周辺には灰色の惑星以外にない。

 反対側に何かあるかもしれないが、光球が巨大すぎていける気がしない。

 ルナからの指示はない。時間をかけて周囲を分析しているのだろう。

 船外のモニターをいくつか切り替えていると、この宙域にある灰色の惑星から何かがでてきた。

 最初は小さく点にしか映らないが、それが三つ四つ増えていく。時間が経過するにつれて、点は大きくなり、幽霊船の姿を映し出していく。別のモニターを開くと、今度は惑星に入っていく幽霊船も見えた。

 あの星が死者の集まる場所かもしれない。

「マウさん、あれ……」

「あぁ、どうやら我々は、死後の世界をこの眼で見れるらしい」

 星がか気になるものの、それを知るのが怖かった。ゴーストたちがどのように生活し、なぜ幽霊船に乗り込んでいるのか。知れば死ぬことを恐れなくなるのか。いや、その逆で生にしがみつこうとするのか。

「データ入力オヨビ移送タスク完了。コルト様、コレヲ見テイタダケマスカ?」

 ルナが過去の映像を引っ張り出した。

 リバーシスがこの空間に現れる際に見た、惑星のかけらが光球に入る場面だ。

「何が映っているんだ?」

「今切リ替エマス」

 ルナがいうと、停止した映像に薄黒いフィルターが重なった。人間の視覚情報のほかに紫外線や放射能など、知覚できないものを視覚化している。

 星の破片が隕石のように球体へ向かう。惑星の後ろには超新星爆発の影響で発生したエネルギーの波が後に続いている。

 だが、星の破片が光に近づくにつれ、後に続いたエネルギーの余波が光球に溶け込んだように分散し、最後は跡形もなく消えた。

「ルナ、これは一体何を指すんだい?」

「アノ光ノ塊ハ、原子や粒子ナドノ無機物ヲ溶カシテ吸収スル性質ガアリマス。ソノ一方デ、物質化シテイルモノハ溶カサズ二形ヲ保ッタママデイマス」

「じゃあ仮に私たちが入っても、消し飛ぶわけではないのだね」

「ハイ。光ノ外側カラ解析シタ結果、アレハ特異点ト似タ性質ガアリマシタ」

 ブラックホールの終着点と考えれば、やはりホワイトホールの可能性が高いわけか。

「残すはこの探査機を無事に奥まで届けるだけだな――」

 いいながら後部モニターを一瞥する。

 一隻の浮遊物がこちらを見ていた。それも半透明の幽霊船ではない。円形で外側にいくつも砲門をもち、中央に青い光を発光させながら、船体をくるくる回っていた。

「全速前進!! すぐに逃げろ!!!!」

 いきなりマウの怒号が響き渡る。コルトは驚いてびくりと動き、ミィミィは倒れたまま反応がない。

 核融合炉を点火しすぐさま発進するコルトだが、

「マウさんいきな――」「ユアンだ」

 かき消すようにマウが告げる。

 その言葉にコルトの頭が凍り付いた。

 ユアン――マウの銀河で戦争している宇宙生命体だ。

 無数の砲門をもつダガーヘッドを中破させ、ブラックホールに追いやった敵。

 だが、マウの話ではユアンはブラックホールを恐れて入ることはなかった。

「なぜここに――いや、いまはどうでもいい。武装がない以上逃げるしか――」

 動揺するマウに応えたのか、さっきまで倒れていたミィミィがのっさりと立ち上がる。

 コルトはその緩慢な動作に違和感を覚えた。ミィミィは床に落ちた帽子を被ろうとせず、白目をむいたままペンダントを握った。

「ミィミィ一体どうしたの!」

 違和感が確信に変わったその瞬間、ミィミィが目の前で発光し――光と共に消えた。

「な」

 開いた口がふさがらない。

 彼女は独りでどこかへ消えてしまった。

 動揺する中、背部のモニターで同様の光が現れた。

「まさか!」

 悟ったのはマウ。だが、すでに遅く、ユアンはその場から消えてしまった。

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