特異点
1
それは朝明けか、はたまた黄昏か。
空、と称していいかわからない頭上の色は茜色に染まっていた。
その真下は様々な突起物で溢れ、くすんだ赤茶色の物のなかに、真上に反射して輝いているものもある。
握っている操縦桿は、重力から解放され滑らかに動く。壊れかけのエンジン音も心なしか緩やかだ。
鈍い頭で理性を働かせる。
船がゆっくりと下降している。即座にワイヤーウィンチをセットし、目視で射出の準備をする。
地面から生えたような曲がった鉄柱が見えると、船の先頭についた二本のワイヤーを伸ばして瓦礫の大地に突き立てた。錨が地面に引っかかったのか、リバーシスはワイヤーを引っ張りながら減速し、胴体の下部を引きずるように着地した。
「ふぅ……」
思わず冷や汗をぬぐう。
ブラックホールの内側に、空と大地があるとはおもってもみなかった。だが、ようやく一息つける場所が見つかり、椅子をかかえるように床に座り込んだ。
生きているモニターから外の景色を眺めるが、光源がないのに周囲を見渡せる。不思議な感覚だったが、謎を解こうとする頭はなかった。疲労が限界にきている。
「コルト、外に行ってくる!」
「おい、大気があるかわからないんだ。宇宙服を着て――」
「赤いものにはエネルギーがつまってるの。身体と繋がっているってわかるんだよ」
相槌を打つ気力もない。勝手にしろと内心いうと、ミィミィはふふんと鼻を鳴らして操舵室を出た。
船内のモニターに搭乗口が映る。扉がガタガタと震えながら登り、操舵室に聞こえるほどの軋む音を奏でながらスロープが地面に伸びた。
地面は瓦礫が大量落ちて足場がほとんどない。
画面に映るミィミィは軽やかに跳躍し、浮遊感をまとって空に上がるとゆっくり落ちていく。
どうやら外は低重力らしい。大気がどんな成分か不明だが、地中を生きてきたリリ星人なら直感で理解できるのだろう。
先へ進むには、船外での修理が必要だ。船の計器も少しずつ狂い始めている。やはりリバーシスはボロボロらしい。
少しだけ大の字になって床に寝た後、のっそりと起きあがる。
生きているかぎり、前に進まないと。
開けっ放しの扉からぬるい空気に触れた。大気には炭素と錆びの臭いが混じっていたが、空気が澄んでいるせいか不快感はなかった。
身体は宙に漂うかのように軽く、少し跳んだだけでふわりと浮いた。
鉄や岩石や艦の部品が敷き詰められた地面を見た後、そばの段差に乗って跳躍する。高い突起をめがけてトントンと昇っていくと、船の甲板に座っているミィミィを発見した。
近づいてみると、コルトはあんぐりと口を開ける。
「また食べているの」
彼女はカップアイスをスプーンですくうと、満面の笑みになった。
「やっぱり外で食べるアイスはおいしいなー」
「そんなに食べると太るよ」
ミィミィは頬を膨らませ、
「そんなことないもん! 流体テレポーテーションはすごいカロリー使うもん」
「だったら食べながら転移すればいいじゃん」
「それができないんだよ! アイスの想いが強すぎるせいか、転移したら全部溶けちゃうの」
「試したことあるんだ……」
飽きれて乾いた笑いしかでない。
「なんかね、ほんとにアイスだけなんだよ……。冷凍庫に入っているのは大丈夫なのに、外にだした途端、中身が全部溶けちゃうの。すっごい理不尽だよ!」
「さいですか……」
ミィミィは共感されない腹いせに、じたばたと暴れる。
コルトは頭上をじっと見ている。視線の先には、いまだに続く幽霊の船団。暖色の光の扉から次々と大小の船が現れ、光や音を放ちながら前を通り過ぎた。
「綺麗だなあ……」
いつの間にかミィミィも眺めていて、スプーンを口に入れる。
コルトと目が合うなり、
「死んだら星と一つになるとおもったけど、そうじゃなかったんだね。宇宙にいってブラックホールの中までずっと旅していくのか。コルトは知ってた?」
「概要はね……。実際に見たことはなかったし、この場に着くまで信じられなかった」
「ここはどこだろうね?」
コルトは瓦礫の山を見下ろした。
変形した金属や何かの外壁、金属パーツや樹脂などの突起物……様々だ。わかるのはどれも惑星から形成されたものではなく、現鉄や油から加工し作り変えた人工物であること。それが大地にごまんと広がっている。
「宇宙の墓場かもな。ブラックホールが吸い込んだ物質がここに集まっているのかもしれない。もしリバーシスが隕石に衝突していたら、俺たちもこの一部だった」
答えながらコルトは別の解をもっていた。だが、それを語っても、きょうまでリリ星で過ごした彼女には理解できないだろう。
「それじゃあ、コルトの職場に最適ってことじゃん」
いわれて思わず吹き出した。
そういえば、ミィミィと会う前は仕事を辞めるか悩んでいたな。
「そうだな。ここまで無事に行き来できたら、俺は大金持ちになるかも」
さて、話しても先へ進まない。生きるためにはリバーシスの修理の準備をはじめなければ。
コルトはミィミィから離れて、あちこちの廃材の山を練り歩いた。
船は外装やシステムを含めて七割は壊れていた。予備の部品は船内にあるが、すべて直すには不足しすぎている。
不幸中の幸いか資源は潤沢にある。何十年も使われず古くなった機械もあれば、ブラックホールの重力の影響を受けたものの、電気を通せば使える中古品も多かった。
部品の山を嘗め回すように物色していると、見知ったデバイスが目に飛び込んだ。
宇宙国家で普及している小型端末。スイッチを入れると電源が生きており、馴染みの二つの丸が真ん中で重なったマークが現れる。
「嘘だろ……」
おもわず声を漏らした。
自分たちがここへ来る前に、誰かがこの場所に来たのだ。
中を開くとメッセージが出てきた。
『コルトへ。
君がこのメッセージを読んでいるということは、私が無事である証拠だ。
我らマクスタント家の祖先は偉大ですべて正しかった。
これから多くの困難が待っていよう。だが、任務は必ず全うできる。
我々は亡くなったものの意思を紡いでいく。これまでも、この先も。
みんなをよろしく頼んだよ』
まさか父さん!? 俺がこの場所へ来ることを予期してメッセージを置いたのか。
わけがわからなかった。
もし父さんならこの場所まで生きていたことになる。いまだに会えないってことは、あの隕石群から逆流できず、先へ進んだのだろうか。
だが、遺言では俺にマクスタント家を継ぐよういっていた。父が生きていたら、ここまできた自分を叱責してもおかしくない。
――だとしたら、父に成りすました別の人間か。
考えられるのはミィミィの母親だ。だが、彼女がマクスタント家の教えを理解し、それに共感できるだろうか。心の内を読むことができても、他人の家のしきたりに口出しできるのか。そもそも、父に成りすます理由がない。あるとしたら、先に死んでいることか……
もう一度メッセージに目を通す。最後の一文が気になる。
「みんなって誰だ」
ひとまずデバイスを脇に挟む。これをミィミィに見せるかは決めていない。自分の父親が生きて彼女の母親が死んでいたら目も当てられない。隠し通せる相手ではないが、思考しなければ読まれないだろう。
――でも、少し希望が見えた。
父の生存もそうだが、この場所には生きた電子装置がある。
鉄板などを切断し、加工できる技術はリバーシスにあるので、時間をかければ修理を行える。
奥のほうには、光に反射してぎらついた真新しい鉄の山がそびえていた。そのなかには半壊した所属不明の宇宙船が見えており、運が良ければ再利用できるかもしれない。
改修プランを頭のなかで組みながら、使える装置を見て回る。
あ……。
気が付けば幽霊の船団はいずこへ消えていた。
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