さらなる深部へ
1
意識が戻ると、体中が縛り付けられたような重みを感じた。
操舵室は人口重力。外の引力の影響ではない。身体中の細胞が命の危機を前に強張っているのだろうか。
ここは生命が生きられない宇宙の深淵。必死の宙域だ。
モニターで外部情報を見ると、案の定、暗黒が広がり何も見えない。すぐさま前方に防御フィールドを展開する。だが、光はすぐに重力に流されるため、青光りするシールドは、発生した瞬間に砂のように奥へ流されていった。
エネルギーの消費が激しければ止めるか。
だが、何も見えない漆黒の世界で、光の道しるべがあるのはかなり助かる。
船の状態はいい。クルーのほうは?
ミィミィは背中を丸めて苦笑している。
「やっぱりこの中は重いなぁ……」
リリ星の巫女なりに何かを感じているらしい。
「センサー確認……。ナルホド、スゴイ世界デス」
ルナはわずかに動く頭を傾けて、画面を注視している。
修理がおわったいま、ルナは役に立たない。観光みたいにあちこち動いている。
不意に強烈な光がモニターに映って消える。
突然のことに一瞬戸惑う。ブラックホールの中で光が維持できるのは、特異点の出入口か
「さっきの見えた!?」
「事象ヲ確認シマシタ。デスガ科学的二アリエマセン」
「見解はあと。周囲が見えるっていうことが重要なんだ」
コルトはシールドのエネルギーを上昇させる。だが、粒子の輝きが強まるだけで重力に流されていった。
「推測ドオリデス。光ヲ飲ミ込ムブラックホールヲ照ラスコトハデキマセン」
「だとしたら光が見えた現象を考えるんだ。進むヒントになる」
ブラックホールに存在する暗黒物質などが、何かと化学反応を起こして外側に伝わったのか。入り口には、つねにガスを噴出する出口がある。それに繋がるのではないか。
「!」
突然、船全体が揺れた。後部からの衝撃音が鳴り響く。
床に背中をぶつけたあと、立ち上がってモニターを凝視する。
「何が起きた!」
見えない。くそ、これだから光が消えるところは厄介なんだよ!
ルナは転倒したままピロピロと電子音を奏で、ミィミィが屈みながら身構える。転移の準備はできているみたいだ。
集中しろ。死にゆくときも最善を尽くせ。
自分に言い聞かせてスロウストの気配を探る。
意識を操縦桿からに機械の内部――そこから船の分厚い壁に移り、外の表面からブラックホールの暗黒物質を感じ取る。
凝縮したスロウスト粒子が、引力に流されているのが視えてくる。
「!」
瞼が開くと同時に、上部のモニターに閃光が映った。ブラックホールの奥から光が放たれ、瞬く間にリバーシスを通り過ぎる。
――コルトは一瞬だけ映ったその異物を見逃さなかった。
巨大な船だ。ユユリタ三世の乗る巨大戦艦に相当する大きさで、棘で体を守る海洋生物のようにいくつもの細い砲身をだしている。
動揺で心が揺さぶられるが、すぐに感情を捨てる。
刹那の中で思考を巡らす。死が渦を巻くこの場所で判断を止める寸暇はない。
船の衝撃と、一瞬だけ映ったあの戦艦に因果関係があるか。
隕石群は周囲にないか。
もし攻撃されているならどうすれば可能か。
「ルナ! この重力下で俺たちの船に衝撃を与える攻撃ができるの?」
「光スラ流サレル地平面ノ中デハ、レーザー兵器モ役二立チマセン」
「だろうね!」
「デスガ、重力兵器デアレバ引力ヲ無視デキル可能性ガアリマス」
なにそれ! 聞きなれない単語に困惑する。
コルトたちが知る人口重力は、コロニーや大型戦艦などを遠心力で作り出すか、重力石を加工し電気を流しかない。その重力石も狭い範囲かつ磁力程度の引力しかないため、武器として使えず、ブラックホールのような激流の中では歯が立たない。
ユユリタ三世に話せば喉から手が出るほど欲しいだろうな。
コルトは目を瞑りスロウストの動きから相手を探る。
リバーシスの装甲からスロウストを辿り、先ほどの船の幻影を辿る。距離が遠くなるごとに集中力を有するため脳が疲労物質を送る。
不意にスロウストから不穏な動きが現れた。粒子を遮るように細長い無数のものが一定方向を向いている。
「ミィミィ――」
飛ぶ合図を待たずに、ミィミィは惑星コアのペンダントを握った。ペンダントから光が放たれ、リバーシスの船内を包む。
光が消えた途端、リバーシスのいた漆黒の虚空に、無数の小さな光の弾が通過した。
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