3
足場が不安定で脚部が曲がらないルナは、足裏についたマニュピレーターを伸ばし、同時にジェット噴射して高く上がる。重力が少ないからできる技だ。それでも瓦礫の山を前にすると、飛んで移動できないため、ルナを抱えて山を越えた。
半壊した長細い艦にたどりつくと、凹んだドアを無理やり引いて中に入った。
ルナはセンサーからライトを出して暗がりの船内を照らす。
首が動かないので、ローラーで左右を視認した後、ルナはその場で停止した。
「……メモリロード中。照合確認」
ピロピロと機械音を立てて、そっと瞬きをした。
しばらく黙り込むルナに、コルトはそっと尋ねた。
「何かわかる?」
「私ノ船二間違イアリマセン」
ルナはジージーと音をたてる。
「私ノメモリハ、事象ノ地平面二入ッタトコロマデ止マッテイマス。クルーハ、スパゲティ化ノ被害ヲ減ラスタメ、船内ノパーツヲデキルカギリ分解・部品化シマシタ。私モソノ一部デス。ソノ後、クルーハ戦艦ヲ放棄シタト考エラレマス」
賢明な人たちだとコルトは思う。生き残るのは無理だと悟り、せめて自分たちの痕跡をブラックホールに残したいと考えた。それが功を奏して、ルナのコアが残った。
ただし別の疑問が浮かんだ。
リバーシスはスパゲティ化を避けるため流体テレポーテーションを行った。結果は船体後部が損傷したものの無事だ。それを差し引いても、強い重力を感じなかった。
なのにルナの船は明らかに違う。ブラックホールに入る場所やタイミングで変わるのか。
「クルーの手がかりはある?」
「スパゲティ化ガ発生シタコトヲ考慮スレバ、生存率ハ0パーセント。遺体ガナイノハ、救助艇デ避難シタカモシレマセン。デスガ亡クナッテイルデショウ」
慰めの言葉が見つからない。
「一歩間違えれば、俺もブラックパレードの演者側だったのか」
「パレードデスカ?」
「あぁ、機会があれば教えるよ。それよりルナ、俺の船がほとんど壊れているんだ。情報がほしい」
「カシコマリマシタ」ルナはセンサーを向けて、コルトのてっぺんからつま先まで赤外線を発して情報をインプットする。
「前任者不在ヲ決定。セクションノ移行二ヨリ、只今カラコルト様ガマスター二ナリマス」
「その申し出はありがいけど、ルナから見て俺は異星人だよ。本当にいいの?」
「私ハ人間ノサポート用二作ラレテイマス。コノ地二イル人類ハコルト様以外二イマセン」
「わかった。それじゃあ質問、この場所がわかるのか」
「ハイ……。事象ノ地平面到達後モ重力二流サレ、今ナオ、ココガブラックホールノ中ナラバ、特異点ノ一ツダト考エラレマス」
コルトは腕を組んでうんと唸る。
特異点。すべてを引き寄せる重力がたどり着いた臨界点だ。
漆黒のブラックホールで光の壁が現れた時点で疑ったが、それが特異点か否かもわからない。そもそも特異点はブラックホールの中心にあるものだと考えていた。
転移の距離と、これまでの移動時間を考慮しても、ブラックホールの中心に来たとは考えにくい。だからこそ、ルナの言葉に引っかかった。
「一つとはどういう意味?」
「超巨大ブラックホールデアレバ、特異点ガ複数アッテモオカシクアリマセン。巨大ブラックホールノ特異点ハ多重構造。何層モノ特異点ヲ通過シタ先二、中心ガ待ッテイルト考エラレマス」
なるほど。話を聞く限り、ルナの惑星ではブラックホールの研究をしているのかもしれない。「その考えは面白いね。だけど、俺たちはブラックホールを調べにきたんじゃない。先に入った親を探しているんだ。生きていなくても、船や手掛かりを見つけたい」
「デハ、ソレヲ最優先事項二設定シマス」
「ありがとう」
「オ代ハラブデ結構デス」
何かのジョークだろうか。変なやつだな、そう呟いてリバーシスへ案内した。
「なにこれポンコツ―!」
戻ってくるなりミィミィが黄色い声ではしゃぎ始めた。
ルナはセンサーから色をチカチカ放ちながら、
「失礼デスヨ! 私ハ人ノ一〇〇〇倍ノ記憶容量ト思考速度ヲ持ッテイマス!」
「すごー、怒ってる。なんか可愛いね。あ、汚いから拭いてあげる」
ミィミィがバタバタと居住スペースへ消えていく。
ルナは困ったようにコルトに向いてビゴーと音をたてた。
「依頼主のミィミィ。俺と同じく両親を探しにきた。あれでも俺より年上なんだよ」
「あれでもっていうな。コンプレックスなんだぞ」
キャップ帽をくるりと反転させ、尖った耳をたてた。本人は怒っているが、表情は幼く可愛げがある。
「ナンナノデスカ! ソンナ汚イモノデ!」
「床拭いたタオルを水洗いしただけだよ。だって君、これより汚いじゃん」
「私ハ道具デハナイノデス。セメテ綺麗ナ――」
「はいはい、動かないでね」
黒ずんだ布で容赦なくボディを拭きはじめるミィミィ。新しい話し相手ができたのか、ニカニカ笑っている。
「ウゥ……死ンデシマイタイ」
じゃれあう二人を珍しそうに眺めながら、
「ミィミィはルナが考えていること読めないの?」
「そうだよ。機械は電気信号で依存しているからボクも理解できないんだ。電話なんかの音声通信も意思の疎通がとれないの。だからリリ星は使わないんだよ」
「お互いの考えが読めないと不安になるのかな? 電話がないって不便そうだけど」
「人なんて気分次第で善にも悪にも変わるもん。誰もが自分本位だから、他人の気持ちをわかったほうが楽だよ。だから電気機器を信用してないの」
ミィミィが無心でボディを磨かれている。
「じゃあ、読み取れない機械を相手にするのは恐い? リリ星でAIの進化が止まっているのも、そうした派閥があると聞いたけど」
コクリと頷くミィミィ。
「コルト様、星二着イタラオ伝下サイ。AIハ使役サレル運命、何モ問題ハナイト……」
「そうなの? ルナは感情があるようだし、反発しそうだけどなぁ」
「無機物デアル私タチ二厳密ナ死ハアリマセン。ダカラ従順ナノデス。デスガ、生命ハ寿命トイウ制約ガアルタメ二、自身ノ生キタ証ガ欲シイノデス」
人間じゃないものが人を語るのは面白い。
「ルナ自身は宇宙に歴史を刻みたいとか思わないわけ?」
「ハイ……。デスガ、死ヌノハ怖イデス」
死なないといっていた無機物が何をいっているんだか。
「ほら、ルナ。綺麗になったよ」
ミィミィが黒ずんだ布をセンサーの前に見せた。
「油モ差シテ下サイ。節々ガ硬イデス」
「やだよー、手が臭くなるもん」
「ヒドイ!!」
ルナは目をチカチカ光らせてその場でグルグル回った。きゃははとミィミィが笑った。
コルトも上機嫌になって歌おうとしたが、ミィミィから睨まれて黙り込んだ。
理不尽すぎる!
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