ようこそ死者の国へ

「さて、これからどうするかね?」

 クルーが一人抜けた操舵室でマウがぽつり漏らした。

 予定ではユユリタ一世が会いにくるという。だが、ゴーストの都合など生者のコルトたちには想像もつかない。

不意にブリッジの中央に黒い靄が集まり始めた。

『ごきげんよう、諸君』

 形をなして現れたのはユユリタ一世だ。

 ミィミィが唖然とし、マウがそっと頭を下げた。

『君たちのおかげで時の定めは軌道に乗った。安心していい、あのAIは無事に仕事をやりとげたよ』

 ほっと胸をなでおろす三人。正直、それが一番心配だった。

『あとは君たちの帰りだ。その術を教えるから案内しよう』

 数百年前に生きた人間と思えないほど、ユユリタ一世はチャーミングに片目を瞑った。

『まずはあの惑星に行ってくれ。それが君たちを宇宙に返す鍵だ。いや、未来への切符といったほうがいいのかな』

 ユユリタが差したのは、ホワイトホール近くに浮かぶ灰色の星。モニターで拡大すると、星から幽霊船が次々と飛び出していく。

 墓場が出発点か。ブラックホールはユーモアが過ぎるな。

『ようこそ死者の国へ。あれがブラックパレードの始まりだ』


 惑星シーズの歴史資料には、白黒カラーの映像が残っている。まだ電波出力が短調で音声も鈍い、化石のような映像だ。

 ユユリタ一世に案内された場所は、まさにその世界にいるようだった。

 ビルや民家が立ち並ぶ巨大な都市に、多くの船が降り立っている。老若男女、大勢の人間が行き来し街がにぎわっている。

 ただし、そのどれもが薄黒い靄でできていた。灰色の大地に立つコルトを、ゴーストたちが、コルトの存在がいないかのように通過していく。スロウストの気配がわかるコルトは、うごめく彼らが、川に流れる水のような、自然を目の当たりにする感覚だった。

「ほんとに死後の世界にきちゃったね」

 ミィミィは不思議そうに周囲を見回した。民家の軒先に植えられた花の前にしゃがむが、鼻をかいでも何もわからなかった。隣の婦人は同じように鼻を動かして笑っていた。

『もうすぐ目的に船が着く。見えたら出発の準備をしてくれ』

 ユユリタ一世が空を眺めながら告げる。

 頭上は船の発着場になっていて、駅のホームに、巨大な幽霊船がいくつも並び、止まっては出発している。

 ユユリタ一世いわく、この星はゴーストたちが遠出をするための改札口だという。ゴーストは、半年に一度、母星に戻って生者と賑わうのがルーティンで、その出発口がこの星にあたる。

『私は宇宙の意思により、迷子になるゴーストたちの案内人を任されているわけさ。ここは船が多いだろう? だから誘導しているんだ』

「彼らに俺たちは見えないんですか?」

『いいや。見えてはいるよ。ただ、私たちは物質に興味がないだけさ。君らを空から降ってきた石か、迷子の何かしか思ってないよ』

 すり抜ける人々をコルトは不思議におもう。

 それで互いに干渉しないわけか。

『お、あの蒼い船だ』ユユリタ一世が指をさすが、コルトたちは首をひねるだけだ。『はは、そうか。君たちには見えないのか。M87銀河行きの船は船首に魚のマークがついている。そして、マウくんの銀河行きの船首は剣だ。覚えておくといい』

 そうだったのか……。

 これまで精霊流しを何度も見てきたコルトだが、それらの違いに気づかなかった。

 ユユリタは何かの本を開き、ある部分に触れる。

『ダイヤでは一二時間ごとに来る。乗り過ごしても次の便を待てばいい。万が一、わからなくなったら、この星に戻れば私か別の係りが案内しよう。いまの君たちなら余裕だろう』

 コルトたちは互いに目配せして頷いた。長い旅路だったが、ブラックホールのエネルギーに触れて覚醒してきた。いまの自分たちなら、もう一度ブラックホールに入っても生きて帰れるだろう。

『幽霊船のいる範囲では、時のダイヤは正常に動いている。ゴーストが生前の生者に会えるよう、我々が規定の暦を設定しているのだ。デジタル計器にも表れるから、それではっきりするだろう』

 道中でルナが計器が戻ったと騒いだのはこれの影響か。まさか精霊流ブラックパレードが助かるヒントになっていたなんて。

『ただし、悪用してタイムパラドクスを起こすのは避けてくれ。こちらから変異点を探し出して君たちを抹殺しなければならないからな』

 圧を込めながら微笑むユユリタ一世に、コルトは苦笑した。

『では出航の準備を進めたまえ。私は君たちを見届けたら別の仕事を行う』

 そういうとユユリタ一世はどこかへ消えてしまった。

「曽じーちゃん、全部知ってる感じだったね」

「あぁ。ここに時間の概念はないのかもなぁ」

「宇宙の謎はつきない、か」

 三人はそれぞれ口にすると、搭乗口を開けたリバーシスに向かう。


 不意にコルトは特別なスロウストを察知した。その横方向を見たとき、背の低い耳が尖った長い髪の少女――いや、リリ人は幼く見えるから女性かもしれない――が、微笑んで手を振っていた。

 俺に気づいている?

 一体誰だろう、ミィミィの母親じゃないことは間違いないけど……。

「コルトー! 早く行こう!!」

 ミィミィがリバーシスの搭乗口で手招きをしている。わかったと伝えると地面を蹴って低重力の中を優雅に跳んだ。

 あのリリ人が誰かはわからない。だが、それでいい気がした。

 無事に宇宙へ帰れたら、いつか出会うはずなのだから。

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