3

 物理的に歯を食いしばった。

 細い平手が動いたのを一瞬見て取り、口を閉じたのがほぼ同時。

 ぶたれた頬は熱を帯びたように熱くなり、皮膚の内側がじんじんと痛みだす。

 揺らいだ視界に映ったのは、目を背けたくなるような光景。すすり泣いている若い女性、涙目で自分を睨みつけている恰幅のいい女、二人の小さな子供を屈んで抱いている婦人。

「ほんと最低ね!」

 正面の女性は、涙目になってじっと見つめてきた。

怒りより先に浮かんだのは、即興の歌だった。


私はー蟻ぃー、働き蟻ぃー♪

足がもげても、働くんだぁー♪ 働くんだぁー♪


 そうだよ、真面目にやったさ。

 望まれていないことでも、誰かがやらなければ遺体は放置されたまま。それじゃ幽霊ゴーストに救いはない。

「あんな本人かわからないものを見せて何になるっていうの! そんなに私たちからお金をぶんどりたいの!!」

「事実確認をしてもらいたいだけです」

 感情を殺して答えたが、婦人は血相立ててまくし立てる。

「ここにいる人はみんなお父さんがいないことを諦めていた。仕方ないとわかっていたわ。でも、こんな見せ方が正しいとおもっているの!? あなたは他人に家族の死を見せつけさえすればお金をもらえればいいの!」

「お気の毒かと存じます」

「少しは私たちの身にもなってよ!」

 ヒステリックに叫ぶ女性を前に、コルトは爪が食い込むほど拳を握る。


 ――父親が行方不明なのはあんたらだけじゃない。

 俺だって隙間時間に探した。マクスタント家の仕事場は、あの暗黒物質宙域しかないのだ。父の船があってもおかしくなかった。たとえひどい死体であろうと、本当に死んでいるのか確かめたかった。

 なぜ感謝されない。

 なぜ憎まれなくてはならない。

 この仕事は尊いものじゃないのか。誇りではなかったのか。

「遺体はDNAが合致次第、業者を呼んでお渡しします。その際、請求書にサインをください。危険ですので廃艦の中には入らないよう。それでは失礼します」

 棒読みになりながら、そそくさと後にする。

 突き刺すような視線を感じるが、関係なかった。

 沈痛な表情と罵声が頭に焼き付いて離れない。

 ――父さん、死んでいるなら姿を見せてよ。いまどこにいるか答えてくれよ。

 自分が何を信じたらいいかわからなくなった。

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