2
修理が滞っているリバーシスを、父の船コンティクスの上空で待機させる。ワイヤーを絡ませ、謎の人工物ごと釣りあげると、平らな場所に下ろした。
コルトはリバーシスをコンティクスの隣に着陸させた。
すぐさま搭乗口から入ろうとしたが電源が死んでいた。仕方なく高速カッターを持ってドアを切断していく。
ミィミィは帽子で視線を隠しながら作業が終わるのを見守る。
遅れて枝の上に降りたルナは、半壊したコンティクスと、無傷である謎の人工物を行き来しながら観察した。ルナの動きが気がかりだったが、いまはそれどころではない。
無数の火花を散らした後、外壁を綺麗に切りとった。
「これを」
中が見えたところでマウがコルトに懐中電灯を渡した。
「あの――」
「私たちはここに残るよ。これは二人の物語だ」
コルトは頷くとミィミィを呼び寄せる。
電源が落ちた暗闇の船を、一筋のライトを照らして踏み込む。
原型を保った通路を数歩進むと、すぐに気付いた。
異臭だ。
鼻の中をざわつかせる、強烈な腐臭がまとわりついている。
嫌な予感しかない。
死体のある船を何度も探索したコルトだが、腐臭の船を歩くことは多くない。仕事場である宇宙は絶対零度だ。腐った遺体と遭遇することは滅多になかった。
鼻を手で覆いながら、明かりを照らして進む。
見慣れた場所ばかりだ。
この奥に居住スペースがあり、ソファの上を飛び跳ねながら、お気に入りのVR番組を見ていたこと。ときおり母が料理をして、家族四人で食事をしたこと。
ささやかな記憶だが、異臭が幸福な思い出を濁していく。
置き去りにした過去がこの手に戻ってきて、悲しみが湧いてくる。
ブリッジに近づくにつれ、屋根は潰れ、足元は歪んでいく。
歪んだドアを無理やり引っ張り開けブリッジにたどり着いた。
「!」
最初に見つけたのは、黒く変色した床だった。何かの液体の後のようだが、時間が経過しすぎて乾いている。周囲に目を凝らすと、角ばった細いものが濃い緑色に変色し、それが壁のほうに伸びていた。
続けて明かりを照らす。
すぐさま黒く汚れたシャツとパンツが見つかり、それが腐った遺体だと理解した。
「く」
おもわず顔をそむけてしまう。
肉塊はほとんどなく、遺体は皮膚と骨だけになっている。
頸椎と右肩から先がなく、壁がめり込んでいる。船が衝突した衝撃で外壁がはがれ、身体の一部が吹っ飛んだのだろう。
皮膚や骨のサンプルを回収しなければ性別もわかりそうになかった。
結局、顔がわからなければその人物が死んだと認識しないというのか……。
視線をそらした拍子に懐中電灯が横に逸れる。
「お母さん!!」
ミィミィが光に向かって駆け出した。
その遺体は、皮膚と骨だけだが五体は守られていた。母親と認識できたのは、異様に膨らんだ裾と丈の衣服だった。遺体には巫女服と呼ばれる民族衣装を着ており、マクスタント家には、そうした伝統衣装がない。
「お母さん!!!!!」
ミィミィは腹部の上で泣き崩れた。
コルトは床に懐中電灯を置いて、突き出た天井を見上げた。
やはり父さんたちはブラックホールの中へ入り、ここまで来た。
でも、こんなところで死んで何になる。死者に誘われて誰にも知られず命を落とし、あまつさえ原型を維持できないまま放っておかれる。
いまだ見えぬ動機。潰えた生気。どうするんだよ、この先。
船に積んでいる遺体袋がいらないほど、体は脆くぼろぼろだ。
「コルト様、コルト様」
途方に暮れていると、外からルナが呼んでいた。
あいつ、感傷に浸る暇もくれないのか。
いや、そんな大層なものじゃないか……。死を見慣れた自分には、たとえ肉親でも特別な感情が湧いてこなかった。
なんて無駄なことをしたのだろう……。
虚しさだけが胸に広がっていく。
予備のライトを照らしながら父の船を出ると、前後に動いて慌てるルナがいた。
「どうしたの」
開いた口だが、喉はやけに重かった。
意外と、父さんの死を素直に受け入れてないのかもしれない。
「じつは気がかりなことがあってね、ルナに調査させていたんだ」
先に語るのはマウだ。
「コルト君が入ったこの船。わざわざ頭から落ちているだろう? これはおそらくエンジンが死んで推進力が足らず、不時着したと考えられる」
ゆっくり頷くコルト。
「だが、この時点で意識があれば、生存の可能性を考えて、船は水平を維持しながら地面に向かうはずだ。なのにこの船は諦めている。むしろ、船の上部に乗せた人工物を守るように落ちた。そうでなければ、左のウイングを枝にあてたりしない」
話を聞いていたコルトは、思わず視線をやった。船の上には、普段遺体回収のためにワイヤーに繋がれた謎の人工物がある。
「父はこの丸い物体のために命を投げ出したってことですか?」
「おそらくな」
なんて馬鹿な。自分の命より大事なものはないだろうに。
マクスタント家の教えでは、遺体のある船よりも、自己の命が最優先のはずだ。
「ルナにこの物体を接続し、何であるかを調べてもらったんだよ」
その当人は、コルトに向いてセンサーのカバーを何度も開け閉める。
「コルト様、単刀直入二申シ上ゲマス」
ルナはセンサーをじっと停止し奥のレンズを動かした。
「コレハ、未来カラ来タモノデス」
コルトの意識が飛びそうになった。
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