4
リバーシスの居住スペースに着いたコルトは、ソファに座って目を閉じていた。
『選ばなくてはならない』
流体テレポーテーションのときに聞いた、父さんの言葉が反芻する。
自分は遺体専門の運び屋だ。ミィミィの依頼を完遂するため、遺体の乗った父の船を運ばなければならない。あの探査機をブラックホールの出口に運んだところで、自分たちの利益はない(データを盗めば別だろうが)。
どうして父さんはあの探査機を運び、命を犠牲にしても守ったのか。
目を開けて、デスクの上にある小型端末を開いた。
プライベート用のファイルを開くと、一通の電子メールを開く。
『マクスタント家の生業は知ってのとおりだ。息子ながら奇異忌憚に思えるだろう。私が小さいときもそう感じたことだし、おそらく息子の子孫たちも同様に悟るときが来よう。
だが、そうやって我々の生業は続いてきた。ときに、不遇で煙たがられ矮小に感じることもあった。それでも継いできたのは、我々の芯が必要なことだと確信していた。
誰かがやらなければいけないのだ。
もし、私が
我々は意志を紡いでいく、これからも。そしてこの先も』
――マクスタント家は、誰かの想いをつねに乗せて運んでいた。
宇宙に散らばった悲しみ。僅かな希望。残された者の覚悟……。
決して喜ばれる仕事ではないが、遺体を乗せた船には誰かの想いがあった。
あの探査機も同じだ。
誰も入ったことのないブラックホールを、その謎を解明するために、大勢の人間の知恵と技術と想いが込められている。
どのような人種でどんな容姿でも同じだ。自分たちの文明だって、いつか無人探査機を送り込むだろう。たとえそれが帰ってこない結果でも、宇宙最大の謎を知るために挑戦するのだ。
――いまこの場で、彼らの想いを応えるのは俺たちしかいない。
ミィミィ……ごめん。
依頼主の仕事を反故にするのはプロ失格だ。先祖に合わせる顔がない。
それでも、父の願いを叶えたかった。
命を懸けたからこそ、それを紡ぐのもまた生き残った者の定めだ。
端末を閉じて、ソファから立ち上がる。
腹は決まった。あとはどう説得するか……。
ミィミィの憂いた顔を想像すると足取りは重い。
せめてとっておきのカップアイスでも持っていこうか。
外で立ち尽くす彼女のそばに近寄った。
コルトは声を発しようとしたが、
「納得してないから!」
気配を察したミィミィが先に声を発した。
「お母さんを連れてきてって依頼したのはボクだよ!」
「それは知ってる」
「ボクがいわなきゃ、コルトはここまで来れなかったんだよ!」
「それも知ってる」
踵を返すミィミィ。ふかぶかと帽子をかぶり、視線を隠しているが、かすかに見えたその瞳は赤く充血している。
「絶対に嫌! お母さんの遺体はリリ星の大地に埋めるの。
ほかの宇宙の探査機なんてどうでもいい! なんでわざわざボクたちが運ぶの? 関係ないじゃん! タイムワープを実証したかったら彼らが中に入って続ければいいじゃない!」
「それもわかってるんだ……」
コルトは頷くことしかできない。
ミィミィのいうことはすべて正論だ。顔の知らない宇宙人のためにタイムワープを証明したところで、自分たちの利は一つもない。栄誉にあずかることすらない。
「でもさ、ミィミィもパレードを見たでしょ? 父さんたちの魂はこのブラックホールのどこかにいるかもしれない。遺体は物質にすぎない」
「コルトは何もわかってない!」
唖然として、声を失う。
「コルトに会う前、ボクはお母さんとお別れをしたんだよ。ボクにはわかる。お母さんの魂もコルトのお父さんの魂も、このブラックホールには存在しない! 中で見えたのは、疲労による記憶と幻想でしかないの。もう一生会えないんだよ」
巫女にしかわからない感覚なのだろう。
「だから、遺体を埋葬したいわけか」
「そうだよ。骨と皮だけ持ち帰ったところで、魂を感じない抜け殻には、リリ星人は信用しない。シーズ人だって科学的情報を与えても、それを書き換えるなんて当たり前にできるじゃん。だから実際の船を持って帰るんでしょ」
コルトは静かに頷いた。
依頼人にひっぱたかれようと、罵声を浴びようとも、頑なに遺体現場をそのままもってくるのは、客観的事実を伝えたいからだ。その人がどのように死んだか、どのような想いで船に残ったか家族に知ってもらいたかった。
本人の身体だけでなく、遺品ごと持ち帰る。それがマクスタント家の使命だ。
「……コルトの考えは読めるよ」
ミィミィが冷めた口調で切り出す。
「探査機をブラックホールの外に送った後、戻って船を回収すればいいと思っているでしょ? でも現実的に無理だよ。あの重力を逆らって戻ることはできない。できたらお母さんがそうしてる」
コルトは悔しそうに口を噤んだ。
現状の科学ではブラックホールの逆走などできない。
妥協案だが、遺体袋に入れて船の奥にしまうこともできる。宇宙での運搬上、霊安室は設けていないが、過去に一度だけ狭い空き部屋を安置所にした。
――だが、父がいたら必ず否定する。遺品がある以上、死ぬ気で持ち帰るのが家訓だ。そんなついではいらないのだ。
「そうだよ。一番やらないで。死者への冒涜だから」
ミィミィが唇を尖らせる。
コルトははっきりと頷き、
「だからこそ俺は探査機を運びたい。名誉とか威厳のためじゃない。命を懸けて守った父さんの想いを紡ぎたいんだ。ミィミィのお母さんだって、すべてを分かった上で協力したはずだよ」
「それはお母さんの問題……ボクには関係ない」
「嘘だ!」
コルトには、ミィミィのような心の内を読む能力はない。だが、互いに尊敬する親の背中を見てきた。親の使命を子の自分たちが理解できないはずがない。
「ミィミィだってわかっているはずだ。父さんたちが成し遂げようとしたことの重大さを。個人の問題じゃない。この宇宙全体の謎が解かれようとしているんだ」
「それの何に意味があるの。ボクたちなんて宇宙から見たら微生物にすぎない。そんな小さな存在が解き明かしたって何もできない」
「百も承知だよ。でも、この事実を世界に伝えれば、百年後や千年後、いや一億年後に現れるすごい天才の役に立つ日がくるかもしれない。マウさんたちの戦争を終わらすことも、死にゆく惑星を助けることもできるかもしれないんだ」
ミィミィが無言で視線をそらした。
彼女の胸に響いていることが空気を察してわかる。
「ミィミィ、協力してほしい。君の力がないと父さんたちの想いを成し遂げられない」
ミィミィが力まかせに帽子を取ると、駆け出してコルトの胸に抱き着いた。
すすり泣く彼女にどうしていいかわからず、コルトはそっと頭に手を置いた。
「……ごめん。ほんとはわかってた。ボクのワガママだって。お母さんの気持ちもコルトのお父さんへの想いも気づいてた。心が納得していないだけ。……ほんとは、任務なんていいから、生きててほしかったって思ってるだけなの」
コルトも一緒に涙ぐむ。気持ちはミィミィと同じだった。
両親が生きていたらどれほど喜ばしいことか。その想いに縋る気持ちも痛いほどわかった。
「俺こそ、ごめん。反故にして……。先祖に向ける顔ない」
「ううん……。ボクはお母さんの死が知りたかったから」
しばらくミィミィは泣き続けた後、コルトの胸からそっと離れた。
瞼を腕で力強くこすって赤い眼でそっと微笑む。
「後はボクの問題。コルトはマウさんたちと話して。船のことや宇宙のこと。ボクはわかんないや、足手まといだからさ」
ミィミィはお気に入りの帽子を拾って被りなおすと、
「後悔なんてないよ。ここへ来るだけでもけっこう楽しかったんだから」
ミィミィは帽子を深くかぶってぴょんと、木の枝を飛んだ。独りになって気持ちを落ち着かせたいんだろう。
大人だな、とコルトは小さな背中を見ておもう。
自分の意思を曲げるのは酷なのことだ。まして親のこととなれば、喧嘩になろうとも譲れなくなるだろうに。
感傷に浸るうちに急に歌いたくなった。
喉を震わせようとした瞬間、ミィミィが必死の形相で駆け寄ってコルトの口を手で塞ぐ。
「んぐぐぐっ!」
「ボク、もってきてくれたアイス食べたいな!」
冷や汗を浮かべるミィミィにコルトは恨めしそうに見つめた。
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