第32話 結婚式当日

 結婚式当日。

 今日はエブリンが最も美しく輝く日。


 控え室でエブリンは大鏡の前でウエディングドレスをまとった自分の姿を見ていた。


 白いマーメイドラインのそれは彼女のボディラインをより艶美に映させ、まるで神話の女神のように一線を画した美しさへと昇華させた。


 長い髪は後ろで結って、唇には薄く紅を施す。

 周りの使用人はエブリンの姿に感嘆の息を漏らした。


 こんなにも美しい花嫁は見たことがないとエブリンを褒め称え、そんな彼女を妻にするレムダルトはなんと果報者だろうと、誰もが羨んだ。


 そんな中、皇帝は式が始まるのをいまかいまかと待っている。

 皇帝の出で立ちは代々伝わる特別な鎧だ。


 黄金に輝く装飾豊かな大鎧に身を包み、自らの権威を示すと同時に、これからの帝国の繁栄を祝う意味で周囲を輝かせる。


「ふふふ、ついにレムダルトも所帯を持つ。兄として皇帝としてこれほどまで喜ばしいことはない。……おい、レムダルトとエブリンの準備はまだか?」


「すでに整ってございますが、開始まではまだ時間がございます」


「うぅむ、折角の日だ。余の命令で早めることで水をさしたくはないな」


「皇帝陛下、重鎮の方々がお着きになられたようでございます。是非お会いになってご挨拶をひとつ」


「うむ、わかった」


 今日は誰もが喜びに満ち溢れる日。

 皇帝や臣下は勿論、王都の民たちも婚礼を祝い、お祭り騒ぎであった。


 その地下で、血みどろの狼煙が上げられる時間が刻一刻と迫っていることも知らずに。


 

 それを証拠に、大聖堂でグリファス神父がある場所へと歩きだしていた。


 あらかじめ準備をしておいた地下礼拝堂。

 そこに呼び出したるは聖女ユナリアス。


 謹慎処分を受けていた彼女を呼び出すのは実に容易い。

 ユナリアスは完全にグリファス神父を信頼していた。


 言われるがまま、彼女は先んじて地下礼拝堂に赴く。

 きっとなにかいい知恵を貸してくれるのだと。


 この期の及んでまだ諦めていない彼女の精神構造に、グリファス神父も呆れ返っていた。


 ────だがそれも終わる。

 聖女ユナリアスの実力や弱点は、ここまで仕えたことで把握すみであった。


(では、始めようか。聖女ユナリアス。地獄に堕ちて、そこで好きなだけ聖女を名乗るがいい。お前に救いを求める者がいるかは別だがな)



 そして、同じ大聖堂でも動きがあった。

 ロザンナの夫とエインセルはこんな日にも、密室でふたりで逢い引きを行っていた。


 お互い衣服を乱れさせ、抱き合い、唇と肉体を重ね会う。

 役職のある人間なら、各自が負うべき責任でまっとうすべき仕事があり、かなりの緊張感が圧し掛かるはずなのだが、逆にそれをスリルに変えて、快楽に耽(ふけ)っていた。


 この堕落しきった淫蕩(いんとう)なる現実を離れた場所から睨み付ける女性がひとり。


 ────ロザンナである。

 あの聖母のような優しげな表情はなく、鬼のような表情で左親指の爪をガリガリと噛み砕いていた。


「アナタァ……アナタぁぁぁぁああぁぁあ……」


 許さない、許さない、許さない。

 そう呪詛を強く噛み砕くように呟きながら、アルマンドの発明品に手を伸ばす。


 アルマンドがロザンナのために作った復讐の武具であるのだが、最初見たときはその異様な外観に度肝を抜かしたものだが、今となっては頼もしい限りの能力を秘めている。


「どうしてなの……私は、アナタを愛していたのに……アナタは、私を愛していないの? ……そんなにあんな腐れた女がいいっていうの? 許さない、裏切り、裏切り、裏切りぃぃぃいいいッ!!」


 ロザンナ、そしてグリファス神父はアルマンドが渡してくれた武具を手に取り、復讐へと乗り出した。




「……そろそろあのふたりが復讐に乗り出す頃ね」


「エブリン様? なにかおっしゃいましたか?」


「いいえなにも。すみません。しばらくひとりにしていただけませんか?」


「かしこまりました」


 使用人たちを引かせたあと、エブリンは窓のほうまで移動して大聖堂のほうを見る。


「結婚式か。素敵なシチュエーションだけど、これで終わりなのよね」


 そう呟いたとき、唐突に背後から気配を感じた。

 馴染みのある生意気な感覚のするそれはまさしく彼女のものだ。


「アルマンド、そろそろあのふたりが復讐を始めるわ」


「そうだな。あのふたりなら問題はないだろうが……。その後だな」


「えぇ、わかってる……。ドゴールのほうはどう? 」


「もうすぐラーズム率いる軍と戦うはずだ。発明はいらないって言ってたが、どうなることやら……」


「勝率は?」


「ドゴールのほうが僅差で強いな。お前さんに負けたのがよっぽど悔しかったらしいぜ? ずっと戦い続けて、強くなっていったんだ。もっとも、勝っても無事じゃ済まないだろうがな」


「そう……」


 エブリンは短く答える。

 外を眺めるその目はわずかに潤んでいた。


 できうるならばすぐにでも彼らの手助けをしたい。

 そして叶うのならば、生かしてそのまま幸せに過ごしてもらいたい。


 しかしそれは叶わない願いだった。

 今回の復讐には破滅が付きまとう。


 エブリンの復讐は、ロザンナとグリファス神父の復讐が終わってからになる。


 結婚式という神聖な場を穢した不届き者の出現。

 ラーズム老が魔王に討ち取られるという惨劇。


 そして、花嫁がまさかの帝国に牙を向ける破壊者であったこと。


 三重にして精神的なショックを与えるこのシナリオ。

 当初エブリンは反対したが、グリファス神父たち3人はこの案でいこうと聞かなかった。


 彼らは自らの命をそのまま復讐に賭けるつもりでいたのだ。


 復讐を成したあと、どうなってしまうのか……。

 きっと無事では済まない。


 であるからこそ、負けるわけにはいかない。

 復讐に乗り出す全員が、その意志を宿していた。


 命を賭して進み行く彼ら彼女らに、魔女(アルマンド)は微笑みと愉悦を以て祝福を。


「ねぇアルマンド」


「なんだ?」


「お願いがあるの」


「お、お前さんからお願いたぁ珍しいな。言ってみろ」


「あの3人のことよ」


「死なねぇようにしろっていうんだったら却下。自分の代わりに手伝えってのも却下だ」


「そうじゃないわ」


「……うん?」


 エブリンは自らの望みを告げる。

 その内容はアルマンドも意外そうな顔をするものだった。


「……できんことはないが、それでいいのか?」


「お願いよ。私は自分の復讐成就と同じくらいに、あの人たちの幸せを望んでいるから」


「幸せ、ねぇ。まぁいいけどさ。……お前さんにしちゃあ随分と不器用なやり方だな」


「うっさいわね。で、どうなの?」


「……全員の復讐が終わったら、早々にやってやるさ」


 それは仲間に向けたエブリンの慈悲。

 自らの命を捧げて復讐を成してもその後に平和と安寧の中で笑えなければ意味がないと、あの3人にほんの少しばかり逆らってみた。


(ごめんなさい。神父様、ロザンナ、ドゴール……私、ちょっとだけ約束を破っちゃうかも)

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