第11話 エブリンの慢心、怒りの大翼

 隠し通路の先にあるのは広い空間。

 壁に備えられてある僅かな蝋燭には火が灯り、薄暗闇に柔らかな光をもたらしていた。


 そこにはいくつものテーブルや椅子が並んでおり、上には書類が所々散乱していた。

 奥には扉があり、不用心にも開いている。


 内部は図書館ほどではないものの、なんらかの資料などが薄っすらと垣間見れた。

 部屋の端には木箱や麻袋が山積みになっているところもあり、この空間に建てられている石柱の周りにもまた道具らしいものが立てかけてある。


「……さっそくビンゴ。ゴミ屋敷みたいになってるけど、ちょっと調べてみようかな」


 テーブルの上の書類や資料に目を向ける。

 他の隠れ家がある場所を示した地図や、王都の貴族達を襲撃するために編んだ途中の計画書までもがあった。


 エブリンは柄にもなく鼻歌交じりに資料を調べ始める。

 あと少しすれば部下たちも入ってくるだろうと、エブリンはそれまでゆっくりとすることにした。


 慢心ここに極まれり。

 復讐と仕事との両立で精神が板挟みのような状態になっていたので、久々の戦闘である今回の仕事はリフレッシュには最適だった。

 

「これとこれと……ふぅん、随分無茶な計画立ててるわねぇ」


 そうして机の上の資料に目を通し次の資料に手を伸ばしかけた直後だった。


「うぉおおッ!!」


 突如、野太い声が響き、殺意を以て振り上げられる剣を持った男が現れた。

 どうやらこの場所に潜んでエブリンが来たことで、積み重なっていた木箱の裏に隠れていたらしい。

 敵がひとりなのをいいことに、ここを漁られる前に殺そうと現れたのだ。


「きゃあッ!? こ、このぉお!」


 振り下ろされた棍棒を躱し、テーブルや椅子をこかして動きを鈍らせる。

 その間に距離を空け、魔力を練った。


 大事な資料などもあるので、大それた術は使えない。

 だが一撃でこの男を沈めるか、若しくは殺す必要がある。


「フーッ! フーッ! イカれた帝国の下僕めッ! 殺されてたまるかってんだッ!」


 男は鼻息荒くエブリンを睨みつける。

 反乱軍の人間にしては、この男の身体は妙に鍛え上げられていた。


 そして、剣の振り方や構え方からして素人ではない。

 恐らくは情報にあった元帝国軍兵士だろう。


「帝国を裏切って反乱軍の仲間入りだなんて……。随分と無謀なことをされましたね。反乱軍程度の戦力では勝てないとわかっているでしょうに」


「黙れッ! お前みたいな小娘になにが分かる!? 帝国の掲げる正義はクソだッ。戦争で領地が増えても、得をするのはいつだって限られた人間だ。俺達下っ端や民達にはなんの恩恵もない。土地が豊かになっても、俺達みたいな人間は職種がどうだろうと、奴隷みたいな生活しか出来ない! こんな不都合なことがあるかッ!!?」


 男は自らの思いを吐露する。

 彼の瞳には怨念と復讐の念がメラメラと燃え上がっていた。


 帝国への憎しみの念を抱くのはエブリンもまた同じ。

 彼女はこのときに、"同志"という考え方を手に入れる。


(帝国を、皇帝を私ひとりで落とすのは現状厳しい。……こういう怨念に駆られた奴を仲間に引き入れた方が効率があがるかもしれない)


 エブリンは早速交渉に入ろうと、猫撫で声で男を諭し始める。

 男は魔力を練るのをやめろと言ってきたので、そうしようかと少し力を抜いた直後だった。


「────え? がぁッ! あ゛ァ」


 突如後ろから何者かにチョークスリーパーを決められる。

 首が締まって呼吸がうまく出来ない。


 その反動で彼女はまだ不十分だった魔力が解き放たれる。

 ただの魔力弾が掌から飛び出し、前方の男の持つ剣に当たって粉々に砕けた。


「へへへ……ひとりだけだと思ったのは大間違いだったなお嬢ちゃん? んん!?」


「ぅぐ……ッ、ぁ……ッ!!」


 完全に油断したエブリンの落ち度だった。

 襲い掛かって来た男ひとりがここに居るものだと勘違いし、背後の警戒を怠るばかりか、命の取り合いの最中、別のことを考えたりするなどの余裕を見せたばかりに、もうひとりの存在に気付かず、こうして締め上げられてしまったのだ。


 前方の男と同様エブリンを締めているのも元帝国軍兵士。

 丸太のような腕に無数の切り傷、そしてエブリンの背中に伝わる筋肉質な身体と汗臭さ。


「痛ぁ……くそ、やってくれるぜ……ッ!」


「おい、腕大丈夫か? ……よし、大丈夫そうだな。それよりこの嬢ちゃんどうする? コイツ人質にとってなんか出来ねぇかな?」


「人質か……確かに使い道は色々あるな。だがその前に」


 エブリンに剣を弾かれた腕の痛みは大したことはなかったようで、すぐに元気よく振り回して見せる。

 そして身動きの出来ない彼女に歩み寄るや、彼女の乳房すぐ下の部位に渾身の一撃たる拳をめり込ませた。


「あがぁッ!? ……は、ぁあぅ……ッ!」


 鈍い音が響き、エブリンの身体が揺れる。

 呼吸の出来ない状況で、肺の中から空気を絞り出される感覚と、内臓奥まで響く衝撃。

 舌を突き出すように大口を開き、苦痛と驚愕に満ちた表情に顔が歪んだ。


「今まで俺達が帝国から受けた苦痛をたっぷりと味わってもらわないとなぁ? ……安心しろよ魔術師ちゃん。その綺麗な顔面をグチャグチャにするまで死なせはしねぇよ。それまでたっぷりと……なぁッ!!」


「う゛ぁ゛あ゛ッ!?」


「ヒュー、いいねぇ。おい、俺にも変われよ?」


 今度はエブリンの臍上の部位に拳がめり込む。

 胃に凄まじい衝撃を受けたことで、濁った悲鳴が絞り出た。


 エブリンは急激な吐き気を覚えるもぐっと歯を食いしばり堪える。

 大粒の涙が目から零れ落ち、口角から涎が艶やかに顎下へと伝った。

 先ほどよりさらに苦悶な表情に変わり、最早最初の余裕さは見る影もない。


 この状態では魔力を上手く練ることは出来ない。

 得意の炎魔術であれば、一瞬のような速さで魔力を練ることで発動出来るほどに極めてはいるが、こんなにも速いペースで打撃が入っては思うようにいかないことは明白だった。


 気道はなんとか確保するも、嫌な汗がずっと噴き出ている。

 朝からずっと開けたままの胸元は、じっとりとした汗の湿り気で蒸れていった。


 痛みと熱が体中を駆け巡り、頭を余計にクラクラとさせる。

 これ以上深いのを入れられれば、いかにエブリンと言えども意識を保ってはいられない。


「さぁもう一発ッ!!」


 男が拳を振り上げた直後、突如として眩い光に視界を阻まれる。

 それはエブリンの放つ破壊の輝きを持つ三対六枚の翼。


 彼女にはこれがあった。

 魔術は使えずとも、魔女からの叡智であるこの力はいつでも行使できたのだ。


 本来は復讐のために使用するモノで、雑魚を相手に使うものではない。

 それはエブリンのプライドが許さなかったのだが、そうも言っていられない状況に追い込まれたのでやむを得ず使用した。


「ぐぎゃああああッ! 腕が、腕がぁあああッ!!」


 エブリンをずっと捕えていた男の断末魔と血飛沫。

 翼が生えたことにより、両腕は勿論、身体の至る所を抉られたのだ。


 それでも彼は生きている、否、生かされていた。

 憎悪と憤怒に顔を歪める少女によって。


「な、なんだ……その術は? ……こ、こんな力をどこで」


「よくも、よくも私にこの力を使わせたわねッ。復讐以外で……、とんだ屈辱よ。動けなくされてお腹を何度も殴られるよりずっと悔しいわッ!!」


 殴打された腹部をさすりながら、そのまま宙に浮く。

 これぞ裁きと言わんばかりに輝きを放ち、ふたりの男を見下ろした。


「怒りに燃える天使は、悪魔より凶悪よ? 私と同じ時代に生きていたことを後悔させてやるわ。そして、この私にむやみやたらと触れたこともね」


 成長しより美しくなったエブリンは、より冷徹な人間へと変化していた。

 ここから彼等を絶望の淵へと叩きこむ。


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