第20話 エブリン危機一髪!

 エブリンの意識が徐々に覚醒する。

 それに伴い動こうとするが、両腕が頭上で吊るされているようで、身動きがとれない状態だった。

 だがそれ以上に不審な点があった。


(なん、だろう。身体が……スースー、……する)


 足を動かしてみる。

 タイトスカートを履いているせいで足の可動域が狭まく動きづらい。

 そして足にも枷のようなものが取りつけてある。


 薄い明かりが点いているので、視界をはっきりとさせ、エブリンは自身の身体を見てみる。

 驚愕により彼女の瞳は大きく見開かれ、意識が完全に鮮明になった。


 魅惑の谷間に赤い布地が最初に目に移る。

 エブリンの上半身は裸も同然だった。


 バラの柄に上品に刺繍されたワインレッドの下着が16歳にしてはあまりにも豊満で艶美な胸を整えているのみで、上半身の肌が完全に露出状態になっていたのだ。


「ひゃああッ!?」


 次に感じたのは寒気とともにくる屈辱感。

 衣服を剥がされ動けなくされるというだけでも、人間はとてつもないダメージを受ける。


 なにより腕の自由が利かないため、自分の身を防御することも叶わない。

 胸や腹を隠すことができずに、ずっと晒されたまま。

 

 ここがどこかはわからないが、漂う冷たい空気がエブリンの身体にまとわりついていく。

 時間の経過とともに、身体が少し熱くなっていくを感じた。

 

 体温を維持するために身体の熱をこれ以上放出させまいと調整が働いている。

 この状態がある内になんとかして脱け出そうとしたが、どうやら簡単にはいかないらしい。


 腕や脚に使われている枷には魔力封じの術式が施してあり、得意の魔術は使えないでいた。

 力づくで破壊しようともしたが、それも無駄に終わる。


「無駄だよエブリン。そんなことをしても枷は壊せないし、この場所からも出られない」


 声が響いてきた。

 前方の扉が開き、男が入ってくる。

 目を細めてよく見てみると、全身の毛が泡立った。


 グレゴリーだ。

 光のない瞳でエブリンを見ながらいやらしい笑みを浮かべて、彼女のほうへと歩いてくる。


 エブリンの無様な姿を舐め回すように見ながら、時折身体を捩じらせていた。

 明らかな性的興奮が見て取れる。

 特に胸への視線は顕著なもので、まるで実際に触られているかのような錯覚を覚え悪寒を感じた。


 エブリンは歯を食いしばりながら睨みつけ、グレゴリーがこれ以上来ないように威嚇する。

 だがそれが余計にグレゴリーを刺激させてしまったらしい。


「エブリン。君が悪いんだ。君がボクの気持ちを踏みにじったから……。あぁ助けを求めても無駄だよ? ここはボクが作ったアジト。帝国の端っこにあった廃村を利用して地下室を作ったんだ」


「やってくれるわね。でも、一方的に私に関わってきたのはそっちでしょう? 別にアナタのことなんて好きでもない。なのにアナタはそれを無視して自分の気持ちを押しつけようとして……」


「酷いじゃないか。ボクたちは運命の赤い糸で結ばれた恋仲だろう?」


「はぁ? なにを言って……────」

 

 そう言いかけたとき、エブリンの身体にあの影の手が絡みついた。

 それも無数に現れ、嫌な感触をエブリンに与えていく。

 あのときのように、またしても無防備な胸にその掌を食い込ませてきた。


「キャッ! ────く……この……ヤロウッッ! こ、こんなことをしてタダで済むと思ってるの!?」


「フフフ、今の声と顔、可愛かったよ? ねえエブリン。ボクは本当に君のことが好きなんだ。できればこんなところに閉じ込めてこんな風にいじめるなんてやりたくないんだ。そうだろ? だから、ボクを否定しないでくれ。ボクのものになってくれ。秘書なんてならないで、ボクとずぅぅっと一緒に……」


「ヒトの話聞く気ゼロか……。もういいわ。アンタをギタギタにしてやる」


「アッハッハッハッ! 魔術も使えないのにどうやって? 君はもう永遠にボクのものなんだよエブリン!」


「見てなさいよクソ野郎……」


「まったく……。あ、そうだ。そんなことよりさぁエブリン。将来のことを話そうよ。いや、今のことかな?」


 そう言うやエブリンに身体を密着させながら、耳元でこう呟く。


「────子供は何人欲しい?」


「……え、……は?」


 さすがのエブリンもこれには血の気が引いた。

 グレゴリーは本気だ。


 エブリンも復讐の最中にこのような事態になるとは思いもよらなかっただろう。

 このときばかりは、アルマンドの忠告を聞かなかったことを後悔した。


 だがそれに囚われている時間はない。

 一刻も早くこの拘束を外さなくては。

 実はすでにその準備はできているのだが、如何せん中々に枷が頑丈なため時間がかかっている。


 グレゴリーが次の行動を起こそうとしたそのとき。


「ハァイ、調子いい? ……────んなワケねぇわな」


 グレゴリーの背後から突然聞こえてきた女性の声。

 そこにいたのは、宮廷道化師にしてエブリンの協力者。


 報復と慟哭を司る魔女アルマンドの姿だった。


「な、お前は宮廷道化師の!? なぜ、ここがわかった……ッ! いや、なぜお前がここにいる!?」


 情欲の熱が一気に冷めたグレゴリーは身構える。

 魔術による隠ぺいやカモフラージュは完璧だった。

 

 大胆でありながらもその用意周到さだけなら、エブリンに勝るとも劣らないグレゴリーだったが、まさか自身の術が宮廷道化師に看破されるなど夢にも思わなかっただろう。

 そのせいで彼の動揺は計り知れない。


「ちょっとアルマンド! 来るならさっさと来なさいよ! こちとらコイツのセクハラ攻撃に必死に耐えてたんだから!」


「オレは謝らんぞ? 忠告を聞かなかったお前が悪いし、なにより自分でなんとかするって言ってたじゃねぇか。……────できとらへんやんけオイ」


「う、う、う、……うるさいわね。これからなんとかするのよ!」


「しかしまぁ……お前が半裸で拘束されてる姿か。うん、中々にいい。エロい。いやぁ~眼福眼福、ありがたやありがたや……」


「拝むなぁッ!!」


 このふたりの会話についていけないグレゴリーはさらに動揺する。

 

(なんだ? このふたりは知り合い同士なのか? いや、それよりずっと親しい関係のような)


 エブリンとアルマンドの関係は気になったが、固まっている場合ではないとグレゴリーは闇魔術を行使する。

 影の手を無数に召喚し、相手を闇の奥底へ引きずり込む術。


「ここを見られたからには生かしては帰さないッ!」


「あほくさ」


 勝負は一瞬だった。

 アルマンドはその場に立ったままで溜め息をひとつ。


 直後に術式が崩壊。

 影の手は一瞬にして霧散してしまった。

 

 なにが起きたのか、なにをされたのかわからず、ただ茫然とするグレゴリー。

 アルマンドは呆れ顔でグレゴリーを貶す。


「オレの溜め息に負ける闇魔術とか恥ずかしくないの? と言っても、人間と魔女を比べるだけ無駄か」


「な、なんだお前……ボクの魔術が一瞬で……人間? 魔女? なんだ、なにを言っているんだ!?」


「オレは人間にも魔術師にも該当しない。いや、該当しなくなったって言ったほうがいいかな?」


 宮廷道化師として働いているときのようなおどけた態度はなく、どこか神々しい雰囲気を醸し出しながら話し出すアルマンドに、グレゴリーは目を奪われる。


「オレの名はアルマンド。報復と慟哭を司る魔女だ。……テメェみてぇな自慢げに魔術書めくった程度で深淵を覗き込んだと思い込んでる野郎とは格と次元が違うってことだ。……しかし残念だったなグレゴリー。タイミングが悪すぎた。今のお前は、オレの"一番の楽しみ"を邪魔する存在でしかない」


 そう言ってアルマンドはグレゴリーの背後を指差す。

 振り向く前に硬い音がした。


 エブリンが両腕と足の拘束を解いていた。

 ありえない現実に、グレゴリーは目を見開きながら嫌な汗を噴き出し、エブリンを凝視する。


「おう、時間稼ぎはしてやったぜ」


「ありがとアルマンド。さて私の服は……あ、あった」


 エブリンは畳んであった自分の制服を上から羽織る。

 ボタンを閉めるのは、グレゴリーを懲らしめてからだ。


「なぜ、なぜなんだエブリン……。魔力を使った形跡は見られない。魔力封じは完璧だった。なのに、なぜ……!?」


「アンタには関係ない」


 エブリンが使ったのは自身に宿っていた破壊粒子だ。

 それを流し込み、枷を壊していた。


 気味の悪い手品を見たような顔で、グレゴリーは恐怖のあまり一歩下がる。

 アルマンドも恐ろしいが、今目の前にいるエブリンも同じくらい恐ろしい。


 グレゴリーは後悔する。

 自分はとんでもない相手に目をつけてしまったのではないかと。


 逃げ場はなかった。

 闇魔術を一瞬にして無力化させてしまう魔女と、その魔女と関わりのある憧れの少女。


 グレゴリーの本能が警鐘を鳴らす。

 ここから逃げなければ、死よりも恐ろしいことが待っていると。


「ねぇグレゴリー?」


 エブリンが微笑みながら歩み寄ってくる。

 碧眼の輝きにおびただしい殺気が宿っているのが分かった。


 まるで濁流のように空間を包み、グレゴリーのあらゆる感覚を溺れさせていく。

 息が苦しく、身体が震えて身動きが取れない。


 グレゴリーにはもうエブリンに対する情欲の念はない。

 あるのは絶望からの救いを求める本能だけだ。


「た、助け……」


「フフフ、ダーメ。だって今までずっと私の目の前で存在してることを許してあげてたじゃない。アナタは一線を越えちゃったのよ。おわかり?」


「ひ、ひぃいいッ!」


「おい、エブリン。楽しむのはいいが時間をかけんようにな。明日は秘書としての仕事で早起きせにゃなあらんだろう?」


「うん、わかってる。夜更かしはお肌に良くないし。……だから久々にあれ使っちゃおうかと思って」


 幼少時代いじめっ子に対して使った異次元空間と現実を繋ぐ魔術。

 それを使用すれば現実時間における短い間でも、異次元では長時間として流れる。


「じゃあ、デートに行きましょうかグレゴリー。よかったじゃない。念願の夢がようやく叶ったわね」


「や、やめてくれ! ボクが、ボクが悪かった! だから許してくれッ! うわ、うわぁあああああああッ!!」


 ふと、アルマンドが瞬きをする。

 その直後にはふたりはいなくなっていた。


 エブリンに異次元空間へと引きずり込まれ、グレゴリーは罰を受けることになる。


「────……理想への思いは一時の狂った恋のようなもの。たいてい片思いで終わるものなのさ。理想とはまさに、身を滅ぼす大失恋にして呪いの権化なりけりっと」


 叶うはずのない理想を、信じれば叶うと錯覚し、狂気に走り続けたグレゴリー。

 今、その理想(エブリン)によって高い代償を払うことになった。


 人は誰しも"理想の人"を愛する。

 だが、その人が自分を愛してくれるケースは極めて稀なのだ。


 魔女アルマンドは理想への愛を嘲笑いながら踵を返し、去っていく。

 朝が来れば、エブリンはまたいつもの日常へと戻るのだ。


(さて、一件落着。ここからまたさらに忙しくなるぞエブリン。まぁお互い頑張ろうや) 

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