第37話 vs.Last Boss:皇帝
上空を、果ては宮殿の壁や地面スレスレを高速で飛翔する両人。
空中機動力に関してはエブリンが上手ではあるが……。
(さすがは地上最強って言われているだけはある。魔術だけじゃなく体術もケタ違い。距離を取ろうにもすぐに追いつかれる)
「いつまで逃げ回っているつもりだ!」
「フンッ!!」
エブリンの炎が皇帝の行く手を遮る。
地面から噴火し天へと昇る無数の極太の火柱。
あらゆるものを塵にするその威力は皇帝も知っていたため、スピードをゆるめてかいくぐろうと動いた。
だがその先にエブリンがいないことに気づく。
「なにッ────」
皇帝から見て左方向。
火柱から飛び出てきたエブリンは、そのまま炎をまとってタックルをかます。
「ぐぅう!!」
咄嗟の機転によりエブリンは皇帝を今にも崩れそうな建物へと激突させることに成功。
「やったかな?」
その言葉の直後に瓦礫の山となった建物から飛び出てくる皇帝。
「んなわけないか」
「おのれ……逃がすか!」
勢いのわりにはあまりダメージを受けている様子は見られない。
炎の渦を巻き起こしつつ次のギミックへ。
魔力防壁を張って動けなくした皇帝に、いくつもの破壊粒子砲を放射する。
一本分でも大地を消し炭にするには十分過ぎるほどの威力。
そのすべてが魔力障壁を突き破り、皇帝に直撃した。
轟音とともに遠くの山脈に叩きつけられる。
その様を見て、グッと拳を握るエブリンだったがすぐに表情が強張った。
「もう、しつこいッ!」
とてつもない爆煙が昇った直後に、また皇帝がこちらに飛んでくる。
破壊粒子砲をくらったことで痛みは感じているものの、その程度だ。
しかしそれはあまりにも不自然。
いかに地上最強と言えども、あの破壊粒子砲をくらってああも無事なわけがないのだ。
皇帝のまとっているあの強大な魔力がそれを可能にしているのだと思うのだが、エブリンには皆目見当がつかなかった。
戦いながら皇帝の動きや魔力の動きを観察する。
「少しはできるようだが、余には及ばぬ!!」
(あれだけの魔力量……やっぱりありえない。それどころか、どんどん増えていってる。使ってくる魔術の威力だって、もう私の炎じゃ抑え込めない。……考えるの、考えるのよ。必ずタネがある)
ふと、エブリンは視線を上に向け、その異変に気づいた。
空の色が幾色にも変化し続け、ところどころに開く空間の隙間から宇宙が見える。
キラキラと輝く星々。
普段見るそれとはまた妖しげな雰囲気をそれぞれが宿していた。
「……アナタのその力、星の力?」
「ほう、気付いたか」
「星辰の魔力。宇宙から魔力を供給してたってわけね」
いくらやっても相手は魔力切れを起こさないわけだ。
宇宙そのものが皇帝にすべてを捧げていると言っても過言ではない。
「これが余の力だ。余を倒したくば、まずは宇宙に散りばめられた星々すべてを滅ぼしてからにするべきであったな。貴様もまた余と同じ側の人間。しかし並ぶことはないのだ。決してな」
「星かぁ……さすがにそれは骨が折れるわね」
「ひざまずけ。ひざまずき、命乞いをし、レムダルトを手に掛けたことを泣いて詫びろ。さすれば多少苦しむ程度に殺してやる」
「お断り」
「まだ言うか……」
皇帝の額に青筋が走る。
星辰の力が、皇帝をさらなる高みへと導いていった。
皇帝の戦闘能力はあまりにも想定外だ。
強いとはわかってはいたが、エブリンのそれをはるかに上回る。
エブリンは呼吸を整えながら、次の一手を浮かべた。
それは切り札であり、彼女の覚悟の証。
それしかもう浮かばない。
これ以上攻撃を続けても、天と地ほどの限界差があるためエブリンが圧倒的に不利。
長引かせても勝てないのなら、
「全力で行くわ皇帝。言っておくけど、これが発動しても文句は言わないことね」
「ふん、ハッタリを抜かすなよ。貴様がいかなる手段を用いようとも、余に勝つことなどありえぬのだ!」
同時に肉薄。
すれ違いざまに空間を揺るがすほどの衝撃波が地平線の向こう側まで伸びる。
「……フッ」
目を伏せながら笑うは皇帝。
対するエブリンは目を見開いた状態で、三日月のように仰け反らせる。
脱力した肉体がほんの一瞬空中で止まり、落下していった。
「他愛もない……しょせんは余の敵ではなかったか」
────ピキ、ピキ……。
「誰ひとりとして、余の強さについてくること叶わず。天使すべてが滅んだとしても、余ひとりいればまた帝国を再興できる。……レムダルト、貴様とともにその覇道を歩みたかったが」
────ピキピキピキ、パキ、ポキ。
先ほどから聞こえる奇妙な音。
卵からヒナが孵(かえ)るようなニュアンスのそれは徐々に大きくなっていき、不快感より不吉な感じを生み出す。
一体なにごとかと思った矢先、皇帝でさえもその光景に冷や汗をかいた。
周囲の時間が止まっている。
燃え盛る炎も今まさに崩れようとする建物も、すべてが凍り付いたように動かない。
「なんだ、どうしたことだ……? これは一体。────はっ!?」
背後を振り返る。
操り人形のように脱力したエブリンがそこにいた。
落下したはずの彼女は虚ろな瞳で皇帝を見ている。
────バキバキバキバキバキッ!
音の正体はエブリンだ。
赤熱したようなひび割れのラインが身体中に現れ、そこからなにかが出てこようとしている。
思わず息を飲む皇帝。
これまでに感じたことのない恐怖が皇帝をいすくませていた。
────ビキ、ビキ、バァァァァアアアアン!!
そこから現れたのは目を見張るほどに美しく、そして恐ろしい姿をしたエブリンだった。
同時に世界がガラスのように砕け、広大な異次元空間が広がり始める。
「なんだ……これは一体!?」
皇帝の力を以てしても摩訶不思議で解析不能の現象。
ただ力なくエブリンの姿を仰ぎ見るしかなかった。
爪先から髪色、肌に至るまですべてが白銀のシルエット。
神秘的な白銀衣服は肉体と一体化しているようで、どこまでが肉で服なのかは不明。
古い寓話に出てくる妖精たちの女王が真っ先に浮かんだ。
恐ろしい魔力を持った猛威の象徴。
「生と死が両立するには『世界』という基本概念が必要になる。最強も最弱も、賢者も愚者もすべては世界という土台があってこそのもの」
「なにが言いたいエブリン」
「教えてあげましょう。今のアナタはなにも持たない裸の王様。さぁ、私が導いてあげます。永遠の屈辱に、ね」
微笑みにも似たエブリンの剥き出しの歯。
皇帝にとって、真の恐怖の時間が始まろうとしていた。
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