第36話 ドゴールの墓標

「ぬぅぅぅうううん!!」


 第一天使『光裁のラーズム』と魔術と魔王の大剣がぶつかり合う。

 無数に浮く光の刃がカッターのように飛び交い、それをかいくぐりながら接近した。


「愚かなる下賎の分際でッ! この儂の前に立つかぁああ!!」


 ラーズムは宙に飛び上り巨大な光の剣をいくつも作り出し、一気に矢のように飛ばす。

 その神威には覚えがあった。


 エブリンと初めての会合。

 その際の戦闘で見た至高の威力を秘める炎。


 それと同格と言えるほどの技をラーズムは持っている。

 

(エブリン、あのときから凄かったんだな……さすがだ。感謝するよ。お前のお陰で、俺は今も逃げずに立ち向かえるッ!)


 振りかぶる大剣の冴えはかつての自分をしのぐ。

 重鈍な鎧では考えられないほどの身のこなし。


 光の大剣を血濡れた大剣で真っ二つにしていった。

 その光景に怖気を走らせるラーズム。


 まったくダメージを受けていない魔王。

 フルフェイスの隙間の奥から憎しみと皮肉を込めた声を漏らす。


「おうラーズムよう。俺を覚えているか?」


「なに? 貴様など知らん。人々に魔王を呼ばれ浮かれている貴様など!」


「そうかい。じゃあ、この顔を見てもそう言えるか?」


 魔王はフルフェイスを脱ぎ捨てる。

 鬼のような形相で笑う男。


 ラーズムの記憶の中に、確かな面影を感じさせるひとりの人物が浮かび上がった。

 

「お前は……」


「俺はお前が運営してた施設で、散々な目にあった。そんなことが自分の管轄であっちゃいけないってよぉ。俺のことを隠蔽し、ズタボロの状態で捨てやがった。忘れもしねぇ。憎しみでグラグラ煮え滾ってたんだ!」


「死にぞこないめが。我が人生の恥よ。貴様のようなガキが我が施設に入ったことは儂にとっての汚点。我が聖なる光で平穏を取り戻す!」


「ぬかせ。たっぷりと後悔させてやる!」


 地面が隆起するほどの踏み込みからの魔王の跳躍。

 第一天使の称号を持つラーズムですら反応できない速度。


 最早ラグなしに肉薄してくる魔王の姿は、光をも吸い込む闇。

 ラーズムにとって、魔王の戦闘能力は驚異的かつ天敵とも言える。


 それに魔王の力は体術のみではない。


 闇。

 光と相反する漆黒の属性。


 まとう鎧がさらにドス黒く、ところどころに赤熱したようなラインが走る。

 エブリンと真っ向から戦ったときにもこれを披露した。


 だがその日から、ずっと戦い続け、己を磨き続き続けたのだ。

 

「ラァァァズムゥゥゥウウウウ!!」


「ぬぅぅぅうううう!!」


 光の大剣が焦熱の闇にかき消されていく。

 ほんの数秒の空中戦であったが、あまりにも密な闘気のぶつかり合いに、敵味方問わず呆然となっていった。


「どぉおおおりゃああああ!!」


 魔王の大剣にも漆黒とラインが走る。

 同時に身体のあらゆる場所から噴血が。


 だが魔王は止まることなく、ラーズムを地面へと叩き落とした。

 

「ぐぁあああああああ!!」


 信じられないというような表情で自らのダメージを痛感しながらも受け身を取るラーズムの眼前に、魔王は舞い降りる。


「ぐ、ぬぉお……まさか、ありえぬ……この儂が」


「どうだジジイ。ここまでずっと復讐の牙を研ぎ続けた若造の力はよう?」


「ふん、馬鹿め。たとえ儂が死のうとも……皇帝陛下が必ず貴様を……」


「お前は馬鹿か? これまで俺が上手く立ち回れた理由がまだわからねぇのか?」


「なに? ……ま、まさか!」


「そうさ。リークしてた奴がいる。驚きの奴だぜ? そいつ、すんごい出世して、今式を挙げてるらしいぜ?」


「……なん、だと。まさか、エブリン……」


「残念だったなぁ。テメェはここで死ぬ。大好きな皇帝も助けられずにな」


「おのれ、おのれ、おのれぇぇぇえええ!!」


 すべてを飲み込む光のオーラを醸し出すラーズムのそれは、まさしく絵画における戦神のよう。

 先ほどまでとは違う雰囲気に、魔王は大剣を握る手を強める。


「やっぱ力を隠し持ってたか。いいねぇ、そうでなくっちゃよぉ。折角の獲物が雑魚じゃ歯ごたえがねぇからな」


「もう許さん……貴様もエブリンも、生かしては返さん!! よくも栄光ある我が帝国に刃を向けてくれたなぁああああ!!」


「自業自得だろ。時間が経ってテメェらのやってきたことが巡り巡ってかえってきたんだ。……終わりにしよう。お互いにな」


「ぬかせぇぇぇえええ!!」


 召喚するのは光の槍。

 穂先と刃がぶつかり合うと、周囲に光と闇の波動をまき散らした。


 先ほどまでとは違いラーズムが魔王をおしている。

 忠誠心と国賊への怒りが、彼にさらなるパワーを与えていた。


 あれはラーズムが積み上げてきた栄光でもある。

 その功績の輝きが、今のラーズムの希望であった。


 しかし、今魔王と言う闇、そしてエブリンという毒蛾が帝国を潰そうとしている。

 そう思うと体中に力が満ち満ちてくるのだ。


 だが魔王も負けてはいない。

 負けるわけにはいかないのだ。


「一緒に地獄へ行こうぜ!!」


 全身を闇が包み込む。

 光すら逃さない憎悪の象徴。


 血塗られた大剣は龍のような唸りを上げて、闇の属性を帯びる。

 魔導炉の限界を超え、ただそこにいるだけで空間を歪ませるほどの力場を生み出した。


「こ、これは……ッ!」


「くらいやがれこのクソッタレがぁぁぁぁあああああああああああああ!!」


 大上段から振り下ろした大剣は槍を叩き割り、ラーズムの頭蓋に衝突する。

 驚愕と恐怖で歪ませながら絶叫するラーズムと狂喜しながら刃をめり込ませていく魔王(ドゴール)。


「フハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


 なにもかもを巻き込んで、半径数キロメートルに渡って暗黒空間が広がっていく。

 帝国の兵も反乱軍の声も聴こえない。


 ただドゴールの笑い声だけが、自らの復讐を成しえた証拠として天へと響いていく。

 

 おさまったときには巨大なクレーターができあがっていた。

 暗黒の力場によってごっそりと削り取られた大地に、空中から魔王の大剣が落ちてくる。


 そよ風の中で刀身の刺さる音が虚しく響いた。

 彼の相棒であり、生きた証────。




 

 すべての復讐が成った。

 それを感じ取ったエブリンは背後の凶悪な気配に視線をやる。


 殺気だった皇帝が現れたのだ。


「どうも皇帝陛下。来ていただけて光栄の至り」


「……エブリン、なにゆえ貴様がここにいる?」


「なぜって。呼び出したのが私だからですよ。アナタの部屋の布地、見ましたよね?」


「レムダルトはどうした? なぜ貴様は……花嫁たる貴様はレムダルトと一緒ではないッ!」


 エブリンは代わりに人差し指で首を切るようなジェスチャーをしてみせる。

 無論軽い挑発のつもりだったが思いのほか効いた。


「貴様の目的はなんだ? 我が異母弟に近付いただけでなく、余までたぶらかし、あまつさえ宮殿を焼くなどッ!」


「わかりませんか。まぁわからないでしょうね。ただひたすら人間を使い潰してきたアナタには」


「なに?」


「かつて起こった施設の爆発。覚えておいでですか? あれ、やったの私です」


 驚愕の事実と言わんばかりに目を見開く皇帝にエブリンは鼻で笑いながら続ける。


「かつて私はいじめられっ子でした。ズタボロにされて捨てられたあと、姿形を変えて舞い戻って来たんです。私を痛めつけた施設や、この帝国に復讐するためにね」


「……貴様、ただそれだけのことで余の怒りをかおうというのか。蛮勇にもほどがあるな」


「それだけのこと……。傲岸不遜なのも考え物ですね。いいでしょう。屈服させ甲斐があります」


 次の瞬間、エブリンの背中から破壊の輝きを持つ三対六枚の翼が顕現する。

 純白のそれは美しい残虐性を皇帝に神威として伝えながら、二.三度はばたいた。


「アナタとやる以上、私も本気で戦います」


「来い。貴様には死よりも恐ろしい後悔を与えてくれるッ!!」


 ついにこのときがきた。

 すべての元凶にして地上最強の魔術師。


 異次元の強さを持つふたりの死闘が繰り広げられようとしていた。

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