第27話 皇帝とレムダルトの密会
エブリンたちがヴェニターナと交戦しているとは露知らず、分身のエブリンと戯れていたレムダルトは、決心を起こしたように立ち上がり、皇帝のもとへと向かう。
皇帝はエブリンに負けず劣らずの美女たちを侍らせ、至福の時間を味わっていたが、異母弟のレムダルトが来たとわかるや、人払いをかけた。
ベッドに寝そべるように座ったまま、片膝をついて首を垂れるレムダルトを見下ろす。
「皇帝陛下、本日もお日柄も良く……」
「えぇい堅苦しい。なんのために人払いをかけたと思うておる。ここには余とお前のふたりだけだぞ」
「も、申し訳ありません。異母兄上(あにうえ)」
「うむ、それでよい。まったく、昔からお前は……」
「あ、異母兄上! 今日はアナタの愚痴を聞きに来たのではありません!」
「……ほう、言うではないか。よし、聞いてやろう。余程のことがあってのことなのだろうな?」
「はい。このレムダルト、一世一代の決心ですッ!」
レムダルトは早速エブリンとのことを話す。
拳を握り熱く語る彼の言葉と所作を一寸たりとも見逃そうともせぬよう、皇帝はただじっと聞いていた。
だが、その口元は確かに緩んでいる。
皇帝にとってレムダルトは大事な家族であると同時に、有能な臣下であった。
その存在が、なんと自らの秘書を伴侶に持つというのだから。
「ようやくお前にもそういう浮いた話が出てきたな。いや、前からそう言った話は耳にはしていたが、ここまでの発展は余も些かながら驚いている。色事に関して興味を持っていないのかと一時期は心配もしたが、これならば良い」
「ま、まさか、お許しに?」
「許すもなにも、余は初めから承服しておる。エブリンという魔術師のことは奴が下位師だったころから聞いていた。あの美しさにあの才覚。実際余の妾に欲しいと思ったほどだが……あ奴がお前の秘書になると決まったとき、余は潔く手を引っ込めた。なぜかわかるか?」
「い、いえ」
「あの女はずっとお前にアプローチをかけていたからな。それでも余がお前からエブリンを奪わなんだのは、偏(ひとえ)にお前の人生に華を持たせてやろうという身内心があってのことだ」
「異母兄上……」
「余の臣下である以上、余と国を守るのが務め。しかし、その大事たる伴侶を守ることもまた夫であるお前の務めだ。お前にもようやくそのときが来たのだ。……で、どこまでやった?」
皇帝が目を輝かせながら身を乗り出す。
レムダルトは皇帝がなにを問うているのかはわからなかったが、なにか嫌な予感を感じた。
「たわけ! 婚姻の約束まで至ったのだ。エブリンとはどこまで進んだのだと言うておる!」
「す、進んだ!? いや、俺は、その……」
「まさか、接吻のひとつも寝所をともにすることもまだなにもしておらぬのではなかろうな?」
「あの……キスは、1回だけ。寝所と言っても、その……そ、そういう深い意味合いのところまでは……アハハ」
「あ~……、あ~~……ッ! なんというヘタレよ。貴様異母兄弟とはいえ、仮にも地上最強の魔術師たる皇帝の弟であるぞ! 王族の血を引く若い男がなんてザマだ!」
「そ、そこまでですか……?」
「当たり前だ! まったく、ここまで初心とは思わなんだ。これでは先が思いやられるな。いいか? 伴侶を持つ以上、お前はエブリンだけでなく、その間に生まれるであろう子も守らねばならぬ。そしてその子が大人になれば、また伴侶との間に生まれた子を守る。こうして一族というものはできていくのだ」
「そ、その通りではありますけど」
「まぁよい。婚姻については認めてやる。あのエブリンであればお前に相応しい。……しかしだな」
皇帝にはひとつ気がかりな点があった。
エブリンは天使になりたがっているということだ。
エブリンの事情もレムダルトから聞いており、この願いそのものに関しては特に問題はないのだが、なにやら違和感を感じた。
しかしその違和感の正体が掴めない。
「エブリンとやら、天使になりたいらしいな。しかしだ、天使は代々5人編成と決まっている。あの女は欠員を待っているのか?」
「いえ、それでしたら天使になってから結婚だなんて考えません。そこでです異母兄上。無茶を承知で申し上げます。どうか、彼女を第六天使として昇格させることは叶いませんか!?」
「第六天使だと? 即ち、余の権限で新しい天使の座を作れと申すか? お前の婚姻のために」
「はい。現に彼女の実力はたとえ天使になっても恥じないレベルのもの。ですから……」
「待てい、皆まで言うな。なるほどなるほど。フフフ、普段のお前からは考えられんほどに我儘な要望だな。まさか今日一日で何度もお前の変わった姿を見ることになろうとは」
「も、申し訳ございません! 出過ぎた真似を……」
「良い、許す。ではエブリンを第六天使に……」
そう言いかけた直後、ドアをノックする音が響く。
折角の気分に水を差されたように不機嫌そうな顔をしながら、皇帝は入るよう命じた。
その者は第一天使にしてレムダルトの教育係を請け負ったラーズム老であった。
「失礼いたします皇帝陛下。緊急の知らせにございます」
「ラーズム老か。なんだ、申せ」
「はっ、かの樹海に派遣した我が軍が、魔王の手によって全滅したとのことにございます」
「なにぃい!?」
皇帝はベッドから立ち上がる。
この報告にレムダルトも驚きを隠せなかった。
かの地は樹怨のヴェニターナの管轄地にして支配領域(ホームグラウンド)だ。
兵力においても地理的に見ても圧倒的な優位性を持っているにも関わらず、全滅という報告はまるで悪夢のようにさえ感じた。
「樹怨のヴェニターナは樹海にて討ち死に。焼け死んだ者は勿論ですが、不可解な死を遂げている者が多数でございました」
「不可解な死だと?」
「はい、死体のほとんどが、まるで恐ろしいものでも見たかのように顔をこわばらせておりました。同士討ちや自傷行為の痕もございましたゆえ、魔王がなにかよからぬ術でそうしたのではないかと」
「えぇい魔王め! 帝国最強の精鋭たる天使をこうも簡単に……ッ!」
皇帝の額に青筋が走り、握りしめた拳からは血が滲んでいる。
そんなとき、この場には不釣り合いな招かれざる者がひょっこりと現れた。
「やーれやれ、めでたい報告のあとにこんな惨事たぁ。踏んだり蹴ったりだな皇帝陛下」
女宮廷道化師のアルマンドが、天井から真っ逆さまに落っこちるように参上した。
くるりと身を返して、片膝をつくように上手く着地すると、白い歯を覗かせながら面々を見る。
「へい! スーパーヒーロー着地ッ! どうだい皆? オレの芸も中々だろう? ずっとやってみたかったんだこれ」
「アルマンド、この愚か者め。国の大事になった同時に颯爽と現れ茶々を入れるのが貴様だ」
「おうよその通りよくわかってるね。残念だったねぇ、片方は最高の美少女と結婚するってのに、もう片方は死神と結婚しちまったんだから。いっそのこと式をふたつ挙げるか? オレ頑張っちゃうよん」
「皇帝陛下、結婚とは?」
「ラーズム老。お前にはあとで話す。皆を招集させよ。よいな?」
「仰せのままに」
そう言ってラーズム老は去っていった。
レムダルトは突然の報告に心配そうな表情をする。
婚姻の話を持って来たその日に、同僚が死ぬなど不吉以外にあり得ない。
顔色を悪くするレムダルトの肩に手を置きながら皇帝は彼を案じた。
「心配するな。だが、婚姻の件は少し先延ばしにはなるかもしれん。お前も行け」
「は、ハハッ!」
レムダルトが駆け出した後、皇帝は召替えを行うため、別室へと赴くのだが、アルマンドが今日に限ってしつこいくらいについてくる。
「ハッハッハー、怒ってる怒ってる。そりゃそうだもんなぁ。大事なブラザーのめでたい報告のあとに魔王にしてやられたり! そもそも魔王にしてやられなかったことがあったかどうかすら疑問だっけどもよ」
「フン、今だけだ。いざとなれば余が直々に葬ってくれる」
「おうおう、それが一番良い。殴って蹴ってふん縛り! ……あとのことはどうなろうが知ったこっちゃない。魔王も天使もオレもアンタも帝国もすべては混沌の上で踊るハチドリさ! 蜜を吸ってから毒だとわかってももう遅い。オレたちは今地獄の旅の一里塚にさしかかってございますっけどもねん」
「ふん、お前の未来を見通しているかのような大袈裟な言いぶりなぞ、最早呆れすら感じぬわ」
「へーん、そうけー。と、女道化師アルマンドちゃんは呟くのであった。ほんじゃま、会議頑張ってねぇん? あ、オレが滅茶苦茶に指揮取ってやってもいいけど?」
皇帝は呆れたように肩を竦めながら、彼女に見向きもせず召替えのための部屋へと入った。
城内は第五天使の死によって緊張した空気が漂い、誰もが額に嫌な汗を浮かべている。
出立を整えながら、皇帝は歯軋りをした。
鏡の向こう側に映る揺らめく蝋燭の火を恨めし気に睨む。
風前の灯火などという言葉が浮かんだ自分に腹を立てた。
ようやく晴れた知らせを聞いたというのに、それ掻き消すが如く、帝国内外で荒れ狂う北風のような悪報が舞い込んでくる。
カマエル帝国の士気はこの日を境に、これまでにないくらいに落ちていった。
「さぁて、作戦が成功したところで、オレはまた別の発明品でも作るか」
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