第26話 vs.第五天使『樹怨のヴェニターナ』

「この樹怨のヴェニターナの術が、こんな奴らに負けるはずがないんだぁあああ!!」


 木を操り龍のようにうねらせる。

 毒霧を立ち込めさせたり、直接物理攻撃に応用させたりするが、エブリンの炎の前にはまるで無力だった。


 燃えてなくなる木々の合間を縫って、斧を振りかざしながら駆け抜けるグリファス。

 今の劣勢状態とその見た目も相俟って、ヴェニターナは一種の恐怖を感じる。


 振り下ろしてくる斧を躱し、両手で彼の腕を抑えるようにもみくちゃになりながらもヴェニターナは抵抗するが、グリファスはその隙を上手くつき、左手の鋭い爪を彼女の脇に突き刺した。


「ぎゃああああああッ!!」


 突き刺した爪から、ドロリとした液体を流し込んだ。

 猛毒を持つ蛇がそうするように、その毒で獲物の動きを封じ込める。


 ヴェニターナは脇腹を抑えて、地面にのたうち回った。

 激しい頭痛に眩暈、吐き気、全身の脱力感。


 おまけに幻覚や幻聴まで。

 マスクが完全に役に立たなくなってしまった。


「今お前が見ているものがなにかわかるか? 貴様が今まで貶めてきた者たちの怒りと悲しみだ。貴様らの勝手な手柄のために散っていった命たちだ」


「いぎッ! ぎ……、だ、だま、レ。黙れぇえ……他人を、蹴落として、なにが悪いッ!」


「あら、じゃあ私がアナタを蹴落としても大丈夫ね」


「え?」


 エブリンが魔力を込めて地面を踏み抜くと、亀裂とともに炎が吹き上がった。

 その勢いで地面が崩落し大きな穴が開き、巨大寺院を巻き込みながらヴェニターナと兵士たちが絶叫とともに落下していく。


 大体15mほどで、そこで何人か生き残った。 

 だがヴェニターナは。


「あ゛ぁ゛あ゛ッ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ!!」


 右足が曲がってはいけない方向に惨たらしく曲がっていた。

 これでは歩行はままならない。

 それでも身体を引き摺るようにして穴から出ようとする。


 一早くここから出て、奴らに復讐をと思ったのだが、脱出経路はこの穴を登るほかなかった。

 勢いよく上を見上げ、見下ろすグリファスとエブリンを睨みつける

 

「ぐぞぉ、ぐぞぉおおおッ!」


「あらあら、レディがそんな汚い言葉使ってはダメよ?」


「黙れこの、アバズレがぁあああッ!! うぐ、ぐ、あ゛」


 先ほどの症状に加え、落下の際のダメージが深刻だった。

 ヴェニターナは周囲を探し上へ上がるための手段を探す。


 大怪我の影響は勿論、グリファスの技によって魔力を上手くコントロールできないため、今までのように大掛かりなものはできない。

 

 そこで見つけたのは中央にポツンとあった小さな花だ。

 崩落の際の瓦礫が奇跡的に当たらず、傷ひとつなくその場で咲いていた。


 早速術を用いて花を変化させる。

 細長いツタのようになっていき、遥か上にある大木の枝にきつく絡みついた。

 

 ヴェニターナはそれをロープでそうするように登っていく。

 激痛と症状に歯を食いしばる必死の形相で力強く掴まっていた。


「さて、ここまでは君の作戦通りだったかエブリン。ここからどうする。奴が登ってくるぞ? また戦うのか」


「いいえ、その必要はないわ。本当なら私がやれば手っ取り早いんだけど、これはアナタの復讐。アナタにやらせてあげるわ」


 エブリンは早速手順を教える。

 グリファスは納得したように頷き行動にかかった。


 グリファスは穴の周りを歩きながらガンドレッドに付いているスイッチを操作し、穴に向かって液体を満遍なくふりかけていく。

 ヴェニターナは怪訝そうに視線を送ったがすぐにどうするかを理解した。


「グリファス神父、火、いるでしょ」


「これに灯してくれ」


「これって聖本でしょ? いいの?」


「かまわない。これは私の覚悟の表れなのだから」


 エブリンは彼が左手に持つ聖本に火を点ける。

 グリファスはそのままページを開き、まるでそのまま読み上げるようにして彼自身の祈りを捧げた。


「辺獄の聖者たちよ、どうか私に神の教えではない叡智を授け、それを使いこなす勇気を与え給え」


 グリファスが穴に放った燃え盛る聖本。

 バラバラとページがめくれ、明るく宙を揺らめきながら、彼の呪われた意志とともに落下した。


 地面に着いた直後、バックドラフトかなにかを起こしたかのような小爆発が起こり穴全体に炎が燃え広がる。

 うずくまっていた兵士たちが炎に飲まれ断末魔とともに焼かれていった。


「うわ……うわわ……ッ!」


 ヴェニターナは下の惨状を目の当たりにし、急いで上へと昇ろうと必死にあがく。

 もう少しで地上に出れそうなとき、枝が折れかけ一瞬ツタが大きく揺れながら下へと落ちそうになった。


「な、なに!? なんだってのよ!」


 確認のため下を見ると、なんと火をまとった兵士や大怪我をした錯乱状態の兵士がツタを登ってきていた。


 それもかなりの数だ。

 魔力が不足しているこのツタではこれ以上はもたない。


「ひぃい、ヴェニターナ様ぁ!」


「ヴェニターナ様ぁ! お助けくださいぃぃいい!!」


「こ、このゲスカスども! 登るな、降りろ! これは私のものだ!!」


 そうこうしている間にミシミシと軋みを立てる。

 ヴェニターナは怯えながらも登ろうとするも、普段身体を鍛えている兵士たちの速さは尋常ではなく、瞬く間に彼女のもとまで辿り着いた。


「ヴェニターナ様ぁ、ヴェニターナ様ぁ……」


「くそ、早く登れ! 焼かれるぞ!」


「焼かれる前に枝が折れる! どけ、どけぇ!!」


「うぁあああ、死ぬ、死、死ッ! ヒヒヒヒヒヒッ!」


 兵士たちの伸びる腕はツタだけでなく、ヴェニターナの身体にまで及んだ。


「や、やめろ放せ! んッ……わ、わ、やめろぉお! 貴様ら降りろ! 貴様らみたいな下賤な連中が私を差し置いて救われる道理なんざねぇんだよぉお!!」


 大声で喚きたてるが、それは兵士たちの呻き声と下で燃え盛る炎の揺らめく音で掻き消える。

 そして、運命のときがきた。


 枝がもう持たず、再度落ちそうになった。


「ひ、ひぃいいい! た、頼む。許せ、許して、許してください! グリファス神父! 神父様ぁ! 私は、私は罪を告白しましゅうう! 罪をちゅぐないますぅうう! だから、だから……ッ!」


 無様な表情で助けを乞うヴェニターナ。

 第五天使としての威厳も誇りもなく、ただ死と炎を恐れる女へと堕落した。


 その姿を安全地帯から見るグリファスとエブリン。

 エブリンはその姿を見て大笑いしていた。


「アハハハハハハ! まぁ見てグリファス神父! 第五天使と名高いお方が命乞いをされていますわ! 結局大物ぶっていても、いざとなればちっぽけなゴミね」


「フフフ、そういうなエブリン女史。懺悔を聞くのが神父の役目だ。……さぁ言ってみたまえ。罪を告白するのだヴェニターナ第五天使よ」


 毅然とした態度でグリファスはマスク越しから問いかける。

 ヴェニターナは兵士たちを押しのけながら、自分だけでも早く助かろうと必死に告白した。


「わ、わ、わ、私はッ! 自分が偉くなりたいからッ! 妹も偉くなって凄いって思われたいからッ! いっぱい他人を蹴落としました! アナタの妹君は殺すつもりはなかった。でも妹が殺してしまったからそれを隠蔽しましたぁああ!」


 そのあとも次々と口を滑らせていくヴェニターナ。

 大体聞いたところで、グリファスはストップをかける。


「ありがとう、もういい」


「じゃ、じゃあ……」


「じゃあ……なんだね?」


「え?」


「すまない。罪の告白や懺悔を聞くのは確かに仕事だが……聞くだけだ。手を出すのは仕事じゃないんだ」


「そんな嘘だ話が違……ッ!」


「違わない。すべてはお前の決断だ。お前の決断が、お前を裁いたのだ。神ではなく、お前自身が。私はそれを見届ける義務がある」


 直後、すでに限界だった枝が重さに耐え切れずバキリと折れた。

 ツタを握りしめたままヴェニターナも兵士たちも燃え盛る穴の中へと落ちていく。


 地獄の業火に焼かれる面々から天に向かって放たれる絶叫と呪詛。

 グリファスはその辺にあった石に座り、考えるように座る。


「まずはスタート、と言ったところかしらグリファス神父?」


「そうだな。私にとっても、君にとっても」


「炎って綺麗ね……私好きなの」


「地獄はもしかしたら、これほどまでに光輝く場所なのかもしれないな」


「憎しみの炎よ。皆はこの炎を恐ろしくて醜いと言うけれど……」


「憎しみから生まれた正義は、この世で最も明るい光を放つということか。人間とはまさにその光に惑わされ飛び回る羽虫。……やがては、墜ちる」


「私たちならもっと綺麗に力強く飛び回れるわ。私とアルマンドと一緒に行動してれば大丈夫よ」


「いいだろう」


 ふたりはしばらく並んで地下の炎を見ていた。

 樹怨のヴェニターナは兵士たちとともに灰となって天へと舞い上がる。





「さて、そろそろクライマックスが近づいてきたか。オレもたっぷりと楽しませてもらおう」

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