第25話 樹海の寺院での待ち伏せ

 ある日の宮殿にて、第五天使は妹である聖女ユナリアスと優雅な午後のティータイムを楽しんでいた。

 

「ヴェニターナお姉様。私、もう我慢できません! レムダルト様のことを考えると、胸が苦しくて苦しくて……」


「わかっていますよ。しかし、聖女が婚姻をするともなれば、教皇様や皇帝陛下の許可がいります。……私がキチンと手配しますので、なにもせず、待っていなさい」


「さすがはお姉様……」


「可愛い妹の頼みですもの。第四天使のレムダルト殿は誠実な人柄の殿方。アナタにぴったりの相手であることに間違いないわ」


 通称『樹怨のヴェニターナ』と言われるこの第五天使は、木や毒を操る魔術に長けた女性魔術師だ。

 ユナリアスの毒の扱いは、姉であるヴェニターナの影響もあるだろう。


 妹がまた衝動に任せて暗躍しないよう釘を刺したあと、ヴェニターナは皇帝直々の命令を果たすために、任務へ向かった。


 天使にはそれぞれ管轄となる統括領域があるのだが、ヴェニターナが管理する領域に、なんと魔王が現れたというのだ。

 不穏な気配を感じ取ったので、ヴェニターナはすぐさま軍を率いて、その場所へと向かう。



 ────樹海内にある廃れた巨大寺院。

 

 遥か昔に存在した賢者たちの居場所だったのだが、今となってはシンと静まり返る木々と薄闇の中で、ずっと眠っている。

 

 ヴェニターナはここを世界に残すべき偉大なる遺産として管理していたのだが、憎き魔王がそこにいるとわかると、当然のように憤慨した。

 

 軍が整う間、妹と話しながらもどのようにいたぶってやろうかと考え、今意気揚々と足を踏み入れる。

 勝つイメージしか頭になかった。


 ここは木々生い茂る支配領域(ホームグラウンド)であり、属性でいえばヴェニターナは確実な優位性(アドバンテージ)がある。


(ふん、確かに何者かの気配がするな。この私からは逃げられないわよ)


 巨大寺院を囲むようにして陣形を取る。

 その様子を確かめるように寺院のてっぺんには、魔王が大剣を背負って佇んでいた。


「おのれ魔王! そこは偉大なる賢者たちの叡智の歴史が眠る場所。穢れた貴様が足を踏み入れていい場所じゃない!」


「ふん、言ってくれるな第五天使。だが生憎、俺の出番はここまでだ」


「な、なに?」


「お前を殺すのは俺ではないということだ。俺はただの使いっぱしり。お前を殺すのは……別にいる」


「────撃て!!」


 魔術部隊と弓部隊の連携攻撃が魔王に襲い掛かる。

 それをひょいと躱しながら、魔王は背を向けて奥へと逃げて行った。


「追え! 逃がすな!」


「天使様! 周囲から異常な煙が……ッ!」


「なにぃ!?」


 突如広い範囲に現れるモスグリーン色の煙が、軍団ごと寺院を包み込んでいく。

 最初はただ息苦しそうにむせ込む兵士たちだったが、それは絶叫へと変わり、ついにはパニックまで引き起こしていった。


「なんだ、どうした!?」


「一部の兵士たちが、まるで発狂したように暴れまわっております。見えないなにかに追われながらも戦うような……」


「く、皆、この緑の煙を吸うんじゃない! 恐らく幻覚作用を含んだものだ! 布でも手でもなんでもいい、鼻を塞げ!」


「だ、ダメですぅ! 鼻を塞いでも口から……いや、隙間からすぐに鼻に入って……あ、あ、……あぁぁああああああぁぁあッ!!」


 部下たちは次々と地獄を見ていく。

 彼らの中にある少しばかりの周囲への猜疑心と罪の意識を増大させ、恐怖を強くすることで見ることのできる幻視や幻聴。


 そのせいで現場は大パニックとなり、矛盾した指示も飛ぶようになる。

 今彼らが見ているのは、血と腐臭と、かつて人だっただろう化け物が存在するグロテスクな世界。


 ヴェニターナは毒の扱いの際に使用する特殊なマスクを被り、なんとか正気を保ててはいるが長くは持たないだろうと、人混みをかき分けながらここから離れようとする。


「助けて、助けて、助けてぇええ!!」


「……気安く触んじゃねぇよこのゲスカスがぁぁぁああッ!!」


 ヴェニターナにすがってきた兵士のひとりを殴り、何度も踏みつける。

 首の骨が折れた感触が伝わり、再び歩みだそうとしたときだった。


 前方に人影が見え、両目らしき赤い光がヴェニターナを射抜く。

 右手には斧を持っており、進行の邪魔になる幻覚に苦しむ兵士たちを乱雑に斬り倒しながら歩み寄ってきた。

  

 


 顔面を覆うようなマスクを被った神父服の男。

 背中には巨大なタンクを背負い、そこから伸びるいくつものチューブは左腕全体を覆うガンドレッドに繋がっている。


 アルマンドの発明品を受け取り、復讐に立ち上がったグリファス神父だ。


 彼は悪魔の爪のように鋭い指先と斧を向けながら、ヴェニターナに迫った。

 ヴェニターナは敵と判断し応戦しようと、魔術を発動させるが。


「ぬぁッ! こ、この炎はッ」


 ヴェニターナが召喚した禍々しい木々がすべて焼き払われた。

 通常の火の魔術の威力では、彼女の魔術を打ち消すことはできない。


 だが、極めに極め上げた炎の威力であれば……。


「り、燎原のエブリンッ! 貴様、なぜここに!?」


 火の魔術が放たれた方向を見ると、そこには今レムダルトとともにいるはずのエブリンがそこにいた。

 鼻と口を覆うマスクを取り付け、


「レムダルトなら今ごろ私の作った分身に膝枕されてるわ。彼、そういうの好きなの」


「なに、貴様、一体……」


「残念だけどヴェニターナ。アナタには死んでもらうわ。安心して、第五天使の席には私が座ってあげる」


 エブリンの尋常でない気配に怖気が走るヴェニターナは、ジリジリと距離を詰めてくるふたりに後退りを始める。

 グリファスはマスクでくぐもった笑いを漏らしながら、ヴェニターナにこれまでの怒りをぶつけた。


「第五天使にして聖女ユナリアスの姉、ヴェニターナ。この私がわかるか? 貴様ら邪悪なる姉妹に我が妹を殺された愚かな神父を」


「まさか貴様……グリファス神父か!」


「裏で巧妙に細工していたと知ったときは驚きだったよ。今までは権力や純粋な力の差があってどうにもならなかったが……今は違う!」


 グリファスは武器を構え、エブリンもまた魔術を行使する。

 完全に劣勢に立たされたヴェニターナは半ば自棄を起こして、戦闘態勢に入った。


「この、このクソッタレどもがぁあああああああッ! 私の幸せを……妹の幸せをお前らみたいなゲスカスに踏みにじられてたまるかぁああああッ!!」


「エブリン、私は戦闘経験など一切ない。だがけして逃げはしない。援護してくれ」


「勿論よ、パパン」


「それはやめろマジで。……行くぞぉッ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る