第5話 vs.いじめ主犯格『アベル』
あらゆ光の渦が歪んで出来たような空間で、バラバラになる石畳。
エブリンが魔術によって一時的に異次元空間へと繋いだのだ。
今の彼女の魔力量は大人の魔術師と同等。
あとは術式とそのためのノウハウを覚えれば行使できる。
アルマンドとの2年間で様々なことを習得したエブリンには、極めて容易な魔術だった。
三対六枚の翼を優雅にはばたかせながら、足場にてへたり込むアベルを見下ろす。
「覚えてる? アナタが私のお腹に雷撃を撃ち込んだのを。すごく痛かったわ。お腹を抉られるのがあんなにも痛かったなんて思いもしなかった」
「お、俺だけじゃないだろ……ッ! 他の奴もやったじゃないか! なんで俺だけなんだよ!!」
「えぇ、アナタだけじゃない。でも、……────まずはアナタからたっぷりと、ね?」
次の瞬間にはアベルの背後に移動し、からかうように背中を軽く蹴った。
彼は心底驚いたように跳ね飛びながらも、身を起こす。
「くそがぁあああッ!!」
アベルの得意とする属性は雷。
両の掌に雷を司る魔力を顕現(けんげん)させる。
2年前よりも威力や精度は上がっていそうだが、本物の魔術師には到底及ばない。
「さぁおいで、悪い子はお仕置きしてあげるわ」
挑発をかけるとアベルは案の定攻撃を仕掛けてくる。
依然と同じ腹部に掛けて、雷撃が飛ぶがまるで見えない壁に阻まれたかのように霧散した。
「嘘だ! 俺の雷がこんな簡単に……。エブリン……いや、セリーヌ、お前一体ッ」
「2年も期間があったのに、アナタその程度?」
半ば失望したかのようなエブリンの表情にいすくみ、子供であるアベルは恐怖で完全に動けなくなってしまった。
自分の攻撃を簡単に防いだかつてのいじめっ子が、完全な化け物にさえ見えた。
アベルの様子を見て、予想はしてはいたものの実際にみると拍子抜けしたエブリン。
集団を率いて自分を毎日のように痛めつけていたのが嘘のようだった。
「さぁお仕置きよ。覚悟は出来ていて?」
雷属性の微弱な魔力と破壊粒子を少々。
丁寧に優しく手でこねて、飴玉(あめだま)のように丸めたそれは綺麗な光になる。
「BANG!」
ピンと優しく跳ねると、それは一瞬で消えたかのような速度で飛ぶ。
アベルの顔面スレスレを横切り、浮いていた礼拝堂の破片に直撃。
────ズドォオンッ!!
乾いた轟音(ごうおん)を上げて爆発四散。
その名の通り欠片のひとつも残さず消え失せた。
「あ……ぁ、ぁ……ッ!」
アベルは目の前の現実が受け入れられないのか、ワナワナと震えながらエブリンと爆発跡を交互に見る。
彼の瞳からは完全に戦意が失せていた。
それどころか、これほどの強大な力を持ったかつての少女は自分に復讐をしに来たという現実に、吐き気と頭痛を覚えている。
────いますぐにここから逃げないと死ぬ。
「うわぁあああッ! うわぁああああッ!!」
アベルの発狂が異次元空間に響き渡る。
その声はかつてセリーヌだったときにはけして聞くことの出来なかった甘美な反応。
「フフフ、いいわぁ……アベル。今のアナタはとても私好みよ! 無様に叫んで私に怯え喚(わめ)く姿……興奮しちゃってイケない思いが胸をキュって締め付けるの! どうしてくれるの死になさいよアナタ」
恍惚(こうこつ)の笑みを浮かべながらも言葉の節々に憎悪をにじませるエブリンは、仔羊のように怯え後退(あとじさ)るアベルにそっと詰め寄る。
「ねぇもっと見させて? 憎いアナタの愛しい無様(すがた)を」
「ひぃいッ! く、来るなぁ!!」
「酷いわ。私たちあんなに仲良かったじゃない。一緒にベンチに座って一緒に寄り添って……同じ時間をともにしたわ。復讐を成し遂げるためにずっと我慢してたのよ? アナタのエグい口臭と汚い言葉遣い」
アベルにとって彼女はもう憧れの美少女ではなかった。
美少女の姿をした怨念の集合体、復讐の擬人化。
それを追い払うように雷を連射するが、どれも彼女には当たらない。
そしてついにエブリンの手がアベルの首を掴む。
少女とは思えないほどの力で彼を持ち上げると、この足場の縁(へり)まで移動した。
「ぐ……ぐる、じ……」
「ねぇアベル、私とっても疑問に思うの。……この異次元空間から落ちたらどうなるのかなって」
アベルの目が驚愕で見開く。
すぐさま止めるようにジタバタと暴れて見せるが、エブリンは涼しい顔で彼を見つめながら、ゆっくりと彼の首を掴んでいる手の力を緩めていった。
「お、おい……やめ、ろ……やめて、くれぇ……ッ!」
「やめてって言ってもやめてくれなかったのは、……どなただったかしら?」
直後、手についた虫を振り払うかのような仕草で、アベルは下へと放られた。
「うわぁあああああああああッ!!」
子供の彼にこの状況を打破できるだけの力はない。
ここから落ちればどうなるか、実を言えばエブリンは知っていた。
これから永遠に続くであろう彼への苦しみを味わってもらうのだ。
「1人目完遂」
さっきまでアベルの首を掴んでいた手をグッと握りしめる。
この瞬間確かに掴んだ手応え、即ち勝利。
次は教育者たちのリーダー、ブラウン氏。
その算段はすでに出来ている。
彼らへの復讐を果たせば、あとは烏合の衆。
片付けるのは簡単だ。
これでこの施設も終わる。
だがそれだけでは復讐は終わらない。
施設内の復讐だけではない。
こんな国を作り出した大人たち。
そしてそれらを支配する皇帝だ。
己の目的を再認識した後、彼女は翼をしまって軽く指を鳴らす。
すると異次元空間が音を立てて閉じ始める。
まるで時間を巻き戻しにしたかのように、全てが元の通りに変化していき、最終的には先ほどまでいた礼拝堂へと帰って来た。
元の世界である。
これで異次元空間に閉じ込められたアベルは永遠に外の空気を吸うことはない。
そう、永遠に……。
「さぁ、次の準備をしなくちゃ」
鼻歌交じりにエブリンは次の復讐を企てる。
一方、アベルは異次元空間におけるある地点に到達していた。
そこは恐怖で怯えていた彼をさらに狂気に陥らせる場所だった。
無数に蠢(うごめ)く小さな触手をまとわせた黒い粘液状のなにか。
生き物のように群れをなしてアベルに向かってきた。
四方八方を囲みながら聞くに堪えない鳴き声を発して、人体が腐りきった臭いが空間に充満してくる。
それらを見るうちに、恐怖は臨界点を越えて理性の大半を麻痺させていった。
エブリンとして舞い戻ったセリーヌ、そしてこの異次元空間の虚ろで怪しい生き物たち。
「あああああッ!! ああああああああああああああッ!!」
アベルは堪らず叫びあげ、雷の魔術を展開し周りにいるすべてを攻撃し始める。
雷の熱で焦げて異臭を放つ中、彼の意識は完全に狂気へと染まり二度とは戻らなかった。
魔力炉が暴発し、アベルの身体に電気が帯び始める。
その圧力が彼の肉体を焼き始め、灼熱の炎をまとわせた。
だがアベルはあまりの狂気にそんなことに気付かず、周りの生き物たちを攻撃し続ける。
死に絶えても、叫び声と雷撃を止めずひたすらに動き回った。
この異次元空間の中でただひとり、永遠に発狂するだけの存在となってしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます