第34話 血飛沫のロザンナ

 ロザンナの怒りと復讐心は完全に爆発した。

 隙間から覗き込んだ先の夫とエインセルは互いに衣服も肉体も乱れさせ、絶頂に至る。


 そこまでなぜジッと見ていたかはロザンナ自身わからなかった。

 興奮と怒りが同調し、その背徳的な光景を見て艶かしく呼吸を乱していたのだ。


 絶頂に至ったのを確認したあと、ロザンナは武具を起動させる。

 異界の技術を用いて作られた回転機構の刃。


 凄まじい駆動音とともに、ドアは超速回転に巻き込まれながらバラバラになった。

 この世のものとは思えないほどの形相で、驚愕のあまり動けなくなったふたりの前に姿を現す。


「お、お前……ロザンナッ!」


「どうしてここに!? いや、違うの……違うのロザンナ、これは」


 イソイソと衣服を直しながら、今にも噛みついてきそうなロザンナをなだめようとする。

 その姿を見た瞬間、ロザンナの中でなにかが弾けとんだ。


 本来、ただの一般人の非力な女性には備わらないはずの、爆発的な突進力。

 まるで何十年も戦場でその腕を振るってきたかのような達人めいた駿足。


 ロザンナは瞬く間にエインセルに肉薄し、回転機構をその腹に抉りこませた。


「ぎゃあああああああああああああああああッ!!」


 上位師にして守護術師ガーディアンであるエインセルはなにが起こったのかもわからずに、肉と血を周囲にぶちまけながら絶叫する。


 ロザンナには戦闘能力のせの字もないはず。

 溜めに溜め込んだこれまでの怒りが、常識では考えられない身体能力と執念を生み出したのか。


「どぉぉおおおりやぁぁああああああああああああああ!! 落ちろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 兎に角メチャクチャに叫び、回転機構の刃を押し込んだり、右へ左へと動かしてエインセルを文字通りの肉塊にしていく。


「あがっ! や、やめっ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」


 この世のものとは思えない断末魔。

 エインセルの肉体は人間かどうかもわからないくらいにバラバラになり、部屋中にブチまけられる。


「ひぃいい!」


 さっきまで行為におよび、快楽と背徳をむさぼっていた夫は、おぞましい妻の様子を見てその場から立ち去ろうと四つん這いで部屋の外へ出ようとする。


「どこ行くのよアナタぁ!!」


「く、来るな、来るなぁぁぁあああッ!!」


「うわぁぁぁあああッ!!」


 めでたい日に起きたホラーじみた状況に夫は失禁しながら廊下へと飛び出た。

 騒ぎを聞きつけた大勢の騎士がやってきてロザンナの行く手を阻み始める。


「あ、アイツを! アイツを殺してくれぇ!」


 情けない夫の声に動かされ騎士たちが一気に抜剣。


「そこをぉ…………どけぇぇぇえええッ!!」


 まさしく地獄絵図だった。

 数多の戦場を駆け抜け、百戦錬磨とも言っていい騎士たちがロザンナに手も足も出ずに戦闘不能になっていく。


「ぶっ殺してやる! ぶっ殺してやるぅ!! うぉおおおおおおおお貴様ぁぁぁぁああああ!!」


 振りかぶる回転機構の刃によって鎧もろともブツ斬られ、剣を持つ両手をそのままバッサリと落とされる。

 騎士たちの攻撃はひとつとも当たらない。


 まるで達人の見切りのように。

 そして本来ならありえないほどのアクロバットな動きで翻弄され、次々と血飛沫が舞い上がる。


「アハハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


「うわぁぁああ! うあああああ!!」


「今殺してあげるからねぇ~おねむの時間でちゅよぉ~アハハハハ!!」


 騎士たちが倒れていく中で狂気の度合いが増していく妻の姿。

 恐怖の中、夫の脳裏に浮かんだのはかつてのあの日々。


 朝早くから夜遅くまで家事に勤しみ、優しく接してくれたロザンナ。

 こうして相応の地位にいるのは彼女のお陰だった。


 だが、エインセルと偶然話す機会があり、そこで浮わついた心が出てしまった。


「ひぃいい! ろ、ロザンナ! 悪かった! 俺が悪かった!! 君の心を踏みにじってしまったのは俺だ! 許してくれ!!」


「アハハハハハハハハハ!」


「聞いてくれ! お願いだから! もう二度とこんなことはしない。だからお願いだ! このとおりだ!」


 夫、渾身の土下座。

 ガクガクと腕を震わせながら許しを乞う。


 直後、ロザンナの狂笑が止んだ。

 夫の真ん前で立ち止まったままじっとしている。


 しばらくの沈黙のあと。


「アナタ、もう顔を上げてくださいな」


「ロザ、ンナ……」


 聞き慣れた優しい声。

 フッと顔をあげた次の瞬間。


 ────ザジュウッ!


 まるで居合抜きのような所作。

 夫の両腕が宙を舞った。


「それじゃちゃんと斬れないからぁぁぁあああッ!! アハハハハ!!」


「うぎゃあああああああああ!!」


 上げてからまた地獄の底へ突き落とされる。

 そのせいもあってその痛みは通常の倍以上も感じた。


 それだけでもショック死しそうなものだがロザンナはそうはさせない。

 仰け反る夫の胸を蹴り転ばせ、その上にまたがる。


「エヘヘヘヘ~、アナタぁ……」


「あが……や、やめ……」







「アナタだ~いすき!」


 女神の微笑みは夫の腹からでる血飛沫と臓物によってみるみる汚れていく。

 刃は唸りを上げて夫に食らいつき、断末魔すらもかき消していった。


「らぶらぶラ~ブ! らぶらぶラ~ブ! おばかな煩悩とんでっちゃえ~!!」

 

 あまりに斬りすぎて切れ味が悪くなった刃をそのまま夫の首に押し当てて力任せにもぎ取ろうとする。


 夫が死の間際になにを感じていたか、その形相から想像にかたくない。

 首だけになった夫を大事そうに抱え、ケタケタ笑いながら廊下を進んでいくロザンナ。


「うん? 君は、ロザンナか。やり遂げたんだな」


「あぁ神父様! 見てください。夫を取り返しました! 綺麗な姿でしょう? 私たち、愛を取り戻したんですアハハハハ!!」


「ロザンナ……」


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


 グリファスが言い淀んだ直後、背筋が一気に凍りついた。

 ロザンナも感じ取ったようで思わず身構える。




「貴様らか、このめでたい日に暴れまわっているという賊どもは」


 黄金の輝きの中に殺意をにじませながら空間より現れる皇帝。

 物言いこそ静かだが、その裏にある怒りは計り知れない。


「ロザンナ、動けるかね」


「私の邪魔をする奴は誰であろうと許さない」


「私の武器もあとどれくらい使えるかどうかわからない。できうる限りの援護はしよう。…………いくぞ!」


「うぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!」


 神父と主婦。

 異色のコンビは皇帝へとその牙を向ける。




 だが、やはり決着は呆気ないものだった。

 地上最強と言われるが所以の力の名の下に、ふたりは無惨に散ることになる。


 だが、皇帝に与えた精神的なダメージはあまりにも大きいものだった。


「おのれぇ……一体なにがどうなっている。なぜこのようなことに……誰だ、誰が手引きしている? 魔王か? いや、もっとほかにいる。誰だ?」


 そんなとき外から響く爆発音。

 なにごとかと思ったときにはもう遅い。


 宮殿の中も外もいたるところが火の海だ。

 結婚式ということで浮き足だった者が多かったため対応が遅れている。


「おのれ……許さん、許さんぞぉおお!!」



 皇帝の声が宮内に響く中、レムダルトは今にも泣きそうな顔でエブリンを探していた。

 

「エブリン、くぅ、エブリンどこだぁああ!!」


 礼服は焦げて煤がこびりつく。

 煙にむせ返りながらも控え室やほかの場所を見るもどこにもいない。


「もしかして……」


 ありえないとは思ったが、訪れてみたのは皇帝の部屋。

 ここにまだ火の手は及んでおらず、異様な静けさに包まれていた。



 ドアを開けてみると。


「エブリン……」

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