第2話 伝説の魔女との出会い
セリーヌが次に目を覚ますと、筒状のものに入れられていた。
中にはたっぷりと妙な液体が入っており、自分はその中にプカプカ浮いている。
身体は動けないが、死の安息とはまた別の心地よさがあった。
助かるのかもしれない、と生への希望が湧いてくる。
ここへ入れてくれたのは誰なんだろう、と疑問を抱きながら薄っすらと見渡した。
「ごぼっ……」
しゃべろうとしたが液体に阻まれ話せない。
不思議と息苦しくはなかったが、これではなにも出来ない。
(どうにかして出ないと……わっ!?)
次の瞬間、大きな音が鳴ってこの筒状の中から液体が引いていく。
大量の空気が抜ける音と同時に筒が開いた。
「ここは、どこ?」
近くに大きめの布があり、それで身を包むや周りを歩く。
施設にも似た場所で無数の装置が配置されていたが、そのどれもが実験などで使用するあの禍々しいものとは一線を画していた。
巨大な白い球体上の物。
常にうねりを上げる白い複雑な紋様を彩っている鉄の箱たち。
妙な形状をしたガラスの用品に、いくつもある大きな透明の筒の中には、見たこともないような生き物たちが、緑色の液体の中で眠っていた。
こんなにも不気味な環境に関わらず、少女は不思議と恐怖を感じなかった。
自分が生きていたことと、自分を助けてくれた存在になによりの感謝の念を抱いていた。
「きっと神様が助けてくださったのね……」
薄っすらと涙を浮かべながら、安堵の声を漏らした。
無事に生きているということに感激を覚えずにはいられない。
「助けたのはオレなんですがそれは」
突然の背後からの声に思わず振り向く。
それはあのときの声の主だった。
褐色の肌に銀色の髪、銀色の踊り子衣装の若い女。
艶美な曲線、抜群のプロポーションからなるエキゾチックな雰囲気は男女問わず見る者を魅了する。
彼女は少女を見下ろしながら嗤っていた。
「そろそろ終わるころかと思って来てみたら……なんとも元気な奴だな。もう動き回ってやがる……あーあー、部屋がベットベト。掃除どーすんねんこれ」
「ごめんなさい……。私はセリーヌ。あの、アナタは神様ですか?」
「いんや、────
目の前の女は不敵に微笑むと、着る物を用意してくれた。
その際鏡をみるとそこには信じられないものが映っていたのだ。
腰まで届く長い金色の髪。
海のように深淵を宿した碧(あお)い瞳。
顔つきも肌の質感もまるで違う。
あれだけ痩せていた身体に、あるはずがないツヤとハリがあった。
「どうだ? 新しいお前さんだ」
「すごい……まるでお姫様みたい。これって、魔術なんですか!?」
「いい表現だ。だが驚くことにこれは魔術でも魔法でもない。お前さんらにとってはオーバーテクノロジーの部類に入る。……まぁ今はそんなことはどうでもいい。それよりも、だ。────これから自分がなにをすべきかわかっているか?」
そう問われたとき、少女セリーヌはこれまでのことを思い出していく。
忘れもしないあの仕打ち、あの地獄。
思い出すだけで憎しみで身体が燃え上がりそうだった。
「思い出したか。自分の目的、願望を」
「……アナタは何者なんですか? 私の姿を変えて……過去まで思い出させて……」
少女はアルマンドに対して少し怯えを抱いてた。
助けてくれたことには感謝するが、彼女の放つ得体の知れないこの気配はどうも好きになれない。
「オレはアルマンド。────報復と慟哭を司る魔女アルマンド、それがオレの名だ」
「アルマンド……さん? アナタはどうして私を?」
「復讐したいんだろう? 協力してやってもいいぞ」
この言葉に度肝を抜かされた。
まさかこんなちっぽけななんの取り柄もない少女に、味方が現れるとは思わなかったからだ。
「今の世界を見ればわかるだろ。憎しみと嘆きに満ちた中で、お前さんは生きてた。……オレはな、そういう膿の中でもがいてる奴にちょっかいだしたりすんのが楽しいんだよ」
そう言って嗤う魔女アルマンドが恐ろしくてたまらなかった。
それはそうだ、助けてくれたのは神様や天使ではない。
もっと恐ろしい存在なのだと認識する。
「誤解されちゃあ困るぜ? 確かにオレは苦しんでる奴を見ては喜ぶクズだ。邪魔だってするし更に貶めたりもする……。だがな、オレは"面白そう"と思ったら、とことんまで尽くしたくなるスッゲーいい女でもあるんだ」
言葉ではこう言っているが、要は遊びの対象として、少女を試そうとしているようだ。
だが、今頼りになるのは目の前にいるこの凶悪な魔女しかいない。
「……私は皆に復讐したい。私はこれからどうしたらいいんですか?」
「そう言うと思って準備はしてある。来なさい、お前さんに必要な力をくれてやる」
そう言って奥の部屋へ案内する。
簡素な机とイス、その周りに無数に積み重ねてある様々な書物があった。
「これは……?」
「これから2年……お前さんにみっちり叩き込んでやる。子供が手に入れるにはあまりに勿体ない叡智の数々、力の数々を」
「私に……? あ、でも……私勉強は得意じゃ」
「諦めんなお前!!」
弱気な言葉を遮さえぎり、アルマンドは書物の上にドカリと座る。
「人間が人間の子を教えるんだったらこの量は不可能だ。だが、魔女には独自の勉強法ってのがある。それも教えてやる。そうすりゃこれだけの量なんざ2年もありゃ大丈夫だ」
アルマンドは自信満々に答えた。
そう、彼女の精神は自信と傲慢に満ち溢れていた。
だがそれでいて人を惹きつけるなにかを持っている。
彼女の言う通りにすれば、それは可能なのではないかと。
「学問だけじゃない。"力"の方もそのうち与えてやる。その使い方もみっちり叩き込む。あと、"アレ"だな」
「アレ?」
「男にどういう所作を見せれば惚れさせることができるか。意のままに動かすことができるか。簡単に言えば魔性の女、悪女の生きる知恵だな」
「そ、そんなの教えていいの?」
明らかに子供とりわけ幼い女の子が知っていいものではないだろう。
だがアルマンドは軽く答えた。
「オレは教育者でもなければ道徳者でもない。むしろ彼らから見ればオレは"破壊者"の部類に入る。秩序にそぐわない排他されるべき存在たち。その知恵をお前さんは持つことが出来る。……いいか? どの時代もどの世界も同じだ。大人は子供を常に下に見る。だが、自分たち以上の能力を持つ子供を制御することは叶わん。大人の連中にも上手く復讐したいのなら……大人以上の知恵と精神を学ぶべきだ」
それを今から教えてやる、と。
彼女はそう言うように机の方へと歩み寄り、イスを少し引いて座りやすいように間を開けた。
偽善と欺瞞(ぎまん)に満ちる悪の時代を生き抜くには、悪の叡智を身に着けるしかない。
魔女の瞳はそう物語っていた。
少女は唾を飲み込み、一歩前へと進み出る。
少女が手にするのは邪の叡智に破壊の力。
再びあの場所へと舞い戻り、復讐を果たす為に。
「あ、そうだ。名前変えとこう。セリーヌのまま入っても面白くない」
「え?」
「偽名だよ。偽名使って復讐をするってのがまたいいんだよ」
「そ、そういうものなの?」
「あぁ。……なにがいい?」
「そうねぇ。じゃあ……────」
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