第3話 復讐は美少女の微笑みとともに

 そして2年を過ぎたある冬のこと、少女は11歳となっていた。

 とある貴族の数ある内の妾の子という名目でこの施設に入れられた少女セリーヌ。


 否、現在の名は『エブリン』である。

 魔力炉はすでに組み込んだと説明し、入所することとなった。


 施設側は彼女の素性に訝(いぶか)しむことなく歓迎した。

 彼女と共に舞い込んできた多額の寄付金に目がくらんだのと、なによりエブリンの持つ幼いながらの美しさに、教育者たちは心を躍らせながら彼女を案内する。



「いいですか皆さん。今日から新しい仲間が増えます。仲良くするように」


「エブリンです。どうぞよろしくお願いします」


 エブリンという名前は、魔術教典に出てくる天使たちの母の名前から来ている。

 彼女はそれを名乗った。


 教会の絵画に描かれる慈悲深い天使のような微笑みを皆に向けながら、心内では地獄のように煮え滾る憎悪をひた隠していた。

 自身の珍しさに群がってくる施設の子供たちを見ながら、来たる審判の日を待つ。


 まずは待っていればいい。

 ほら、すぐにでも


「なぁなぁなぁ! アンタ……いや、君ってさ貴族様の子供なの? どうしてここへ?」


 あのいじめの主犯格の少年アベル。


「こら、余計な詮索はするな!!」


 この施設の長にして教育者たちのリーダー的存在で老年の男ブラウン 


 実に壮観だった。

 かつて虐げてきた人間とも知らずに、こうしてノコノコと群がってくる様は。


 だがエブリンは表情を崩さない。

 声色も優しく、柔らかな空気でかつての連中を包み込んでいく。

 

「いいえ、いいんですよ先生。私みたいなのはきっと珍しいだろうし」


「いや、だがねぇ……」


「フフフ、聞きたいことがあったら言ってね? だって、"お友達"になってくださるんでしょう?」


 物腰柔らかにアベルの手を握り、優しく撫でる。

 その所作に一気に赤面するアベルを見て、周りが笑いに包まれた。



(……デレデレしやがって)


 内心ではアベルを蔑さげすみつつも微笑みを絶やさず、フレンドリーに接しながら始末の方法を考えることとした。


 かつての教育者たちのやることに悪乗りした目の前の少年は、それ以来エブリンに話しかけたり一緒にいることが多くなった。


 それを別の子に見られてからかわれるサイクルが出来てしまうほどに、互いの距離は日々近くなっていく。



 そんな目まぐるしい日々の中でもエブリンはこの施設内におけるヒエラルキーを高めていった。


 勉学はもちろん魔術も堪能。

 子供とは思えないほどに知識人で弁が立つ。


 将来はとんでもない魔術師になるのではと施設内で噂が立つほどだった。

 立ち振る舞いも優雅で、気品や優しさに満ち溢れる存在のエブリンに大人たちの誰もが信頼する。


 だがどの称号も名誉も彼女にとってはゴミも同然。

 欲しいのは復讐を成し遂げることのみ。


「ねぇエブリン。私にも勉強教えて!」


「私にも私にも!」


「うん、ひとりずつ順番にね?」


 魔術師候補ということでエブリンの人気はさらに上がる。

 今やこの施設の顔とも言えるほどにまでなった。


 そんな日々を過ごす中、遂にチャンスが訪れた。


「魔術師候補に選ばれるコツ?」


「そうなんだ。どうやったらエブリンみたいに出来るんだ?」


 中庭のベンチで、アベルはいつものようにエブリンに詰め寄る。

 だが今回は浮かれた話ではなく、彼の将来の話に関するものだった。


「魔術師になったら楽な仕事して楽な生活出来るんだろ? 俺そういうのに憧れててさ」


「アベルらしいね」


「へへへ、でも今のままじゃなぁ。なぁ、エブリンみたいに出来るようになるにはどうすりゃいいんだ?」


 アベルは目を輝かせながら、エブリンに羨望の眼差しをおくる。

 魔術師になれば生活に困らない、それだけでなく富や名声も手に入れられると完全に信じていた。


 無論、これは教育者たちの魔術師についての説明を過大に解釈したものであり、正確ではない。

 だがこれはこれでいい、相手の無知につけ入ることもまた有用な手段だ。


「ん~、どうしよっかなぁ~」


 ベンチにもたれかかるようにして姿勢を崩し、ゆっくりとした動作で足を組む。

 頭を背もたれの後ろにやるように傾けながら視線を送ると、長く美しい金色の髪がサラサラと風に揺れながら滑り落ちた。


 まるで絵画の枠の中の美しい風景がそのまま目の前に来たかのようだった。

 彼女の碧い瞳に見つめられ、アベルは緊張したように生唾を飲む。

 ほんの少しドギマギしているのを感じ取り、エブリンはにこやかに微笑みながら言葉を紡いだ。


「……アベルになら、いいよ」


「本当?」


 アベルが身を乗り出したと同時に、エブリンが人差し指でそっと彼の下唇に触れる。

 するとピタリと動きを止め、顔を紅潮させたままアベルは更に心臓の鼓動を早めていった。


 彼女の柔らかい雰囲気と香水の匂いがアベルの全てを包み込んでいく。

 エブリンのこれらの所作によりアベルは完全に制されてしまった。


「もう、女の子にそんな風に詰め寄っちゃダメよ? 私じゃなかったら怒られてるわ」


「ご、ごめん……へへへ」


「今日の夕方に礼拝堂へ来て? ふたりっきりでお話しましょ? 一から十までキチンと教えてあげるわ」


 今のアベルから見ればデートの誘いに等しい言葉だった。

 初めての体験に完全に浮かれた彼は、絶対に行くと約束する。


 憧れの美少女と夕方の礼拝堂でふたりきり、そして魔術師候補へと選ばれる道。

 人生薔薇色と言わんばかりに上機嫌なまま、次の修練の準備をする為戻っていった。






「えぇ、教えてあげるわ。一から十までキチンと……ね?」


 彼女の顔がほんの一瞬、何千年も生きた魔物のように美しくも恐ろしい笑みへと変わった。

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