第8話 エブリンの狡猾による狂詩曲、そして終焉
ブラウンは魔力を練りながら靴底を滑らすようにして横へ、横へと移動する。
経験を活かした戦法を駆使すればこの得体の知れない化け物を出し抜けると信じていた。
事実ブラウンは、命懸けの戦場を何度も切り抜けてきた。
それは才能にも勝る老練な者が持つ至純の能力だ。
(奴がどんな魔術を行使するかは知らんが……如何に天才的な才能を持っていると言えど所詮は子供。この私に敵うはずなどない)
資料室のあの古臭い空気はいつの間にか消え去り、血と闘争の空気が充満し、互いの魔力がこの空間内でぶつかり、反発し合い、小さな衝撃音となって弾けていく。
「小さな花を手折っては、森深くにて埋葬し、新たな花を手に入れて、是気づかずに腕に抱く。それはかつての花の変わり身、恨みを毒に牙を花弁に、舞い寄る蝶は一匹たりとて。さぁさ皆様盛大に、この悲喜劇に喝采を、笑えなければご愛嬌、さりとて今日はめでたい日、毒と炎の大団円。いざ終焉まで御清覧、平にお願い奉る」
まるで詩(うた)のようにエブリンの口から紡がれる復讐の意志。
狡猾で残虐にという、彼女の決意の固さは計り知れない。
「おのれぇ……貴様が私に敵うと思うなぁ!!」
様々な属性を使いこなすブラウンの魔術は強力ではあったが、器用な分決定打に欠けるものばかりだ。
エブリンは彼の放つ風、炎、闇、その他全ての魔術をまるで踊るように回避していく。
操り人形である3人の遺体も、彼女に合わせるかのように、乱雑な動きでありながらも傀儡の舞踏を繰り返す。
資料室が荒れて所々に火が燃え移ってもお構いなしに、ブラウンはエブリンへの攻撃を止めなかった。
「ねぇ、ちゃんと狙ってくださる? これでは歴戦の魔術師の名が泣きますわ」
「馬鹿な……なぜ……ッ」
3人の遺体もエブリンと共にゲラゲラ笑いだす。
死霊を操る術でも使っているかのように、3人にエブリンの意思が宿っていた。
明らかに目の前にいる少女の力は魔術を越えている。
それはさながら、古くから帝国に伝わる"魔女"のように。
「これ、大事な部下でしょ? お返しするわ」
次の瞬間、ロックの身体が赤黒く光っていくかと思えば、みるみるうちにボールのように丸まっていく。
関節だけでなく骨の至るところを軋ませ湾曲させてから、器用にひとつの塊のように形成していった。
「人間の肉体を魔力で爆発物に変性させる。……この後どうなるかおわかり?」
そう言ってモーガンもヘンリーも同じような形状にしていく。
それは世にも恐ろしい邪悪な力だった。
人間の肉体を基に、一個の爆発的エネルギーを作り出す。
そんな魔術は今までに見たことも聞いたこともない。
「な、なんだお前……これは……これはぁッ!」
「特別大サービスよ。私の力をもっとお見せしましょう」
それはアベルのときと同じ輝き。
背部からゆっくりと広げる三対六枚の純白の大翼。
破壊の象徴と言えるこの翼をはばたかせながら宙を舞い、炎や倒れてくる棚を薙ぎ払い、バラバラに壊していく。
煉獄の中に天使が舞い降りた、復讐のために。
「この騒ぎなら今ごろ本部の連中も気づいているでしょう。時間制限があるのが口惜しいけど、仕方ないわ。ゲームは条件が厳しければ厳しいほど楽しいものだもの」
「ゲーム? これがお遊戯だと!? こんな破壊がお遊戯なものか! もうすぐ本部の有能な魔術師がやってくる。そうなったらいくら貴様でも終わりだ!!」
「あら、あらあらあらあら……」
エブリンが意外そうな顔をした後、瞬間移動で一気にブラウンの眼前まで移動する。
突然エブリンの不気味な微笑みが目の前に現れたことにより、腰を抜かしてその場に尻餅をつくブラウン。
そんな彼の顔を覗き込むようにギリギリまで顔を近づける。
「随分余裕だこと。……こんな事態に陥っても、周りの皆が助けにおいでと思ってらっしゃいますのね?」
その言葉と表情は静かにして重々しく、死と恐怖を歩くような速さで招いているようだった。
エブリンにはどんな脅しも圧力も通用しないとわかったとき、ブラウンの中で本能が海の嵐のように乱れていく。
恐怖に怯え、尻餅をついたまま後退りする彼を、再び宙を舞いながら見下ろし微笑むエブリン。
「やめろ、やめろ……ッ!」
「もう遅い。さぁ、月に憑かれたピエロですらも思わず正気に戻るこの復讐劇(トラジコメディ)。その序章の最後を飾るのはアナタよブラウン施設長?」
「よせぇえええッ!」
かつて3人の教育者だったエネルギー体は轟音を上げて、優美に、そして力強くブラウンに放たれる。
防御魔術を咄嗟に開示するも、その濁流が如き爆炎と衝撃波がいともたやすくその魔術を突き破った。
「────ッ!!?」
彼が炎と衝撃の中でなにかを叫んだ。
だがこの気まぐれなる劫火は、ブラウンを焼き尽くすや手当たり次第燃える物全部に燃え移っていく。
それはかつてセリーヌだったころにいじめを行使してきた子供たちがいる場所も例外ではない。
破壊に次ぐ破壊が、なにも知らない彼らさえも喜んで貪っていった。
遠くでそんな子供たちの焼き尽くされる音や、断末魔が聞こえてくる。
それを聞いた彼女の火のように生き生きとした表情は、破壊の翼の輝きによってさらに神々しく見えた。
「さぁさぁ私ももう一嘘(ひとうそ)つかなければ……。大丈夫、演技は得意よ。アルマンドさんに教えてもらったもの。……可哀想な女子供に同情するのは、理知ある大人の性よねぇ?」
この出来事は本部だけでなく、皇帝のいる宮殿にも知れ渡り、高名な魔術師達すらも慌てふためかせ、今まで散々出資してきた貴族達すら膝を地につかせる有り様。
人命救助により、生存者が次々と助け出される。
だがそのほとんどが本部にて仕事をしていた魔術師たちであり、施設内の者はエブリンを除いていなかった。
救出時エブリンは無傷の状態であり、涙で顔を濡らし喚いていた。
彼女は保護され、他の魔術師たちとともに魔導医療施設へと移されることとなった。
今回の被害はかなり甚大なものとなる。
魔導機関本部に備えられてある施設ということで、本部への損害も計り知れない。
これにはかの皇帝も怒りと歯軋りを抑えきれなかったとか。
助け出されて数日は帝都の魔術医療施設にて療養。
彼女があの天才として知られたエブリンであるということで、魔術師たちはこれを奇跡として彼女を手厚く保護したのだ。
退院はもうすぐということで、行く当てもない彼女に与えられた居場所は、なんとある魔術の名家だった。
そこの養女として、彼女は再び新たな人生を歩むこととなる。
(さて……ここからが大変ね。まずは宮廷魔術師になるためにしっかり勉強して結果を出さなきゃ。それまで優しくしてね? お義父様、お義母様。)
エブリンは満足な成果を得られて、得意げであった。
こんなにも復讐が上手くって、中々に幸先がいい。
全ては順調にいっている。
依然変わりなく。
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