第二楽章 宮廷魔術師時代

第9話 宮廷魔術師エブリン

 施設の騒動の後、名家の人間に育てられたエブリンは、魔術師の中でもエリート中のエリート集団である宮廷魔術師になるための試験をにて14歳という若さで見事合格。


 宮廷魔術師としての勤務に付き多忙な日々を送るも、復讐の牙を研ぐことをやめない。

 魔術師としても実力を高めていく中で、復讐すべき相手を正確に見定めていく。


 そんな日々を送って早2年。

 16歳となったエブリンは宮廷魔術師としての仕事へ向かうため、寮の居室にて起床。

 いつものように着替えをする。


「……ん、やだ、ホックが。……もう、またぁ?」


 シックな柄のブラジャーを、背中に回したホックで固定しようとするも、乳房の分厚さが邪魔して中々締まらない。

 成長とは申せども、この肉体のデザインは魔女アルマンドが施したもの。

 かつてセリーヌだったころの肉体をベースに、彼女の身体を創り変えた。


 そのおかげでエブリンの発育は著しく、より蠱惑的となる。

 特に胸の大きさは顕著なもので、またしても下着に苦戦することに。


「アルマンド……今度出会ったら文句言ってやる」


 身も心もすっかりと年ごろに相応しく成長したが、同時に汚い言葉も吐くようになった。

 偉大なる魔女として慕っていたアルマンドにさえ、このごろは毒を吐くようにもなっている。

 無論、同僚たちにはそのような顔は見せないが、心の変化とともに、若干窮屈にも感じている今日このごろだ。

 

「制服のボタンも……くぅうう~~ッ!! もうッ! また態度悪いって怒られるじゃないッ! クソッ! クソッ!!」


 エブリンは宮廷魔術師の中では最年少ではあるものの、すでに中位師という階級にまで昇っていた。

 無論、エブリンは出世そのものには大して執着はないのだが、復讐を成し得るためにはどうしてもさらに上の位へいく必要がある。


 宮廷魔術師には下位師、中位師、そして上位師とがあり、その上に立つのが『天使』と言われる5人からなる大魔術師だ。


 通常魔術師から見れば、天使クラスともなれば最早伝説的な存在に近い。

 それほどの力と功績が認められた者からなる超精鋭部隊、皇帝の懐刀的存在である。


 天使の位にのし上がることが出来れば、諸悪の根源である皇帝に近づくことは極めて容易だ。


 ゆえに、彼女は与えられた仕事を日々精力的にこなしていく。

 まだ彼女が若いということで嫉妬の目を向けられることもしばしばあるが、気にしてはいられない。

 

 書類仕事ともなれば誤字脱字には細心の注意を払い、目上の人間には微笑みを以ておべっかる。

 魔術の鍛錬も、魔女アルマンドから教わった知識の反復や向上も忘れない。


 はっきり言えば、この地点でエブリンの力は幼少時代とは比較にならないほど高い水準となっている。

 これは彼女にとっては自信、プライドも同然だった。

 誰にも負けない、負けるはずがないと。  


(ハァ、仕方ないわね……とりあえず今日はエインセル上位師のところに行かなきゃ。仕事の出来で取り返せばあるいは……うぐぐ)


 とりあえずエブリンは上司である女魔術師の執務室へと、膝上までの丈のスカートをはためかせ、向かうことにした。

 指示されていた通りの書類を仕上げ、彼女の元へ届けに行くのだ。


 胸元が開いた状態で、一見すれば不良少女にも見えなくもない。

 通りすがりの家臣や魔術師たちの視線が気になるが、その度にエブリンは申し訳なさそうに柔らかく笑んで会釈した。


 こうすることにより、いつもと変わらぬエブリンですよとアピールをする。

 普段から『礼儀正しく優しい少女』というイメージを皆に付けていた。

 

 実を言うと、このような事態は過去にもあり、顔から火が出るような思いをしていた。

 こうなると男衆からは色目を使われるため、エブリンは心底うんざりしている。

 その度に制服等の調整はするが……。


(唯一の理解者はエインセル上位師……アルマンドはクズだし……)


 長い廊下を歩き、階段を昇り、上位師の執務室まで辿り着く。

 ノックして扉を開けると、上司であるエインセルはすでに書類の処理に取り掛かっていた。


「あら、エブリン。その姿を見るのはこれで何度目かしらねぇ?」

 

 クスクスと意地悪く微笑む妙齢の女魔術師。

 ウェーブのかかった長い茶色の髪、おっとりとした目付きの緑色の綺麗な瞳。

 ドレスのようにゆったりとした服装から、発育した豊かな実りが大きな弧を描いていた。


「……うぐ。お、おはようございますエインセル上位師。その……またサイズが……」


「ウフフ、また新調し直さなきゃね。……さて、じゃあ以前頼んでいた報告書を」


「はい、こちらです」


 エブリンは分厚い報告書の束を提出する。

 これだけのページを誤字脱字なく書くのは、魔女の知識を持つエブリンと言えど骨が折れる作業だった。


「……うん、ありがとう。いつも助かるわ。アナタの報告書はやり直しが少なくて済むからすぐに処理できる」


「恐縮です」


「この報告書は今やっている案件の次に目を通します。アナタは今日の任務へと向かってください」


「ハッ!」


 エブリンは執務室を出た後、すぐさま中庭の方へと足を進める。

 今日は帝国に逆らう反乱軍の隠れ家へ軍と共に赴くこととなっているのだ。


(帝国に逆らいたい、という気持ちは一緒だけど。残念ながら私にはなんの関わりもないわ。私の復讐は私の物。……ちゃっちゃと死んでいただくに限る)


 心内に残忍な花を宿し、他者の命など知ったことかというスタンスを貫くエブリン。

 それはエインセル上位師も例外ではない。


 確かに良き上司ではあるものの、必要とあらば切り捨てる。

 むしろ出世への壁と言ってもいい。


「さぁて、一気に


 そう呟きながら廊下を歩いていると、見知った顔が陰からヌッと現れる。


「いようエブリン! 元気かぁ? オレかぁ? 今朝から貴族連中相手にウハウハよぉ」


 その顔に思わず舌打ちするエブリン。

 魔女アルマンドである。


 彼女は宮廷魔術師ではなく、宮廷道化師として皇帝の傍にいる。

 唯一の女性での道化師に城内は騒然としたが、皇帝はアルマンドの美しさやおどけた態度を気に入り、彼女を採用したのだ。


「いやぁ、道化師はいいねぇ。貴族だろうが皇帝だろうが罵詈雑言言い放題。みぃんなオレのことどうしようもないバカと思ってるからなッ! 毎日楽しいわこれ」


「アルマンド……アナタの声を聞いてるとお酒を飲んだことがない私ですら二日酔いの気持ち悪さと頭痛を錯覚してしまうわ。それよりッ!! アナタねぇ、私の身体一体どういう風に設計したの?」


「ん? ……あぁ~。まぁいいじゃねぇか。胸が大きいことに悩む女の子って……なんか素敵やん?」


 こちらがなにを言おうとどこ吹く風のこの女に、エブリンはこめかみを押さえて心底嫌そうな顔をする。

 

「それよか、これから反乱軍の討伐だろう? 元帝国軍の兵士もチラホラいるから、そんじょそこらの庶民連中よかずっと鍛えられている。……できるかな?」 


「私を誰だと思っているの? そんな連中相手に負けることはないわ」


「だろうな……。だが、油断はするなよ?」


「わかってる」


「そうかねぇ? ……まぁ背後とかには気を付けな。お前さん接近戦がそこまで強いってわけでもねぇんだから」


 そう言ってアルマンドはエブリンの後方へと歩いていく。

 彼女は彼女で皇帝の相当なお気に入りとなっているらしく、常に彼の近くにいなければならないらしいのだとか。


「フン、雑魚に負けるかっての……。いいわ、そろそろ復讐を始めようかと思ってたし、第一歩としての肩慣らしには丁度いい」


 エブリンは自信に満ち溢れた笑みを見せ、中庭へと急ぐ。

 

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