第23話 混沌の忌み子たち

 ロザンナは一礼したあと、エブリンの前にやってくる。

 エブリンは愛想笑いを浮かべながらも、彼女を歓迎した。


「ふん、まさか一般市民までこの集団に加わることになるとはな」


「ドゴール、憎しみに階級は関係ない。ロザンナはすでに魔女にその憎しみを見初められたのだ。云わば我々と同類。歓迎する気を持たないだろうが、邪険にするのはよくないな」


 悪態をつく魔王に、グリファスがたしなめる。

 

「いいんです。アルマンドさんからお話は聞いていますが、ここには復讐を成し遂げるために相当頑張ってこられた方が多いと。……それに比べて私はなんなのでしょうね? 夫を信じて、ただずっと待って、信じて、ずっと待ってるだけ、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……」


「あ、あのロザンナさん?」


「あの女と出会ってるってわかっても、あの人は私を愛してるし捨てたりもしないってずっと我慢して。────でも結局夫はあの女を選んでッ! あの女は私が黙ってるってことにいい気になってッ! 最近じゃ私とも行ったことがないような店まで行ってッ! 最後にはふたりで豪華な宿屋にも泊まってッ! あの女が色目を使うまでは、朝も夜も、何度でも私に愛を囁いてくれて、私もそれにずっと答えてきたのにッ! なんで! なんで! なんでよぉおおおおおッ!!」


 言葉の節々に激しい憎悪を滲ませながら、まるで豹変したように近くにあったグラスや酒の入ったボトルを破壊していく。


「ギィヤアアアアッ! おいコラやめろ! 酒! オレの酒をぶっ壊すんじゃねぇええッ!」


「え? ……ぁ、や、やだ私ったら……なんてはしたない。その、ごめんなさい」


「あ、いいわ。うん、気にしないで。うん」


 この光景にはエブリンは勿論魔王もドン引きしている。

 アルマンドは破壊された酒を見ながら落ち込んでいた。


 何度も謝罪するロザンナのメンタルケアを少しでもと、グリファスは彼女に語り掛ける。

 ロザンナの爆発的な感情を制御できるのは彼だけかもと、エブリンはグリファスに彼女の監視役を任せることにした。


 そして、エブリンは本題に入る。

 聖女ユナリアスの裏に第五天使の存在があったことと、第五天使が皇帝にもわからないように不正を行っていたことを暴露した。


「そうか。第五天使が裏で……。確かにあのふたりは姉妹だ。彼女もまた裏工作をしていたんじゃないかとは考えていたんだが、如何せん証拠がなかったから手出しができなかった。だが、これではっきりした。あの姉妹は葬らねばならない」


「手伝うぜグリファス神父。天使レベルの強さともなればそれなりの戦闘能力が必要だ」


 魔王が身を乗り出したが、それをエブリンが手で制する。


「待って。葬るにはそれなりの準備が必要よ。相手は平気で裏工作も考えるような策略家。闇雲にはいけないわ。それに、私は天使クラスにどうしても昇進したいのよ。そうしなきゃ皇帝に近づけない。私も協力するから時間をちょうだい。そこまで長くは待たせないわ」


「なにか考えがあるのだね?」


「勿論。魔王も協力してくれるみたいだし、成功率は跳ね上がるわ。────第五天使"樹怨のヴェニターナ"は確実に始末します。それが可能な作戦は私が練る。その前に……」


 エブリンは落胆から立ち直ったアルマンドに視線を移す。

 アルマンドはそれに頷いて立ち上がると、胸を張って協力を宣言した。


「わかってるって。グリファスにもなにか作ってやれ、だろ? ただ、もうちょい時間は掛かる。やるのなら最高の一品に仕上げたいんでね」


「おぉ、魔女の発明品とは。素晴らしいものができあがることを期待しよう」


「それまで各自待っていて欲しいの。いい時期が来たら必ず伝えるわ。これはグリファス神父の復讐であると同時に、私や魔王の復讐の一歩でもあるの」


「……────頼もしい」


 グリファス神父は目を細めながらエブリンを見つめる。

 それに微笑みを以て返すエブリンは、まさに彼自身にとっての天使そのものでもあるかのようだった。


「あ、あの~」


「うん?」


「私は、なにをすれば……」


 ロザンナが気まずそうに手を挙げる。

 エブリンたちに沈黙が走った。


 この一件に関して関わりのない彼女にしてもらうことは、ほぼないに等しい。

 いや、策を練っていけば恐らくはあると思うのだがと、エブリンは考えていると。


「よし、このアルマンド様がお前に特別任務を与えてやる。これは最重要事項だ。お前にしかできない」


「は、はい。なんでしょう?」


「この紙にターゲットの名前が書いてある。これを渡しておく。コイツらを探すのがお前の任務だ」


「えっと……すみません。このターゲットの名前って……」


「ほう、もう察したか。素晴らしい観察眼だ。そうだ、お前がカチ割ったオレの愛しい酒たちの名だ。弁償しろ」


「べ、弁償が任務なんですか?」


「言っとくが経費は落ちねぇぞ? どうせ旦那の金そこまで使ってないんだろ? そっから落として買い揃えろ。拒否は認めんぞわかったな!」


 困惑するロザンナに詰め寄りながら静かな怒りを滲ませるアルマンド。

 エブリンは肩を竦めながら、話を続ける。


「さっきも言った通り、作戦は追って沙汰します。それまで各人は普段の仕事に打ち込んでください」


「うむ、わかった」


「天使の秘書に、一介の神父、そして国を手にした魔王か。傍から見りゃ凄い絵面だな」


「フフフ、そうね。私たちほど混沌を極めた生き方をしてる人間なんていないんじゃない?」


「そうだな。我々はまさに、混沌の忌み子。────秩序は人を選び人を捨てる。我々は秩序に選ばれず捨てられた人間の末路なのかもしれん」


「えぇ、そして混沌は人を求め人を喰らう。私たちは今まさに、人を喰らおうとしているの。ガブリって」


「フン、いくらでも喰らえばいい。喰っても喰っても喰いきれない量が帝国にはある。奴らの秩序はそこまで根深い」


 エブリン、グリファス神父、魔王は薄ら笑いを浮かべ合う。

 こうして今宵はこれにて解散となり、次の日から各々自らの役目を全うしていった。


 来たるべき日は近い。

 その生贄として、第五天使が狙われていることに、誰ひとりとして気付いていない。

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