第15話 魔王との会合、予想通りの……

 裏カジノでの復讐劇から数日後。

 アルマンドの手助けもあり、エブリンは魔王がいる場所を特定することができた。

 早速その場所へと向かうことにする。

 

 帝都から北に300km離れた荒野で、魔王はただひとり佇んでいた。

 身の丈ほどもある大剣を地面に突き刺し、漆黒の鎧で包まれたその身からは、蒸気のように沸き起こる戦意が、隙間から漏れ出ている。

 

 吹きすさぶ風にあおられながら、ボロボロの緋色のマントが激しく揺らめく。

 頭を覆う分厚い兜の隙間から、獰猛な眼光を覗かせ、ただ前一点のみを睨みつける魔王。


 大剣を手に取り、次なる戦場へと向かおうとしたときだった。


「アナタが魔王ですね?」


 魔王の背後から、寂寥(せきりょう)の荒野にはけして似合わぬであろう可愛らしい声が聞こえた。

 ゆっくりと後ろを向く。

 こうも簡単に背後をとる者など、今までに存在しなかった。


(誰だ?)


 どんな化け物かと思って見てみれば、そこには帝国の制服をまとった少女(エブリン)が立っている。 

 それを見た瞬間、魔王の中で抑えきれないほどの殺意と怒りが湧いた。


 今目の前にいる帝国の小娘に、そして帝国の人間に後ろを取られる己の不甲斐無さに。

 だが、あくまで平静を装い、その少女に語り掛ける。


「帝国の犬か。もしも俺が魔王だと言ったら、どうずるんだ?」


「まぁまぁ、そんなに殺気を出さないで下さい。怖いではありませんか。……まずは初めまして、私はカマエル大帝国宮廷魔術師、エブリン中位師です。アナタが魔王だということは調べはついています。ですがご安心を。私に敵意も殺意もありません」


 エブリンはにこやかな表情で、友好的な雰囲気を出しながら制止する。

 話には聞いていたが、魔王の帝国への憎悪は相当なものだった。

 帝国に属し、その恩恵を受ける者はきっと女子供相手でも容赦がないだろう。


 当然の如く、魔王はエブリンに目の前から消えるよう汚く吐き捨てた。

 だが、エブリンもここで退くわけにはいかない。

 魔王を抱き込むために、説得を続けた。


「そんなに怒らないで下さい。アナタの境遇は知っています。魔術師育成施設の子供たちのひとりで、教育者たちから酷い仕打ちを受けたとか。ズタボロで施設を追い出されてからは戦うことで食いつなぎ、自我を失いかけたときにその超常的な力に目覚められる。そして今日に至るまでずっと戦ってこられた。今アナタが最も憎んでいる相手……皇帝、そして施設の創設者のひとりである第一天使、ラーズム老」


「貴様そこまで調べ上げたというのかッ!? く、だとしてもだ。貴様になんの関係がある?」


「えぇありますとも。なんていったって、アナタは私とそっくりだからです。私も帝国を憎んでいるんですよ」


「なに?」


 魔王のエブリンへの嫌悪感は変わらないが、興味を示したことはわかった。

 チャンスと思いエブリンは畳みかける。

 自らの過去を話し、魔王の心情に訴えた。


「私も施設で育ち、凄まじい迫害を受けました。帝国内にある魔導機関本部の中にある施設です。瀕死の重傷を負い、魔女の力によって生まれ変わり、彼らに復讐を果たしました」


「4年前、魔導機関本部で大規模な爆発が起きたと聞くが……まさか貴様が? ……魔女の、力だと?」


「そのとおり。伝説として語り継がれる魔女と出会い、私は力とこの美しさを手にしました。ですがまだ足りません。復讐を成すのに今私が欲しいのは復讐の協力者と、出世のチャンスです。……アナタに帝国の情報を提供します。そうすれば今後の戦闘がよりやりやすくなるでしょう。そのための手引きもやりましょう。そしてアナタも私に情報を下さい。例えば……他の反乱軍の居場所とか、帝国に逆らおうとする国とかの、ね」


「俺からの情報をもとに、自分の出世のための糧にする気か? 彼らの命を」


「えぇ、目的のために手段は選んでいられません。アナタだってそうでしょう? いくら強いとはいえ、たったひとりでここまで生き抜くのに正攻法だけで挑めましたか?」


 エブリンの微笑みに不気味さが宿る。

 魔王は目を細め、考えを巡らせていた。


(目の前にいるのは帝国の宮廷魔術師。エリート中のエリートであり待遇は他の魔術師なんぞよりも遥かにいいものだ。それを蹴ってまで復讐をだと……?)


 ふたりの間に荒々しい風が吹く。

 微笑みかけるエブリンに睨みつける魔王。

 無言の拮抗がしばらく続き、最初に動いたのは魔王だった。


「……信じられんな。どうも話が旨すぎる。俺は見てのとおりの荒れくれ者だ。そんな奴に、宮廷魔術師という上位の人間がやってきて、協力し合おうだと? 馬鹿馬鹿しい」


「あらあら信じていただけない? ショックですね。魔王なら絶対に私の気持ちをわかってくださると思っていたのに」


「猫を被りやがって……」


 魔王は大剣を地面から引き抜くと上段に構える。


「安心しろ、殺しはせん。貴様をいたぶった後で、ゆっくりと拷問してやる。そうすれば情報だって吐くだろう?」


「随分と恐ろしいことをお考えになるヒトね。私とやる気なんて」


 エブリンの笑みに闘気が滲む。

 薄々わかっていたことだが、やはり戦闘は避けられないかと。

 

(馬鹿な男。私に喧嘩を売るなんて……。でも安心して? 殺しはしないわ。倒した後で私に逆らった罰として奴隷のように扱ってア・ゲ・ル)


 エブリンが魔力を練る。

 得意の炎の魔術だ。 

 対する魔王は大剣に魔力を宿し、強力な一撃を叩きこもうと気合を込める。


 向かい合うふたり。

 その遠くで見守るのはアルマンド。


(やれやれ、殺す気はねぇって言っておきながらお互いに殺意の高ぇ技繰り出そうとしてんな。……まぁ手加減して勝てる相手じゃないってきっとわかったんだろうな)


「行くぞ!!」


「フフフ、おいでなさい!」


 戦闘の火蓋が今切られる。

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