第30話 第六天使昇格

 国境付近にて、魔王軍と帝国軍との戦争が勃発する。

 第二、第三天使が軍を率いて戦うが一向に決着は着かず、長期化する可能性があった。


 戦争という陰鬱な空気に包まれそうになりながらも、帝国内ではあるおめでたい話で持ち切りになっている。

 第四天使レムダルトの結婚の話だ。


 エブリンという有能な魔術師で、なおかつ秘書という常にサポートができる存在が、天使の妻になるということで国民は大いに盛り上がった。

 そしてその秘書が、晴れて同じ天使になるのだからなおのこと。


 誰もがふたりを祝福していた、のだが。


「どうしてッ! どうしてなのよぉぉぉおおおッ!!」


 自室にて聖女ユナリアスが家具や本を滅茶苦茶にしながら怒号を散らす。

 それをなんとかして諫めようとするエインセルとグリファス神父。


「聖女様、お気を確かに」


「そうですわ! 一体どうなされたのです。レムダルト様の婚姻で誰もが祝いの言葉を……」


「それがいけないと言うのよ! 私は……私はレムダルト様が好きなの。神に仕える聖女として言語道断かとは思えども……やっぱり許せない!! あの方は、私と結ばれるべきなのよ! それなのに!!」


「それなのに、とは? 秘書エブリンが彼と添い遂げるのは気に食わない、と?」


 グリファス神父の言葉に彼を睨みつけるユナリアス。

 胸倉を掴みながら息巻いてまた喚き散らした。


「あの女はぁッ!! あの女は私からレムダルト様を奪ったのよ!! 男であるグリファスにはわからないわ。愛しい人を奪い取られる女の気持ちが! そうですよねエインセル? 男を奪う女なんて最低ですよね?」


「え、え、えぇ、その、とおりで、ございます」


 このふたりの様子を見てグリファス神父は、思わず唾を吐きたくなるのを堪える。

 自分たちがどれほどのことをやったのかをまるでわかっていない。


 エインセルは必死に隠しているが、事情を知っている以上そんなものなんの意味もない。

 意味が分かるがゆえに、余計に吐き気がしてくる。


 実際、聖女の自室は『傲慢』に満ちていた。

 家具であれ、室内の香の薫りであれ、グリファス神父にとってはすべてが鼻につく。


 目がチカチカして1秒でも早くこの部屋から出たいくらいだったが、彼女に気に入られた以上、そう安易な行動もできない。


 そんなことを考えているときだった。

 聖女はこうしてはいられないと部屋を飛び出していってしまった。


「どこだ、どこにいやがる……────いたぁ……ッ!」


 グリファス神父たちの制止を押し切り、ユナリアスはこれ以上ないほどに鬼気迫った表情で、ひとり歩きながら書類を運んでいたエブリンの背後から肩を掴んだ。


「あら、これは聖女さ────」


「こんの……アバズレがぁあぁぁあああッ!!」


 エブリンが唖然とする中、ユナリアスの強烈なボディブローが腹部に直撃した。

 カッと目を見開き、舌を突き出すようにしてお腹をおさえるエブリン。


 書類が花びらのようにばら撒かれる中、ユナリアスはエブリンに掴みかかり。


「よくも、よくもレムダルト様をぉぉぉおおおおッ!」


「きゃあ! ちょ、なによアナタ!?」


「アバズレアバズレアバズレェェエエエ!!」


「や、や、やめさせるだぁぁーーッ!!」

 

 髪や服を無理矢理引っ張ろうと躍起になる聖女を後ろから羽交い絞めにして抑えるふたり。

 突然なにが起こったのかわけがわからないような顔で、廊下にへたり込みながら呆然とするエブリン。


「エ、エブリン。大丈夫でしたか!?」


「は、はいエインセル守護術師(ガーディアン)」


「すまない。聖女様は今ご気分が優れないようで、その、少々荒っぽくなっておられる。すぐにお連れする」


「放せ! 放せェエエ!! アバズレアバズレ、この売女がぁああああ!!」


 聖女が連れて行かれたあと、当然城内でこのことは婚姻に次ぐ話題となった。

 だが折角の婚姻がこのような話で穢されるのを嫌った皇帝は、すぐさま圧力を掛ける。


 本来であれば聖女は尋問にかけられるべきではあるが、エブリンとレムダルトの結婚が済むまでは謹慎処分となる。

 その後どうなるかはまた追って沙汰するとのことだが、そんなものはもう聞く必要はない。


 グリファス神父にとって復讐がしやすい状況が作り出されてしまったのだから。

 自らの行いによって自分の首を絞める行動になってしまうことにきっと気付いていないだろう。


 聖女ユナリアスの動きが制限されるということは、エインセルもまた彼女の傍を離れられないので動けない状態になるはずだ。

 そうなればロザンナも復讐が可能になるというまさに一石二鳥の状況だ。


 そんなことを考えながらも、あのあとから変わらず仕事を続けるエブリンに朗報が入った。


「エブリン、1週間後に君は俺の秘書じゃなく、俺と同じ天使になる」


「まぁ、随分と早い……」


「皇帝陛下が……いや、異母兄上(あにうえ)が結婚が早くできるようこっちのほうも早めに進めてくださったんだ」


 レムダルトは嬉しい反面どこか寂しそうでもあった。

 こうして秘書として一緒にいられる時間が限られてしまう。


「レムダルト様、元気を出してください。別に今生の別れというわけではないではありませんか。むしろこれからなのですよ? 互いに夫婦(めおと)となり、私たちで帝国を支えていくのですから」


「ハハハ、そうだよな。うん、その通りだ。……ところでエブリン、その、この間ユナリアスに殴られたって聞いたけど……」


「あぁ、そのことでございますか。いえ、別にどうということはありません。きっと疲れておられたのでしょう」


「つ、疲れててあんなことするかなぁ。俺、エブリンが殴られたって聞いたとき」


 明らかに怒りを含んだ語気でなにか言おうとしたが、エブリンは人差し指を彼の唇に当て制止する。

 これ以上は無用だということを告げて、今は幸せを享受しようと勧めた。


「納得はいかないけど、エブリンがそういうのなら……」


「はい、大丈夫です。皇帝陛下は勿論ラーズム様も、皆アナタの味方です。なにも恐れることはありませんよ」


「わかったよ……」


 腑に落ちなさそうな顔のレムダルトと、また仕事の日々に戻る。

 そして、あっという間に1週間。


 魔王軍との戦闘が長引く中行われた天使昇格のための儀式。

 本来なら第五天使に就任する古参の上位師も一緒に行うのだが、今回は特例でエブリンを先に行うこととなった。


 この日、晴れてエブリンは『第六天使』となったのだ。


 第六天使となってからはレムダルトと会うことはほとんどなくなったが、それでも多忙な日々をこなしていく。

 

 天使となってからもアジトへと出向いて、皆と出会う日々が続いた。

 魔王とは直接のコミュニケーションはとれないため、アルマンドが力を貸して、アジトに置いてある水晶玉からその声を届くようにしておいたそうだ。


『第六天使になったらしいな。おめでとう』


「ま、魔王から褒めてもらえるなんて思わなかった」


『ドゴールでいい。ここまで色々あったがこうして仲間になれたんだ』


「へぇ、アナタから仲間って言葉が聴けるなんて……」


『お前が天使になったお陰で、第二、第三天使の情報が手に入ったから、今後は上手く立ち回れると思う。ククク、腕が鳴る』


「でもごめんなさい。ラーズム第一天使と皇帝の情報は得られなかったわ。トップシークレットの中でも最高級レベルね」


『む、そうか……あ、ところで結婚式っていつだ?』


「……つい聞いた話だけど、1ヶ月後みたい」


『1ヶ月か……悪いが式には出れそうにないな』


「そう……皆同じね。見てほしかったかな。私のウエディングドレス姿」


『……よく言うぜ。その結婚も結局は復讐の過程でしかないってのに』


「そうね。レムダルトは良い人よ。……でも、やっぱりダメね。私には復讐しかないのだから」


 しばらく連絡を取り合ってから通信を切る。

 復讐の日はすでに決まっていた。


 ────結婚式当日。


 皇帝も誰もが幸せの絶頂のときに、奈落へと突き落とす。

 その準備は着々と整っていた。


 アルマンドもロザンナへの発明も最終段階に入り、グリファス神父は独自で念入りに計画を練っている。

 あとは魔王だが、彼の実力からしてやられる心配はないだろうと思いながらも、エブリンはもしも彼が死ぬようなことがあれば、彼の復讐も同時に背負う覚悟でいた。


 そして時間は着々と過ぎていき、結婚の日も目前へと近付いていく。


 

 

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